第5話 職歴4社目(貿易事務。派遣社員。勤務期間1年2か月)

次やる仕事は英語の仕事、特に翻訳の仕事をしたかったが、翻訳を行えるレベルはない。会話もできない。この当時HOEICで645点のレベル。英語が少しはできるが実務では何の役にも立たない事は分かっていた。営業はもうやりたくなかった。マウンテンテックのせいで営業のイメージが最悪になってしまった。営業の所長は怖い。営業はノルマが厳しい。酒を飲まさせる。サービス残業が多すぎる。給料が安い。

という事で、たまたま見つけた貿易の仕事で採用が決まった。タムタムスタッフから派遣される派遣社員となった。理由は未経験でも研修があるので貿易の仕事に必要な知識を身に付けられ、書類は英語で書いてあるという点。面接ではなく面談なので、すぐに入社できた点である。ちなみにこの時の時給は1400円。交通費は時給に含まれているとの事だった。縦浜界隈の海が近いロケーションが気に入った。近くには遊園地がある。夜ともなればイルミネーションが煌びやかに光り、恋人たちで華やぐ。そんな勤務地の乙仲に派遣される事になった。こうして私は何の疑問も持たずに派遣社員になった。この時26歳。さらに最寄り駅から会社に行くまでに風俗街を通っていくので、何とも言えず嬉しかった。自分にお似合いと思った。時折、朝通勤していると偶然にもお客が風俗店に入店するのを目撃した。

朝から風俗に行く人がいるんだと感心した。


初日。少し緊張して職場に入ると50歳くらいの男性の課長が出迎えてくれた。優しそうなおじさん。マウンテンテックの所長とは大違いだ。そして同じ課で働く同僚社員全員が呼ばれ対面した。次々に自己紹介され、最後に私からも自己紹介し挨拶した。

皆、気さくで優しそうな人であった。マウンテンテックやバッドウィルの人達とは違う人種である事を瞬時に感じ取った。この会社なら続けていけると思った。そして、一人の女性を除き他の社員全てが私と同じ派遣社員であった事も心強かった。


担当する仕事内容はドックレシートという書類を作成する事。お客様が海外に輸出をしたい商品が縦浜の港のヤードと言われるスペースにあり船にバンニングされ出航を待っている。その商品の名前、金額、個数、貿易条件、輸出者(お客様)の名称、住所、仕向け地(海外の荷渡し場所)の名称、受取人の住所等の情報が英語で記載されているSI(shipping instruction)という書類の内容を逸脱せずに、その通りに専用端末に入力するのだ。船会社によってはタイプライターを使用した。入力したデータ情報はNACCS(Nippon Automated Cargo And Port Consolidated System)を介して船会社やその代理店、税関、倉庫などと情報が共有され、船会社やその代理店はBLを発行する。BLとは船荷証券の事である。実務的には、私がドックレシートを作成する。1セット8枚綴りになっていて、それをランナーさんと呼ばれる、船会社、代理店、ヤードにバイクで届ける専属のドライバーさんに渡し、そのドックレシートを受け取った業者が貨物の受け取り証明書としてBLが発行されランナーさんが受け取る。そして船が出航をするという流れである。気を付けなければいけないのはCUT日である。いわゆる締め切り日の事であり、CY CUTとCFS CUTがある。CYとはコンテナヤードのカット日であり、普通は本船が出航する前の前日。CFSとはコンテナフレートステーションの略であり、コンテナを一社のお客様の貨物だけでは満たせない少量の貨物を複数のお客様の貨物で混載する作業を行う場所の事であり、CY CUTより一日早く設定されている事が多かった。それぞれのCUT日は、船会社ごとに若干違うので、確認が必要だ。締め切り時間があるという事はどんなに忙しくてもその日までにはドックレシートを作成して船会社や代理店にランナーさんが書類を届けないといけない。いつも夕方ぐらいになるとランナーさんは私たちのドックレシートの仕上がりをピリピリしながら待っていた。彼らは出来上がるのをただ待つしかないのだ。そして、何度も「まだできない?」とか、こちらをチラチラ見ながらプレッシャーを与えてくる。


そしてもう一つ気を付けなければいけないのがタイプミスである。いくらCUT日を守っていてもSIから逸脱するようなタイプミスが後で判明した場合、船会社からLGの要求がある。LGとはLetter of Guaranteeの略で、保証状の事である。要は輸出者と輸入者間での取引がこのタイプミスによりうまくいかなかった時には、その責任を負ってくださいという事であり、最悪の場合は、我々乙仲が損害を補償するという事になる。そういう理由で先輩からは1文字もミスが許されない書類を作成しているのだと言われていた。


同僚の派遣社員の中に茄子君という同い年の男性がいた。彼は違う派遣会社だったが、まだ入社して3か月しか経っていなかった。彼からすぐに声をかけられ「俺もまだ3か月しか経っていないし、年も近いし仲良くやろう」と言われた。この優しい言葉に凄く救われた。彼とはすぐに仲良くなり、お昼休みも毎日一緒に昼食を食べに行くようになった。彼は通関士の資格を持っていた。その時は全く何の事か分からなかった。合格率はその当時10%だと聞いて凄い人だと思った。彼はその資格を生かすため、この乙仲で貿易業務の流れを勉強して2・3年後に正社員で通関士の仕事を探すつもりなのだと言っていた。

「通関士は関税の計算もあるからそこが面白いんだよね」と言っていた。私からしてみれば「数字を扱う仕事を避けたいんだよね」なのだが。とにかくそれを聞いて、せっかく仲良くなれたのに、2,3年後には別れる時が来るのかと思ってちょっぴり寂しかった。

この時26歳。我々の先輩で同じく派遣社員の38歳の周防さんがいた。お茶目なおじさんで、世話好きで、人懐っこく、話やしやすくて、この3人で、仕事の手が空いた時は、たわいもない話をして楽しく過ごした。昼食も毎日この3人で出かけるようになり、仕事も軌道に乗り毎日が楽しかった。ただ、残業は凄かった。月に最高で80時間を超える月があったが、同僚の派遣社員もみんな同じだったので辛いとは思わなかった。女性の派遣社員も22時まで残っていた。残業代も支払われていたので、派遣社員だが、マウンテンテックの給料を楽に超えていた。

ある日、退職書類の件で前職のマウンテンテックに電話をした事があった。先輩の阿部さんが電話に出た。近況を伝えた。

「阿部さんもマウンテンテックを辞めたらどうですか。派遣社員の方が居心地がいいし、給料もいいですよ」と話をした。阿部さんの給料を知っていたので、阿部さんよりも高い給料をもらっていた自分に少し有頂天になっていた。当時の自分を振り返ると、いかに無知であったか、いかに自分のキャリアを見据えてなく、今の事だけを考えていたか、いかに自分が浅はかであったかと自分に辟易する。


当時の私は、残業代も出てそれなりに給料をもらえていて、実家から通っていたので貯金がどんどん増えていく。そうすると、増えた分だけ風俗に行く回数が増えた。そしてラーメンを食べに行く回数も自ずと増えていった。多いときは週に5日ラーメン屋さんに行った事もあった。この時期は欲望の赴くままに生きていた。

縦浜に親孝行通りという風俗店が立ち並ぶ通りがあり、ここによく通っていた。仕事終わりにここを通れば、「よっ!社長!写真だけでも見ていきなよ」と色々なキャッチから声がかかる。そんな沢山あるお店の中で私が好きだったのが高校生のコスプレをしてくれるヘルスだった。私は高校生の時に女子生徒と一度も話をする事ができなかった。デートなんてもっての外だった。未だに、制服デートに憧れを持っている。そのヘルスでは本当に可愛い、しかも本物の女子高生にしか見えない童顔な子が厳選して採用されていたので、私の欲求を満たしてくれていた。そしてその店に通うようになり、しだいに、ある風俗嬢の子を毎回指名するようになっていた。名前はともみちゃん。もちろん本当の名前ではない。源氏名だ。

女子高生との楽しい時間を疑似体験できるというのがコスプレヘルスのコンセプトなのだろうが、私にとって彼女はガチの恋愛対象になってしまった。本気で彼女の事を好きになってしまった。勿論、最初は私もここがヘルスである事は分かっていた。しかしそう思わせる出来事があった。ダメもとで聞いたら、彼女が携帯の電話番号とメールアドレスを教えてくれたのである。今思えば営業用に渡された仕事用の携帯だったのだろう。

完全に私は彼女と付き合えると思ってしまった。実はこの時まで一度も彼女という存在ができた事はなかった。そう。初体験の相手は風俗嬢である。

しかも初キスをした相手も、初めて体を触った相手も、初めてセックスをした相手もそれぞれバラバラである。初めて体を触った相手は穴祥寺のヘルス嬢。初キスは低円寺のピンサロ嬢。初めてセックスをした相手は縦浜のソープ嬢の35歳のおばさんである。そんな私がいよいよ本気で風俗嬢に恋愛感を抱いてしまったのである。バカの極みである。

ともみちゃんに告げた。

「今日からプレイはしないよ」。

彼女は言った「なんで?私の事が嫌いになったの?」。

「いや、違うよ。その逆で好きになってしまったんだ」。

「私も好きだよ」。 

「いや、そうじゃなくて。本当に好きになってしまったんだ」。

「えっ」。

「付き合ってくれないか」と、私は立ち上がる事もできない狭くて暗い畳3枚くらいの部屋で彼女に言った。

「それは困るよ。付き合えないよ」と言われた。

「とにかく、俺は好きになったからここに来ても、プレイはしないよ」。

高いお金を払って彼女に会いに行き、プレイはしない。それが彼女と付き合いたいという気持ちの本気度を示していると思った。彼女への男としての誠意だと感じていた。彼女の気持ちに届くと本気で信じていた。

毎日のように彼女にメールを送った。デートに誘った。彼女からは一向に返事が来なくなった。私の気持ちが膨らめば膨らむほど、彼女にとってはそれが重く重くのしかかったのであろう。同僚の茄子君にも相談した。好きな人がいてメールを送っているんだけど、全然返事をくれないと。相手が風俗嬢である事は隠した。

「毎日毎日せつないよ。ああ、おれ頑張れないかもしれない」と。

茄子君は崩れそうな私をいたわるかのように「大丈夫だよ」と言ってくれた。相手が実は風俗嬢だと言っていたら「それは諦めろ」と言っていただろうか。


いつの間にか冬になってクリスマスの時期になっていた。恋人たちが手をつなぎ楽しそうに歩いている。私はいつまでもメールが来ない不安な気持ちに押しつぶされそうになっている。頭の中にふとメロディーがよぎった。昔のフォークバンドの別れの曲。

歌の歌詞のように、もう終わりかな。さよならかな。彼女の存在が小さく見えてきた。本当にそのような気持ちだった。一時の恋が終わった。私はいつしか彼女のお店には行かなくなった。茄子君は景気づけにメイドカフェに連れて行ってくれた。そして私は、そこでも好きな子ができてしまい、飲みに誘っては断られる事を繰り返した。


ある日課長から呼ばれた。本社で行っている業務を引き継ぎに行ってきてほしい。そしてその業務の担当者になってその業務を持ち帰ってほしいと。私は快く引き受けた。

通勤は少し遠くなったが、本社での業務を引き継ぐために3か月間都内まで通う事になった。この頃は、変化が楽しかった。新しい人との出会いが楽しかった。やる事全てが新鮮に感じていた時である。しかし、遠くなった分の交通費は別に支給されるかタムタムスタッフに聞いたら、相変わらず時給1400円の中に含まれているとの事だった。

都内にある本社ビル。エレベータ一を使って3階へ。また優しい派遣社員の仲間が私を出迎えてくれた。この業界は派遣社員ばかりだなと思った。6割は派遣社員で占めていた。

リーダーの日暮れさんを筆頭に同世代の男性たちと仲良くなった。彼らから引き継ぐための業務を教えてもらい、何の問題もなく業務を引き継ぎ、あっという間に時間が過ぎていった。彼らと共に仕事終わりに家系ラーメンを食べに行くのが恒例になった。ビールの大ジョッキを一気に飲み干し、ラーメンとチャーシュー丼を平らげる。この頃の食欲は凄かった。パンパンになったお腹を見せ合いゲラゲラ笑いあった。本当に楽しかった。彼らの職場の課長は仕事をせずに、ただ席を立ってウロウロしていた。その姿からサメというあだ名がつけられていた。

その課長が席をたつたびに「佐々木さん、またサメがウロついてますよ」と耳打ちしてくれて、お互いヒソヒソ笑いあった。そんな楽しい日々もあっという間に過ぎていったある日、

その日は終電間際になってしまった。

遅くなった時間に電車を駅のホームで待っていた。私の前に20代らしき男性のイケメンが立っていた。少し挙動がおかしかった。何か落ち着かない。時折こちらをちらりと振り返る。

電車に乗ると、彼はドアの近くの隅に立った。私は彼の背後に立った。しばらくすると、女性の「キャアっ!」という声とともに、白いおじやのようなものが私のスーツに付着している事に気付いた。イケメンの男性がドアに向かって吐いたものが跳ね返り彼の周囲にまき散らされていた。私もその飛び散った吐しゃ物の餌食となった。何とも災難であり、自分の袖やシャツに付着したものをティッシュで取り除いていると、隣に立っていた20代らしき女性も拭いていたが、彼女の顔を見るとなんだか嬉しそうな顔を浮かべていた。そして優しく彼を介抱してあげる女性が何人も出現していた。イケメンは得だなと思ったある夜の出来事だった。



都内での3か月の引き継ぎが終わり、縦浜の事務所に戻ると、私のいない間に入社していた女性がいた。彼女は私と同じ派遣会社だった。名前は石野さん。職場で彼女の席に行き、挨拶をした。彼女もにっこり笑って挨拶をしてくれた。

「私も同じ年なんですよ。何でも教えて下さいね」。

そして彼女は私の事をじっと見た。ベロを出し唇を舐めまわすように、ゆっくり一周させた。彼女が蛇のように見えた。彼女に運命を感じた。何か起こる予感がした。すぐに彼女の歓迎会が会社近くの中華料理店で行われた。私の都内勤務からの慰労会も兼ねて開かれた。私の帰りをみんなで待ってくれていたのだ。本当に優しい職場だった。そこで石野さんが近づいてきて色々話しをした。積極的にどんどん話しかけてくる。

「佐々木さんの事はタムタムスタッフの人から聞いてましたよ。イケメンだって。ずっと会えるのを楽しみに待っていました。今度飲みに行きましょうよ。私、この会社の近くに住んでいて、雰囲気の良いお店知っているんですよ」と言われた。グイグイ迫ってくるその勢いに私は押された。今までこんなに私に対して積極的に来る女性はいなかったので少々戸惑った。しかし男としては単純に嬉しかった。

職場で彼女の席は私の目の前に位置していた。彼女はパソコンの画面を真剣に見て仕事をしているのかと思っていたら、急に視線を外し顔をこちらに向けて話しかけてくる。

「ねぇ~、佐々木さ~ん。いつになったら飲みに一緒に行ってくれるんですか~」と催促をしてくる。

給湯室で私がコーヒーを飲むためポットをセットしていると、わざわざ私の立っている正面に来て目の前に腰を下ろしてひざまずき上目遣いで私の事を見てくる。


「じゃあ、今度茄子君も連れて3人で飲みに行こう」と言って、後日彼女の行きつけのお店に行くことになった。雰囲気の良いバーだった。サッカー選手のユニホームが展示されている。お店に入ると彼女は店主らしき人と挨拶を交わして楽しそうだ。こんなお店には入ったことがなかった。店主が「いらっしゃい」とこちらのテーブルに来て、私と茄子君を見ながら「石野さんは、どっちが好みなの」と茶化してくる。このお店で何を話していたか覚えていないが、とにかく今までとは違った大人の世界を覗かせてくれた石野さんには感謝している。この日、お店を出た後、雰囲気を察してか、茄子君は一人でそそくさと帰ってしまった。石野さんと二人きりで家路を辿る。石野さんが案の定誘ってきた。


「私の家この近くだけど来ない?もっと飲もうよ」。

「ごめん。今日は帰るよ」と私は言った。正直、彼女を愛する自信がなかった。女性としての色気はあるが、付き合いたいとは思わなかった。でも彼女の事は人間としては凄く好きだった。とにかく、彼女のおかげで楽しい日々だった。少し大人になった気がした。そして茄子君とも、周防さんの存在も大きかった。


マウンテンテック入社前に風俗遊びを再開して一年も過ぎると風俗にも飽きてきた。風俗遊びも当たりはずれがあり、色々失敗も多かった。

写真指名しても実際に現れるのは、15年後くらいの姿のおばさんであったり、風俗嬢との性格的な相性の不一致もあり、求めた性欲が満たされないまま帰ることもしばしばだった。そしてより強い快楽を求めるようになっていた。


話は学生時代に戻る。その頃、バイトでエキストラをしていた。色々な世代の大人が集まる。仕事の合間、暇な時間も多いのでみんなそれぞれ仲良くなる。その中で毎回顔を合わせるオジサンがいた。いつも上下のスーツを着ているニュースキャスターにいそうな50代に見えるおじさん。賃貸マンションのオーナーをしているから何もしなくてもお金が入ってくるので、お金には困っていないのだと言う。そのおじさんと仲良くなった頃、家に遊びに来ないかと誘われた。ヘリコプターも操縦できるから今度乗せてあげるよとも言われた。私はその時は少し怖いと思ったので誘いを断った。私は学校を卒業してエキストラのバイトをやらなくなったので、そのおじさんとはそこで関係が終わるが、それ以来この時の事が頭に残った。あの時おじさんの誘いに乗り、おじさんのマンションに行っていたらどんな事をされていただろう。おじさんと二人きり。密室。誰もいない。おじさんの優しそうな笑顔が突然、いやらしく見えてきた。そしてだんだん私を見る目がうつろで陰湿な顔に変わってきた。急にあのおじさんとエロい事をしている自分の姿を想像してしまった。この時だ。私の中でもう一つの欲求が開花したのは。それ以降ネットでゲイの出会いの場を探した。そうすると、発展場というのが都内には沢山あることが分かった。こんな世界があるのかと目からウロコだった。


ある日、学生時代の友人達と都内で飲むことになった。めったに行くことのない都内。しかもちょうど近くに気になっていた発展場がある。今日こそ、そこに行こうと思った。友人達と久しぶりに会っても、この飲み会の後に発展場に行くドキドキ感で、頭がそちらの事ばかり気になって、ずっとソワソワして落ち着かなかった。友人達の話を聞き流していた。そして一次会が終わり友人の一人が二次会のカラオケに行こうと言い出した。私は我慢できずに「ごめん。ちょっとこのあと用事があるんだ」と言って、私一人だけ抜け出した。友人達は彼女ができて会いに行くの~?と茶化す。そんな私は彼らと別れ、一人、夜の闇に消えていった。

その発展場は一見、外観だけでは普通の建物に見える。時々、中から出てくる人、中に入っていく人がいるが、普通の人だ。スーツを着た人もいた。店内に恐る恐る入り、入館料を券売機で払い、入館証を受付の人に見せる。その時ハッと気づいて振り返った。

いつの間にか、こちらをイヤらしい目つきで、女性の仕草をしながら見てくる男性っぽい人がいた。凄くギラギラした目でこちらを見てくる。全く目をそらさない。瞬きをしない。

気持ち悪いくらいだった。20歳くらいか。枯れ木のように痩せこけている。手の仕草が女性そのものだった。受付を済ませロッカーで裸になり、その上にガウンを着た。ガウンの丈は不自然な程に短いので、椅子に座ると太ももが見えてしまう。超ミニのワンピースを着ている気分になる。スカートを履く女性の気持ちが分かった気がした。そして、歩くたびにヒラヒラとガウンがめくれる。足が露わになる。そのたびにイヤらしい気持ちになった。

大浴場に行くと、凄い数の人がいた。世の中にはこんなに沢山のゲイと呼ばれる人がいるのかと思った。ガウンを脱ぎ裸で大浴場に入ると、みんな優しい眼差しでこちらを見てきた。洗い場に行き、鏡の前に置いてあるスケベ椅子に座り体を洗っていると、隣に座ってきた太った体型のラグビー選手風の若い男が、私の股間を覗いてきた。物凄く首を長く伸ばして、くねらせながら見てくる。そして、彼の手が伸びてきて、私の左手を触ってきた。逃げるように浴槽に向かい、湯舟に浸かっていると、私を追いかけるように何人ものガタイの良いオジサンたちが私を取り囲むように集まってきた。私は四方八方を囲まれ、逃げ場を失った。しばらく無視して正面を向いていた。すると、みんな私と同じ方向を見ながら、手だけがこちらに伸びてきて私の身体の至る所を触ってきた。これがゲイの世界かと実感した。最初は嫌がっていたが、これだけ自分が求められると自尊心がくすぐられ、嬉しい気持になっていった。

拒否ばかりするのも申し訳ない気がしたので、少しなすがままにさせていた。そうすると本気にさせてしまったのか、私のチンポを本気で扱きだす者が現れた。私は大浴場を出てガウンを着て別の階に行った。廊下は明るいが、部屋の中は殆ど照明がない暗がりで、2段ベッドがぎっしりと、何台も敷き詰められている部屋だった。裸になった男の上に裸になった男が覆いかぶさっている。「いきそう」とか「イクっ」とか「ああ、気持ちいい」とか時々聞こえてくる。別のベッドでは「ハアハア」と荒い息遣いが聞こえている。

生暖かい部屋は、男の汗臭さと、精子の生臭さ、唾液の発酵した匂いが混ざりあったような、これまで嗅いだことのない酸っぱい匂いが充満した部屋だった。50代ぐらいのイガグリ頭のおじさんのチンコを20代の若いイケメン男性がフェラをしている。おじさんは、気持ちよさそうに若い男性の頭を撫でていた。まるで女の子を扱うように。

その光景は衝撃だった。私は休憩所に行って冷たいお水を飲み、リクライニングチェアに深く腰掛け、背を持たれ、深呼吸をして心を落ち着かせた。

暫く正面の天井に吊り下げられているテレビモニターを見ていた。ふと隣を見ると、入店の時にいた女性っぽい枯れ木のような若い男性が私の横の席に座っていた。私の事を探していたようだ。私の事をまた見てる。親指を口で咥えながら、ものほしそうに私の事を見てる。気持ち悪かった。生理的に受け付けないと思った。枯れ木の手が伸び、私の身体を触ってくる。「凄い」と言った。私の身体をまるで美術館に飾ってある展示品のように丁寧に壊さないように大事に触った。そして、腕から胸、おへその方へと移動してきた。触る箇所がだんだん下に降りてきた。いよいよだと思った。案の定、手がおちんちんを触ろうとした。

その時、もう片方の隣に座っていたオジサンが枯れ木に向かって、「シッシッ」という手の素振りをし、追い払ってくれた。

私はそのオジサンに「ありがとうございます」と言った。

そのオジサンは私に向かって、「いいよいいよ」みたいな優しい笑顔をしている。カッコイイと思った。50代くらい。体を鍛えていそうでガタイが良く、少し無精ひげのあるオジサンだった。

「君若いね。いくつ?」と聞かれた。

「26歳です」と答えた。

「初めて来たの?」。

「はい。こういう場所に来るのは今日が初めてなんです」と答えた。

それを聞いたオジサンは、嬉しそうな笑みを浮かべた。おじさんは缶ビールを飲んでいた。缶ビールを台に置いた。少し沈黙があった後、オジサンが真面目な顔をして、こちらを向いた。そして立ち上がり「行こう」と言って、私の手を引いた。私は断る理由がなかった。

この人には何をされてもいいと思っていた。一緒に手をつなぎながら階段を上り、先ほど見た暗い部屋に連れていかれ、2段ベッドの上段に上がり仰向けにされた。そしてガウンを乱暴に引っ剥がされ裸にされた。私のチンコはビンビンに勃起して上を向いていた。オジサンは缶ビールを少し口に含ませた。そして、そのまま私にキスをしてきた。そしてその口に含んでいたビールを私の口の中に流し込んできた。口移しされ気持ち悪かったが受け入れて飲むしかなかった。それを数回繰り返された。満足したのか、今度は私の身体全体を丁寧に舐めてきた。私のチンチンも生のまま咥えられ、シュポシュポ音を立てながら勢いよくしゃぶられ、だんだん気持ち良くなっていった。

そして私の両足を大きく広げてお尻の穴の中に指を突っ込んできた。これでもかと言うぐらい奥まで突っ込んでくる。指を穴に入れては抜き出し、その指を舐めて唾液をつけ、また穴に突っ込んでくる。そうするとだんだんとお尻の穴の奥が温かくなり気持ちよくなっていった。おじさんの指も奥までどんどん入るようになった。ガサガサとバッグから何かを取り出し、個装を開けて取り出した。コンドームである。オジサンは自分の固くなったペニスに装着させて、私のお尻の穴の中にチンコを挿入した。そして乱暴にピストン運動を始めた。痛かった。お尻の穴の膜が破けて血が出るのではないかと思った。指よりも太くてデカイおじさんのチンコは、私のお尻の穴のサイズよりも大分大きく感じたが、オジサンは夢中になってピストン運動を止めなかった。自分の足が顔とくっつきそうになるぐらい、でんぐり返しをしているかのように凄く窮屈な体勢で辛かった。

静かになり動かなくなった。事が終わったようで、オジサンは精子が入ったコンドームを私に見せた。「こんなに出ちゃったよ」と満足そうであった。そして、私の身体をタオルで優しく拭いて、ガウンを着させてくれた。おじさんもガウンを着て帰る用意をした。そして、別れる間際、私に耳打ちし、「またやろうな」と言ってキスをされ、何処かに帰っていった。


私は帰り支度をし、発展場の外に出てお店の外観を見た。入るときは普通の建物だと思っていたのに、出るときには暗闇に浮かぶ要塞に見えた。

ここは、こういう事が夜な夜な行われている不夜城。

中に入れば朝も夜も関係ない時間が流れている。

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