王子と公女の婚約破棄騒動 その結末を誰も知らない

ミカン♬

第1話

「カシア、お前を学園から追放する。改心してもらえなくて残念だよ」


「私は何も罪は犯していません。殿下の誤解ですわ」


「カシアの悪事は全て証拠が揃っている。認めるんだ」


「捏造された証拠など後で覆されますわ」


ここ王立カトレア学園の虹の池広場で、我が婚約者カシアの断罪が進行中だ。

断罪の切っ掛けは子爵令嬢のユリアが、虹の池に突き落とされて足を怪我したからだ。


私の側近達の婚約者である令嬢たちと結託して集団で虐めを行っている。

指示しているのはカシアだ。何度注意してもやめないのだ。


既に婚約の破棄も視野に入れている。

私はいずれ王太子、国王になる身だ。

カシアのような人間を妃に迎えるわけにはいかない。


「カシア様どうか罪を認めて懺悔なさってぇ~私は貴方を許しますぅ」

ユリアはイチゴ色の瞳を潤ませて訴えている。

いろいろ酷い目にあったのに、心優しいユリアはカシアを許すのか。


この高慢な公爵令嬢カシアの鼻っ柱を一度へし折ってやらねばなるまい。

私はカシアを許す気持ちなど一ミリも無い。


「いいえ、罪など認めませんわ。信じて頂けないのなら、私の首を刎ねて下さい」


「・・・なっ! そこまでする必要は無い。意地を張らずに謝罪するんだ!」


「謝罪はユリア様がなさるべきでは? 婚約者のいる令息に媚びを売り纏わりついて見苦しい」


「ユリアとはただの友人だ。下世話な憶測、貴様の方が見苦しいぞ。謝れ!」


矜持の高いカシアは絶対に謝らず、自ら学園を去るだろうと考えていた。

(まさか首を差し出すとは恐ろしい女だ)


「こんな屈辱を受けて・・・サーレン公爵家の名に泥を塗って生きてなど行けません。我が公爵家も黙って見過ごしはしないでしょう。さっさとこの首を刎ねなさい!」


「そこまで仰るなら俺が首を刎ねましょう!」

側近のロイドが剣に手をかけた。


「いえ、僕の風魔法で首をスッパリと落として見せましょう」

同じく側近のマーカスが杖を振りかざした。


「待て! 園庭を血で汚すつもりか。処刑場で反省させてやろう」

宰相の息子ヨハンがメガネをクイッと持ち上げて冷ややかに言い放った。


「やめてぇえ!そんな残酷な事はいやです~」

ユリアが泣きそうな顔で私に縋った。

なんて愛おしい、思わず彼女のローズゴールドの髪を撫でた。

待っていろ、絶対にカシアを学園から追放してやるからな。


ロイドがカシアに近づくとその腕を後ろに捻り上げて膝を地に突かせた。

カシアの深い緑色の髪が乱れて、金色の瞳がロイドを睨みつける。


「ユリアに謝るんだ、この悪女め!」

「たかが伯爵令息が公女の私に対してこのような無礼。覚えておきなさい」


「カシア!最後のチャンスだ、謝罪するんだ!」

「死んだ方がマシですわ!それに殿下には私を学園追放する権限など御座いませんわよ?」


「くぅ・・なんて強情な、もういい!カシア貴様との婚約は破棄する!」


婚約破棄を突きつけた瞬間、私は雷に打たれたような衝撃を受けた。



気が付くと私はなぜかロイドに腕を捩じられて、膝を突いていた。


「ロイド何をする!不敬だぞ」

「は? 不敬なのは貴様だ。殿下の婚約者という立場を笠に着て悪行の数々、ただでは済まないからな」


こいつは何を言ってるんだと顔を上げると、大きく青い目を見開いた私が目の前にいた。


これは────婚約時に行った制約魔法が発動したのか?

正式に婚約破棄しなくても言葉にしただけで発動するのか?


何かあると聞いていたがまさかお互いが入れ替わるとは。

目的はカシアの学園追放だったのになんてことだ。


私の姿をしたカシアはしばらく金色の髪を引っ張たり、私の体をあちこち触っていたが状況を理解したようだ。


「ふふ・・・さてカシア、言い訳を聞いてやろう。ここで首を落とされるのも一興だがな」

ニヤリと笑ってカシアは私に成りすまして腕を組んだ。


言い訳だと? こいつ自分の首を落とす気か?・・・しかし腕が痛い。


「ロイド貴様・・・離せ。痛いだろうが!」

「黙れ!ユリアの心はもっと痛めつけられたのだ」


「ロイド、か弱き女性の腕を捩じるとは騎士の風上にも置けんな」

「え、え? 殿下? しかしこの悪女は」

「黙れ、お前は下がっていろ」

「はっ!」

ロイドは私の腕を離し、命令したカシアの後ろに立った。


まずい・・・事実を話せない。制約魔法は王家の秘密・・どうすればいい。


「ほら、言い訳をしてみろカシアよ。謝罪はもういらぬ。ユリアもお前の斬首を願っているぞ?」


「そんな、ユリアは謝罪すれば許すであろう?」


「ええ、謝罪してくれたらぁ、カシア様を許しますぅ」

ユリアは私の姿をしたカシアの腕を取ってにっこりと笑った。


「悪かった。二度と虐めはしない許せ」


「雑な謝罪だな。カシア、もっと心を込めて謝罪せよ」


「くぅぅ・・・申し訳ございませんでした」

王族の私を謝罪させるなどと・・カシア・・・許さないぞ!


「ところでユリアよ、其方は何故カシアに近づいたのだ?嫌がらせがイヤなら離れていれば良いではないか」


「え? カシア様が近寄って来るんですよぉ」


「おかしいな、池の傍にはカシア達が先にいたはずだが」


「たまたま私は前を通りかかったの~そうしたら急に突き飛ばされましたぁ」


「嘘ですわ!自分で飛び込んだのです。その際に躓いて足を捻ったのです」

申し出たのはロイドの婚約者セイラだ。他にもカシアの取り巻き令嬢どもがこの状況を見守っている。


「セイラ! 殿下の許しも無く不敬だぞ!」

「構わん、ロイドはもう喋るな」

「・・・はっ!」


「ユリアよ、確かにカシアがやったのだな?」


「そうだったと思いますぅ。笑っていましたぁ」


「私への嘘は不敬だぞ。首を刎ねられるのだぞ? ユリア」


カシアめ! ユリアの首を刎ねるなどと。側近たちは何故黙っている。


「ルシアン様、そんな恐ろしい事をなぜ仰るのですかぁ」

「学園で私をルシアンと呼んでいい女性は婚約者のカシアだけだ。不敬であるな」


「「「殿下がそう呼んでいいと仰ったのでは?」」」

側近の三人が口を揃えて訴えた。そうだその通りだ。

(お前たち、ユリアを守れ!)


「記憶はないな。言ったとしても止めるのがお前たち側近の仕事であろう? そもそもユリアを私に紹介したのは誰だ」


「そ、それはマーカスでは?」「いや、ヨハンだった」「ロイドだろう」


取り巻きの令嬢達は顔を歪ませて側近達を見ている。

誰が連れて来たのか・・・ユリアはいつからか私の傍にいて、いつしか私は恋に落ちていた。

気の強いカシアは苦手だ。おっとりしたユリアは癒し系で、傍は居心地が良かった。


「ユリアは偶然を装ってはカシアの前に現れ、些細な事を大げさに騒いで同情を求めていたな」


「そんなことないですよぉ?カシア様は酷い人間なんですぅ!」


「そうですよ殿下。ユリアがカシアを嵌めるなどと有り得ません」

「ヨハン何故そう言い切れるのだ?」

「私のこの目で見ていましたから」


ヨハンはユリアに安心させるように微笑みかけ、ユリアも笑顔を返している。


「カシアの横で態と転んで泣き喚いたユリアを見ていたのか?眼鏡を買い替えるんだな」

「そんな、殿下も怒っておられたでは無いですか」


「あれはカシアを困らせて嫉妬させて、一度でいいから泣かせてみたかったのだ」


そうだ最初にユリアを庇ったのはカシアが困る姿を見たかったんだ。

嫉妬して泣けばいいと思っていた。


「ルシアン様、だからぁ、カシア様は嫉妬して私を虐めたのですよぉ!」


「それは有り得無いよ。カシアは私のことなど全く愛してはいないのだから」


カシアが私を全く愛していないだと?馬鹿な。

「嘘をつくな! 嫉妬は見苦しいぞ」


「カシアも喋るな!黙っていろ」

「うぐぅ・・・」


「愛していない者からどうして愛されていると思えるんだ。傲慢だろう? よって虐めなど行われないのだよ。ユリアは私の寵愛を欲しかっただけだ。浅ましい女だな」


「ル、ルシアン様・・・酷い!私を愛していると言ったのは嘘なのですかぁ?」


「え?ユリアは俺を愛していたんじゃないのか?」

「いや私を愛していたんだ」

「ううん、僕のユリアだよ」

はぁ?なんだこいつらは? これではユリアのハーレムではないか!気持ちの悪い。


「ああユリア、それは内緒だったはずだよ。婚約破棄は片方が莫大な慰謝料を払わねばならない。何てことを言ってくれたんだ。私はもう終わりだ!」


カシアは大げさに顔を覆って嘆いたが絶対に舌を出し嘲笑している。

慰謝料だと? 私は不貞は行っていないぞ。カシアめ下手な芝居を。


「一人の令嬢を四人で共有する・・・なんて淫らな関係。私達四人は最低な男であるな」


「いい加減にしろ、黙って聞いていれば言いたい放題!何が最低な男だ!ルシアンは潔白だ。慰謝料など認めるものか。ふざけるな!」


「ほら、カシア様はルシアン様を慕っているじゃないですかぁ。愛し合う私達に嫉妬したのですよぉ」



この浮気女はまだ言うか。こっちもヘタな芝居を打ってやる。


「黙れ!気持ちの悪いハーレム女め。ルシアン様愛しています。好きすぎて死にそうです。私を捨てないで!」


「カシア私はお前など愛していない。婚約は破棄だ、ここにいる者全てが証人だ!」


ザワザワと騒がしくなり、周りを見回すと大勢の生徒に囲まれている。

生徒たちの前でカシアの悪行を晒して学園を追放するのが目的だったのに。


非難の目がルシアンに向いている。

これでは私が悪者ではないか。非常にマズイ。

こんな場所で断罪などと誰が言い出したんだ、私はなんて愚かなことを。


教師や学園長も走ってくる。どうすればいいのだ・・・・




窮地に陥っていると一陣の風が吹いて私とカシアの間に救世主が現れた。

「マルロー──── 助けてくれ!」


「これは殿下、何やら問題を起こしてくれましたね」

マルローはカシアに向かって足を進める。


違う。そっちはカシアで私はこっちだマルロー────

制約魔法も彼がかけたのだ。早く解いてもらわねば。


彼は放浪の大賢者で今はこの国留まって私の魔法の師匠である。


「マルロー、私はユリアを愛してしまったのだ。だから婚約破棄を宣言したのだよ」

「嘘だ──── マルロー違うんだ!そっちはカシ・・・むぐぅう」


「マ・・・マルロー様ぁ・・・お美しい・・」

フラフラとマルローに吸い寄せられていくユリア。

なんで私はこんな女を愛おしいと思えたのか。


「寄るな阿婆擦れ、殿下も趣味が悪い。こんな女を愛するなどと」

彼はチラッとこっちを見た。

「違うんだ────!!!」


ユリアも見惚れるマルローはブルーゴールドの長い髪に海のような瞳。

年齢は分からないが20代前半に見える美青年だ。

彼は私に並々ならぬ愛情を抱いている。きっと助けてくれる。


「お二人には来ていただきますよ。その他の者は今回の件について取り調べが行なわれるでしょう」


私とカシアはマルローに城に連れていかれると魔封じをされて眠らされてしまった。

眠っている間に婚約は綺麗に破棄されて、王家は公爵家に莫大な慰謝料を支払った。


なぜ私達は入れ替わったのか?

────それは婚約者の令嬢を守るためだ。

過去に王子が婚約者の首を刎ねると言う恐ろしい事件が起こった。


なので二人の気持ちが破滅へと一致した時に制約魔法は発動されて入れ替わる。

何の解決にもならないが、マルローのように制約を掛けた魔導士がすぐに察知してやって来る。

時間稼ぎにはなるだろうという事だ。



私達二人には適切な措置が行われた。


まずカシアは王妃教育を受けていた為マルローに記憶を全て抹消された。

頭の中は赤子になってしまうが頭脳明晰なのだ、直ぐに知識教養を吸収して元通りになるだろう。


因みにカシアはユリアを少しだけお仕置きしていた。

顔をあわせる度に苦言を呈し、嫌味も言って泣かせた。それは虐めでは無くて婚約者を誘惑した罰としてお仕置きをしたつもりなのだ。

ユリアの自作自演も多数あったのでお互い様だと思っている。


ユリアは公女を陥れ、虚言癖があるという事で王都と学園を追放されて何処かに嫁入りさせられた。


側近たちは辺境の地に送られて王都には一生戻れない。

公女の腕を捻り上げたロイドは鞭打ち50回追加。

当然彼らとご令嬢達との婚約は破棄になった。



私、ルシアンは王太子候補の資格を失い、北にある寂れた宮殿に幽閉された。

弟王子が3人もいるから、あっけなく切り捨てられた。


メイドが数人いるだけの静かで広い部屋に僅かな家具。


この先どうなるか分からない。



     *****




放浪の大賢者マルローを王国に引き留める為に私への罰として、陛下は私をマルローに差し出した。



姿見に映っている私の姿は陶器の人形のように美しい。

ハニーゴールドの髪に青い瞳、カシアだって最初はこの姿に心を奪われた。


「でも、マルロー様にあった日から私の世界は貴方一色になってしまった」


マルロー様が後ろからそっと私を抱きしめてくる。

歓喜で心臓が止まりそうだ。


「私はルシアン殿下以外は愛せない。カシア様の気持ちにはお応えできなかった」


「阿婆擦れを愛した男でも?」


「ルシアンは中身が随分残念な方で、それも可愛いとは思えましたけど。今のルシアンは身も心も完璧だ。私の理想のルシアンになった」


「一度だけでいい、カシアと呼んで欲しい」

私はマルロー様の手を取り、指先にキスを落とし懇願した。



──あの日マルロー様は私達を元通りにはしなかった。


ルシアン殿下はカシアとして記憶を抹消されてしまった。

新たなカシアとして生きてもらう。


ルシアン殿下はマルロー様を尊敬していたが愛し合うことは出来なかった。

だからマルロー様は一途な私をルシアンの中に残したのだ。



目覚めた時に私はルシアンとしてマルロー様に差し出されていた。

それがどんなに幸福で甘美な罰であったか。


私は新たなルシアンとしてマルロー様に愛されて生きていける。

そんな結末を誰も知らない。


私とマルロー様二人だけの秘密。


「カシア・・・」

マルロー様の胸に抱かれて私はそっと目を瞑った。

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