第18話 職歴17社目(タクシードライバー(隔日勤務)(正社員)。勤務期間16日間)

タクシードライバーを経験していたし、普通二種免許も持っている。私は地元のタクシー会社から歓迎された。もっと稼ぐ事ができるよとも言われていた。

縦浜の地理試験は凄く難しかったが、私が住む地域での地理試験は簡単だった。全く勉強をしないでも満点を取ることができた。そしてすぐに添乗研修が始まった。

添乗研修は太った丸顔の怖そうなおばさんだった。私は嫌な予感がしていた。その人が他の男性社員と話しているのを見たとき、凄いキツイ口調で話しているのを目撃していた。

そんな中、添乗研修が始まった。目的地が書いてある地図を渡され、次に次に目的地を指示され私が運転をする。

そして次々に駄目だしが横で飛び交う。

「安全確認ができていない」

「信号赤だった」

「歩行者を優先していない」

「制限速度を超えている」。

だんだん怖い口調で次々と叱責を受けた。


そして、コンビニに車を止め休憩した時だった。

私が外に出るためドアを開けようとした時に、隣に止まっていた一般車にぶつけてしまった。女性教官もそれに気づいた。

「バカヤロー!何、一般車にぶつけているんだよ!」と激しく怒鳴られた。

100パーセント私が悪い。不注意だった。しかし、その怒気を込めた重い言葉を浴びせられて、運転どころではなくなった。戦意喪失した。この女性とあと何日も添乗研修する事は不可能だ。

次の日から会社に行けなくなった。

私は所長に話をした。

「すみません。欠勤をしてしまいまして。添乗研修をしてくださっている女性の先輩教官が怖くて会社に行けないんです。もう無理かもしれません」と弱弱しい声で布団に這いつくばったまま話した。

「そうだね。話は聞いているよ。彼女も厳しくて男勝りな所はあるけど、決して悪い人ではないからね。そこは分かってくれるかな。佐々木君、君はドライバーには向いていないよ。会社は辞めてもらって構わないからね」と言われ、そのまま退職した。タクシーセンターにてかかった費用は、私が入社してからの日当で相殺された。約16日間での退職になったが、会社に出勤して運転したのは実質1日だけで終わった。


私は働くこと自体に自信を無くした。圧倒的な精神的ダメージを負った。そして腹の底から鬱蒼としてきて全身が蝕まれているような気分になった。自暴自棄になった。これから重い転職活動が始まる。何をしていいかも分からない。もう転職活動をする気力もなくなっていた。


2022年8月22日。地元のタクシー会社を辞めて数日が経っていた。その日は朝から憂鬱だった。激しく自暴自棄になり、自分には存在価値がないと自分を責めた。そして孤独感。社会から取り残されている疎外感。収入がないという絶望感で支配されていた。

今までは仕事や会社で辛い事があったら会社を辞めて楽になればいい。そしてまた仕事を探せばよいという気力があった。今回はそれがない。会社を辞めたら、さらに苦しみが待ち構えていた。そしてその苦しみからは逃げられない事を悟った。どうすることもできなくなっていた。正午。私は自分の部屋にいた。周りを見渡した。部屋のクローゼットが視界に入った。ハンガーにワイシャツが沢山かかってクローゼットの中の手すりに吊るされている。首吊りをした人に見えた。私は思い立ったように立ち上がった。丈夫そうなハンガーを1つ手すりにかけて、首にベルトを巻いた。その状態のままハンガーに近づき、ベルトをハンガーに固定させた。

あとは体の力を抜き、重力に任せて体を落とすだけだ。一気に体を落とした。首に全体重がかかった。

「苦しい~。うっ・・。くるしい~」。

死ぬと思った。

ギリギリまで我慢したが私は耐えきれず足をつき、ベルトを解いた。

「ゴホッ・・ゴホッ」。

暫くしても私の気持ちは抑えきれなかった。

左手の手首を見た。赤い血が熱を帯びて脈打つのを感じた。手首の中で血管が脈を打ち疼いている。この疼きを止めたいと思った。そして大量の血液を外に放出させたいと思った。血が見たくなった。台所に行って包丁を取り出した。そして左手首に右手の親指を当て脈を打っている箇所を探した。

「ここか」。ドクンドクンと血が流れているのが分かった。ここを包丁で切れば血がドバドバ出て大量出血で死ねるはずだ。右手で包丁を持ち左手首の脈打っている箇所をめがけて切った。思うように血がでない。傷もつかない。

以前、カッターでリストカットした時は、もっと簡単にシャープに血が流れたのだが。

私は包丁を持つ右手の力をさらに強めた。そしてもっと深く切った。そうすると、多少血が流れた。思ったより痛くない。さらに、1回。2回。3回と、しつこく同じ個所の手首の脈打つポイントを狙って切ってみた。そうすると、ようやく血が垂れてきた。私は流れる血を見て、ようやく気持ちが落ち着いてきた。

慌てて携帯を探して、この血だらけの左手首の写真を撮った。その写真をすぐに妻に送った。

会社で昼食を食べていた妻からすぐにメッセージが返ってきた。

「止めてね。今、お昼ごはんを食べているんだから」と返事が来た。同じ写真を両親や友人にも送った。

両親からは、「しばらく実家に戻ってこい」と言われた。

そして実家で静養することになった。


最初の数日は何も食べずにただ寝ては起きて、夜は好きなビールを飲んで過ごした。何もしなかった。テレビをぼ~っと見ていた。

体重が激減した。175センチで68キロあった体重が、56キロまで落ちた。

頬がこけ、こけた箇所がどす黒い色になり、目は虚ろだった。まるで死ぬ寸前まで過酷な減量をしたボクサーのようだった。

10日くらい過ぎると何かをしたくなった。まず散歩から始めた。実家から30分も歩けば海が広がる。海の近くのカフェに入りコーヒーを飲みながら海を眺め心をリフレッシュさせるようにした。本を読んだ。認知行動療法の本。イライラした時には深呼吸をして呼吸を整える事の大事さが書かれてあったので取り入れてみた。そして自分を客観視させる事の重要性も書かれていた。感情のコントロールだ。感情が沸き上がってしまうのはしょうがない。それをどう管理していくか。アンガーマネジメントとも言うらしいが。自分を客観視する事で自分の感情をうまくコントロールできると書かれていた。できる事は何でも取り入れようと思った。そしてこの頃、5年通院していた精神科を止めて、地元の別の精神科に思い切って転院した。そしてこれまで飲んでいた薬とは全く違う薬が処方された。そしてその薬を飲むようになってから心が落ち着くようになってきた。体と心に効いているのを実感した。

そしてだんだんと、また働きたいと前向きな気持ちになっていった。9月中旬ごろになって転職活動を再開した。もう年齢的にも貿易事務では私のニーズはないと思っていた。

残っているのは誰にでもできる専門知識のいらない、単純でコツコツする作業。職業差別をしているわけではないが、それが清掃系の仕事や肉体労働の仕事などを私の頭の中に連想させた。両方の業界の会社に応募して両方とも内定をもらった。いざ内定をもらった時に思った。これで私が了承すれば清掃系の仕事、もしくは肉体労働の仕事を実際に私がやる事になる。内定をもらってから思った。私がそういう仕事で働いているイメージが湧かない事に。お給料も少なかった。

リストカットの画像を送った友人には「佐々木さんは、やっぱり事務が合っていると思いますよ~」とアドバイスをもらっていた。この友人には後日、そんな画像を送った事を謝罪した。

私はダメ元で、もう一度英語を使う貿易事務の仕事を探そうと勇気が湧いてきた。時間はかかるだろうが、期限を決めようと思った。今年の12月まで探してみて、内定を得る事ができなかったら、きっぱり諦めようと思った。


そんな中、妻の異変に気付いた。

最初に変だと思ったのは妻が突然化粧をし出した事だ。しかも行き先はパートで会社に行くだけなのに。この10年近く全く化粧などしていなかったのに、ばっちりアイシャドウをして、口紅をつけるようになって会社に行くようになった。そして週末に友達と出かけると言って一人で出かける事が多くなった。出かける前は必ずお風呂に入るようになった。

そしてお風呂から上がると肌の手入れをする機械を使って肌の艶やハリを気にするようになった。

私はこの時、転職活動中で毎日家に居た。家事も私が全て行っていた。妻が外出から帰ってきて洗濯物として脱ぎ捨てられたパンティを久しぶりに見ると、これまで見た事のないセクシーな下着だった。しかもただ普通にはかれた下着というよりは、別の誰かと遊んだような妖艶さが漂っていた。

妻にさりげなく「最近変わったね」と言っても友達に会っているだけとしか言わない。

決定的に怪しいと思ったのは、妻は帰宅するとすぐに自分の部屋に閉じこもる。聞き耳を立てると息を潜めながら誰かとの話声が聞こえた事である。以前なら女性の友達と話すときは普通に堂々と話をしていた。明らかにヒソヒソ、聞かれてはまずいような話し方であった。

不審に思って、私は思い切ってドアを開けた。すると妻は慌てて携帯をしまって、何事もなかったかのように振舞った。

私は妻のズボンを脱がしパンティをクンニしようとした。

妻は「イヤ一っ!止めて!」と叫び、壮絶な拒否をされた。

「なんでだよ!やらせてくれよ!」と私は言った。

「いや、突然だったから」と妻は言った。

「最近なんか変だよ。色々コソコソして携帯で話しているし。下着の趣味も変わったし。化粧もするようになったし。男がいるだろ?」と単刀直入に言った。

妻は「そんなのいるわけないじゃん。誤解だよ。ごめんね。もう寝るから」と言った。


明らかに妻には男がいると思った。

ある日、妻が部屋にいない時に、こっそり妻の携帯を覗いてしまった。出会い系をやっていた。妻が友達募集をしていて、それに興味を引いた男性とやりとりをしているメッセージを見た。

男性は「まだ募集をしてますか?近くに住んでいるので仲良くしてください」というメッセージを送っていた。

妻が部屋に戻ってきた。妻の携帯を見せて「これ何?」と問いただした。

妻は「ごめんなさい。実は女友達と合コンに行っている。寂しかったの。出会い系でも友達グループを作っている」と、吐いた。

その女の友達はバツイチの女性で私も会ったことがある。綺麗な人だ。彼女が合コンに行くのでその付き添いという立場で行っていると弁解した。


妻はパートで働いていた。会社までは自家用車を使って通勤している。バスで行くことも可能だがバスを乗り継がねばならず面倒くさい。妻はバスで行くのを嫌がっていた。

そんな妻がある日、会社にバスで行くと言った。しかもいつもより大分早く出かけるという。

不審に思った私は「なんでバスで行くの?バスで行くのあんなに嫌がっていたじゃない?しかも、そんな早い時間に」と聞いた。

妻は「飲み会があるから、車では行けないの。あと、今日は会社で早出出勤をするように言われているの」と言った。

怪しいと思った。妻はアルコールを好きではない。飲み会でもソフトドリンクを飲んでいた。

私は妻が出かけて、とっくに会社に着くべき頃に、妻の会社に電話をかけた。

「いつも妻がお世話になっています。佐々木の夫です。ちょっと妻と話がありまして代わって頂くことはできますでしょうか」と伝えると、

電話に出た男性は「佐々木さんは今日はお休みの連絡を頂いております」と言われた。

妻に裏切られたと思った。こんな事が自分の身に起きるなんて信じられなかった。

一瞬、世界が歪んだ。

私は気を取り直して男性に聞いた。「すみません。今日は妻が飲み会があると言っておりましたが、今日は皆さんで飲み会をなされるのでしょうか」と聞いてみた。

男性は不穏な空気を悟ってか、「すみません。私にはちょっと分からないんです。申し訳ありません」と言われ、これ以上聞かない方がいいと思い電話を切った。

ショックだった。怒りを覚えた私はすぐに妻の携帯に電話をした。

「もしもし。ひろ子?おれ、信一。今、ひろ子の会社に電話したんだけど、今日は休みだってよ。今、何処で誰といるの?」と穏やかに話すように努めた。

妻は「友達。今ごめん。電車の中にいるから切るね」と、か細い声で電話を切ろうとした。明らかに動揺しているのが聞き取れた。聞き耳を立てると明らかに電車の車内にいる感じではない。電車の車内なら車内のざわついた感じや、電車の動く音が聞こえるだろうが、それもない。車の中にいる感じがした。そして近くに誰かの気配を感じた。そして息を潜めている。

怒りが頂点に達した。

妻に「この裏切り者一!」と怒りを込めて大声を上げて電話を切った。

すると、しばらくして妻からメッセージが来た。

「黙っていてごめんなさい。友達の合コンの付き添いのために出かけてきます」という内容だった。。

妻に電話をした。「友達の合コンの付き添いなら、なんで黙って隠す必要があるんだよ!

今、女友達といるんだろ?だったら証拠にその女友達の写真を撮って送ってくれよ」と言った。

妻は「それはできない。友達が面倒な事に巻き込まれたくないと言っている。ごめんね」と言った。

「なんでだよ!どうせ男と一緒にいるから写真を撮れないんだろう?この浮気女!」と罵った。


確実に妻は知らない男と車でデートを楽しんでいる。そう思った。相手はこの間の出会い系の男か?

とにかく、私は裏切られた喪失感でいっぱいだった。そして色々な事を想像した。

知らない男と何処でデートを楽しむ気だ?デートを楽しんだ後は何処かのラブホテルに入ってセックスをするつもりか?知らない男のチンポを大きな口を開けてエロい顔で喜びながら舐めている妻の姿を想像した。チンコを挿入され気持ちよくなって、喘ぎ声を漏らしている妻の表情をイメージした。知らない男に向かって足を広げてパンティを見せてクンニをされている妻を想像をした。そんな事を想像していたら興奮してきた。私は部屋でズボンを脱ぎ、妻のエロい姿を想像しながら射精をした。


怒りが収まらなかった私は妻の父親(義父)に電話をした。

お義父さんに状況を説明をした。「ひろ子さんが浮気をしていますよ。携帯でも男とやり取りをしているメッセージを確認したし、会社に行っていると嘘をついて知らない男とデートしていたんですよ!」。

お義父さんは「えーっ?そんな事ないでしょ。なにかの間違いじゃないの?」と言って自分の娘をかばった。これに私は切れた。

「ひろ子が浮気性なのは、親のあんたが女好きだからじゃないですか!?」と言って電話をぶち切った。

それからほどなく、週末に妻はまた女友達と会う約束をしていた。一日家を留守にする事になっていた。私は怪しいと思った。この日もまた誰か知らない男と会うと勘が働いた。

私は決定的な証拠が欲しいと思った。ある探偵事務所に相談した。電話で事の状況を説明した。まずお会いして詳しい話をして見積を取りましょうと言われ、私の家の近くの最寄り駅付近の雑居ビルの一室で待ち合わせした。小奇麗な50代くらいの女性が現れた。


まず私が妻の浮気を疑い始めた経緯と先日の合コンの件を話した。

私が話している間、女性は親身になって聞いてくれて、「そうだよね~」とか「つらいよね」とか相槌を打ちながら、私の目をずっと見て聞いてくれた。

良く見ると胸元がはっきり分かるキャミソールの上にシースルーの薄いカーディガンを着ている。マスクはしているがとてもエロい目で過去に沢山の男とセックスをしたような顔をしていた。しかもマンションの一室で密室。私は変な気分になっていった。

もしかしたら私が浮気をしていて可哀そうに思ってくれて、頼めばやらせてくれそうな気がした。何度も「ちょっと変な気分になってきました」と口からこぼれてしまいそうだった。


私が一通り話し終わると女性カウンセラーは「奥さん、確実に男と会っているね」と言った。

私は探偵事務所の人からそう言われ、不信感に現実味が加わりショックを受け、落胆した。

そしてカウンセラーが話を続け見積を提示した。

「弊社は3人体勢で尾行しますから人件費が3人分発生し、車両代、機材代、交通費、などで合計25万円です」と平然とした顔で言った。

私はあまりにも高額でびっくりした。

「そんな高額になるんですか。さすがにその金額では無理です」と答えた。

そうすると、さっきまで親身になって聞いてくれたカウンセラーは「あらそう。分かりました。」と一言言って、そそくさと足早に帰ってしまった。


もう妻の事は放っておこう。彼女の浮気の証拠を取ることは不可能だ。

このままグレーにしておこう。元々私たちはセックスレスだったし、妻の言う通り寂しかったというのは本当だ。妻もリフレッシュしたい時があるのだと思った。

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