第16話 職歴15社目(コンビニルート配送ドライバー(正社員)。勤務期間10日間)

私は精神的にストレスのかからない仕事をしたいと思った。イレギュラーな事がなく、臨機応変の対応が求められない、毎日同じ事をやる繰り返し繰り返しの代わり映えのない仕事。

一度覚えてしまったら新しい事を覚える必要がない仕事。新聞配達の仕事を思い出したが、雨に打たれる日の恐怖が蘇った。これに似た仕事はないか。そこで浮かんだのがコンビニのルート配送ドライバーの仕事。荷積みの作業も倉庫の屋内で行うはずだ。雨の日も新聞配達のバイクとは違い運転席にいるから濡れない。これだと思った。いくつか業者があり面接をしてもらい、その中で一番給料や待遇の良い会社を選び採用された。最初の半年はアルバイト採用。社会保険には入れず、都内の最低賃金の時給制。それでも未経験の自分を採用してくれてありがたいと思った。しかも家から会社まで通勤は原チャリで20分ほど。試用期間が明けて正社員になれば年収は450万円くらいになる見込みだと言われた。さらに頑張って大型の4トントラックに乗ってスーパーへの配送ができるようになれば年収は500万円にもなると言われモチベーションが上がった。その代わり、夜勤があり、勤務時間も長かった。勤務時間は夜20時に出勤して次の日の朝8時までと記載されていたが、道路状況やその日の納品量、最初の慣れるまでは無駄な動きも多いので朝の11時に家に帰る日もあった。途中90分ほどの休憩があるが、トラックの狭い運転席の中で、体をくねらせる体勢で横になる必要がある。とても寝られないし、休息にもなっていなかったので疲れが取れない。ルート配送は1便と2便がある。つまり荷積みを2回して2回出庫する。一周12~14店舗を配送してから休憩を深夜2時台に取る。そして二周目でまた12~14店舗に納品する。確かに一度、お店の場所やそこまでのルートを覚えてしまったら道を覚えることはない。しかし、予想外だったのが商品が入ったコンテナだった。一応、呼称は、2トントラックだが、シャーシは4トン用のを使用しているとの事で、トラックのコンテナは4トン分のスペースがあり広い。そこに商品が入ったコンテナを1つ1つギッシリ積み込む。腰を曲げて床に置いてある商品コンテナを持ち上げては積み込む。また腰をかがめて商品コンテナを持ち上げトラックに積み込む作業を永遠にする。店舗へ着いたら商品コンテナを持ち上げて台車に乗せる。台車ごと店に入り所定の場所に置く。一回ではすべての商品のコンテナを運びきれないので、2~3回に分けて行う。商品のコンテナも店舗ごとに置く場所の決まりがあるのでそれを覚えていく。しかし、私の感覚ではどの店の置き方もたいした差がないように見えたので、中々わずかな差を覚える事が出来なかった。店舗ごとに納品時間が数分単位で決められている。それより早くても遅くても駄目だ。早く着きすぎたら時間が来るまで時間を潰す。遅れそうになったら本部に電話をして何分くらい遅刻しそうかを事前に連絡する必要がある。先輩も急ぎながら時間と格闘しながらなので、私がゆっくりメモを取る時間を与えてくれない。さっと汚い字で隙を見つけては、殴り書きをしてメモをした。商品の納品だけでなく、空のコンテナを店舗の別の場所から回収もしないといけない。大抵はお店の外に置いてある。これがまた凄い高さで放置されている。これもまた一気に台車に乗せる事はできないので何回かに分けて台車でトラックに運ぶ。トラックのコンテナに積み込むのだが、コンテナは二種類あって、微妙な形状の違いを見分けなければならない。そしてトラックに積み込む時に整理しながら荷崩れしないように置かねばならない。時間との闘いなので焦るし、なかなか見分けがつかないのでイライラする。先輩社員からはダメ出しを受け、余計にイライラする。


あるリーダー職の定年間際の先輩社員からは、倉庫内で商品のコンテナを移動させる時に使う金属製のひっかけ棒を床にバンバン叩きつけ、「そんなやり方ではだめだ!」と大声で叱責を受けた。私はその時、自分の中で何かが弾けた。

「そんな言い方ないでしょ!こっちはこっちで覚える気でいるのに、そんな言い方されると言われた事がちっとも頭に入らないよ!」と大声で言い返した。


私は過去、職場で上司に逆らった事など一度もなかった。どんなに叱責を受けても、「スミマセン」とか「はい」としか言えなかった。それが初めてはっきりと自分の言いたい事を言えたと思った。それ以降、その男性が研修の世話役をやる際は、私に気を遣いながら指導をしてくれた。日によって研修の世話役が交代する。50代の女性先輩社員に当たった。常にツンとした態度で、指導の仕方がこれまでになく厳しかった。とても高圧的な態度に私は耐えられなかった。私はとうとう彼女に言った。「あなたの指導では全く頭に入ってきません。余計に混乱するだけです」。私はその場で事務所の主任に電話して彼女が今後一切、指導官にならないようにお願いした。主任は了承した。その旨を彼女に伝えた。彼女は表情をなくした。そして睨みを聞かせ静かに私にこう言った。「もう今日は何もしないでいいから」。

そう言って、淡々と運転、納品、空コンテナの回収を一人で行った。私はただ運転席に座っていた。移動中も、彼女は運転席、私は助手席に座り、狭い空間の中で残り数時間、業務が終わるまで二人は言葉を交わすことなく、ただ時間が過ぎるのを待った。

そして私はこの仕事がいかに大変な重労働であるか、肉体を酷使するが振り返り、とても続けられる仕事ではないと悟った。その日、退職する旨を主任に伝えた。主任は「ドライバーには向いていないよ」と私の去り際に言った。たった8日間の勤務だった。

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