第10話 職歴9社目(ルートセールス業務。メーカー。正社員。勤務期間6か月)
新居に引っ越し、次男も生まれ、家族4人になった。二度とやらないと決めた営業職に戻った。工場でのルートセールスだし、ノルマが達成できなくても怒られる事はないとの事。
とりあえず給料は上がったし、通勤も車で30分になったし、頑張って製品知識を向上させよう。併設される工場での各工程での研修。各工程の業務を実際行い、体で覚える。3か月間という長い研修期間が設けられた。その後営業部に配属になる。研修は順調にこなしていった。たくさんメモをした。まるで自分がその工程で働くかのように。細かく質問した。
あっという間に3か月が過ぎていった。そして営業部に配属になった。製品知識を勉強しながら見積書を作成して、作成したら定年間近の先輩に見せて添削を受けて、分からなかった箇所を確認していく。先輩は細かく丁寧に説明してくれていたと思う。
しかし、内容が車関係であったので複雑すぎて私には到底理解できない内容であった。その人が退職した後、彼の顧客を私が引き継ぐという流れになっていた。それが重くのしかかる。彼がいなくなったら私はどうなってしまうのであろう。車の細かい問い合わせにとてもじゃないがついていけない。どんどん暗くなっていった。自分の殻に閉じこもっていった。
私の机の隣に座っていた営業部の次長からは
「佐々木~。お前って暗いなあ」とよく言われた。
パートの事務員の女性からも同じ事をよく言われていた。
「佐々木さんって営業っぽくないよね~(笑)あはは」。
朝出勤して営業所の中に入ると自分の殻を破れず、一日誰とも話さず、黙々と自分の席で見積書とにらめっこした。本当は周りの先輩社員たちに製品の事を聞きにいったり、製造部に足を運び現物を見たり製造部の人と仲良くなるように動かなければならなかったのかもしれない。とにかく自分の殻をつけたまま受け身の姿勢だった。というより輸入業務のように決まった仕事がたくさん山のようにあってそれを片付ける仕事とは違く、自分でも何をどのようにやればよいのか分からなかった。先輩からはもっと色々聞けと言われていたが、何を聞いたら良いのかが分からなかった。毎週金曜日に行われる営業会議も重かった。確かにノルマに達成していなくても怒られている人はいなかったが、達成しなかった理由はしつこく専務や社長から言われる。私も先輩社員が退職した後には、このようにしつこく言われるのかと恐怖した。会社の飲み会の席でも、一人おとなしくしている私は、この会社に居場所がないと感じるようになった。私はだんだん朝、起きられなくなった。気分が重くなり、仕事や職場の事を考えると行きたくない。とうとう会社に行かれなくなった。これまでにないような精神不安定に襲われた。何もやる気が起きない。とりあえず総務部長に自分の症状を報告し、精神科の受診を勧められた。総務部長も診断内容をお医者さんから直接聞いて会社に報告する義務があるという事で一緒に付き添われて精神科に行った。初めての精神科の受診。そこで診断されたのは抗うつ。この時はまだ自分が病気であるとは、にわかに信じられなかった。診断名を聞いた総務部長は、とりあえず焦らなくていいからゆっくり静養して戻ってきてくださいと言った。私の中では決まっていた。退職するしかない。もう戻りたくない。どうせ営業部の人達も私が戻っても歓迎しないだろうと思っていた。
すぐに私は会社に退職する旨を伝えた。そして、私は静養をせずにすぐに職を探した。
貯蓄がどんどん削られ減っていく恐怖からすぐに仕事をしなければと思っていた。この時37歳。コロナ前であったし、まだ私に対する需要があった。わりと結構、書類選考をパスして面接までたどり着いていた。一日2社面接を受ける事もあった。精神安定剤を初めて飲むようになり、最初は薬の強さに慣れるまでに時間がかかった。
副作用で眠くなる。薬の服用を間違えると強烈な眠気が襲ってくる。連日の転職活動で疲れていた。そして早く転職活動を終えて働かなければならないプレッシャーから精神安定剤や、イライラしている時には頓服薬を医師の処方よりも多く服用していた。
その日も精神不安定だった。面接の日は必ずと言っていいほど精神不安定になる。自分が車を運転してある会社に面接に行った帰り道だった。高速道路が大渋滞でなかなか進まない。進んでは止まり、進んでは止まるの繰り返しに、だんだん眠気が襲ってきた。意識がおぼろげになってくる。まだ肌寒い春を迎える前だった。社内は暖房を入れていた。極度の睡魔に襲われた。私は「いけない」と何度も自分の頬を叩いたり、手や足を抓っては、眠気を覚まそうとしていた。トンネルの中に入ってからついに握っていたハンドルを離して眠りの誘惑に負けてしまった。気づいたらガチャンという鈍い音がフロントガラスから聞こえた。
フロントガラスは全面に渡りヒビが入った。そのあとエアバックが運転席と助手席から大きく目いっぱい膨らみ風船のように飛び出てきた。ガツンと言う音とともに衝撃が体を走った。高速道路のトンネルの中のガードレールに車を衝突させてしまった。幸いな事に自損事故で他の車を巻き込む事はなかった。私自身も怪我はなかったが、車を全損させて廃車にしてしまった。まだ購入してから2年も経っていなかった。車をまた購入せねばならなくなったのが痛かった。
そして精神安定剤を服用してから車を運転してはいけないと心に誓った。
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