第23話
ケイトは、おもむろに扉を開けた。
目の前の黒衣の美女は、ケイトに深々と頭を下げる。
「初めまして。
禁断の果実の種の処分を依頼したイヴといいます。」
「あ、あなたがイヴ!」
「依頼が無事に終わりましたので、料金を支払いに来たのですが・・・。」
「あ、ど、どうぞ、入って。」
まさか、ニードルの人間が依頼人だったなんて。
応接室にイヴを通し、ソファーに座らせた。
死の黒衣とまで呼ばれるニードルを相手にするのは、さすがのケイトも緊張する。
そしてイヴは、持ってきたトランクをテーブルの上に静かに置いた。
「依頼料は、トランクごと受け取ってもらいたいのですが。」
「えぇ!?」
ケイトは、失礼しますとトランクを開けて中身を確認した。
中には、ルーフ金貨が山と入っていた。
今では2年に1度しか製造しないとまで言われている、稀少価値も高い金貨であった。
それが、トランクいっぱいに入っている。
いくらなんでもこれはちょっと・・・。
「ね、ねえ、イヴ。」
「はい?」
「いくらなんでも、もらいすぎよ。
いったい、何百枚入ってるの!?」
「あ、確かに。
私からの仕事依頼料は、そのうちの200枚です。
私の、シーフギルド当時の全財産です。
今日から晴れてニードルの実行部隊になりましたので、その時のお金は全て手元から無くしたかったんです。
もちろん、依頼をこなしてくれたお礼の意もありますが。」
「そ、それはありがと。
でも、あのね、それでも多すぎるわ。」
イヴは、1枚の書面を差し出した。
ニードルからのものだ。
ケイトはそれを受け取り、静かに読みふける。
そして、ようやく納得の表情を見せた。
「そっか。
私が果実の木を守っていたときに殺した50人近くの人間は、全員がシーフギルドの人間だったのね。」
ようは、その人間すべてが賞金首の対象だったらしい。
書面には、以下の文面が書かれていた。
ケイト・セント・ウェストブルッグ様
この度は、盗賊ギルド“セイル”の壊滅にご協力頂き、誠にありがとうございました。
配当金は、1人当たりが1500リラと大変少額ではありますが、稀少価値の高いルーフ金貨にてお渡ししますので、これでご了承頂きますよう、お願い申し上げます。
51人×15ルーフ=765ルーフ賞金配当
金鉱山の産出が年々減少していることから、今では1ルーフの価値がかなり跳ね上がっている。
昔は固定レートで、
1リラ (銀貨)=10ラード(銅貨)
1ルーフ(金貨)=10リラ (銀貨)
※おおよそ、金貨1枚が1万円、銀貨1枚が千円、銅貨1枚が百円の感覚。
だったのだが、近年はルーフ金貨に限り、倍近い価値にまでなってしまっている。
すっかり変動しまくっていた。
昔は金が予定より多く産出しても、ゴールド輸出量規制法に基づき、市場に出回る金の量を一定に保っていた。
だから固定レートでいけたのだが、今では資源減少の現れか、産出量が一定量にすら達していない有様なのである。
イヴの全財産が200ルーフと語っていたが、だからって、イコール2000リラとは限らないのだ。
ひょっとしたら、その2~3倍かもしれない。
「それもあって、私の最初のニードルでの仕事は、この金貨の配送業と言われたんです。
でも、あなたに会えてよかった。
ずっとお礼が言いたかったの。」
「お礼って言われても、結局は果実の種は木になるし、最悪の結果だと思うわ。
処分出来たのは、麻薬中毒者を全員焼き殺した後で、母の錬金術に頼ってようやくだったもの。」
「そんなことない!
私は、大好きなこの国が破壊神の手で滅ばないようにしたかったのよ。
あなたは見事にそれを成し遂げてくれたわ。」
「・・・ありがとう、イヴ。」
今度は、ケイトがイヴに深々と頭を下げて礼を言った。
そしてその後で、
「じゃ、この金貨は確かにトランクごと受け取ったわ。」
そして、確認するように、
「まさか、この金貨にまで魔鍵かけてないわよね!?」
ちょっと間を置いてイヴが、堪えながらも笑ってしまっていた。
トランクではなく“金貨”と語るあたり、ケイトは魔鍵の本当の恐ろしさを知っているのだろう。
だが、それでもイヴは吹き出さずにはいられなかった。
最初に渡していた箱の魔鍵に苦戦したのが、感じ取れたからだ。
それを見たケイトも、つられて一緒に笑っていた。
「あ、ごめん。
お茶も出してなかったわね。
今、用意するから、ゆっくりしていってね。」
ケイトが立ち上がった。
ドールはお出かけなのか、自分で用意するらしい。
「じゃ、お言葉に甘えるわ。
聞きたい話もあるし。」
「何?」
「ケイトなら知ってると思うんだけど、王国で手出し厳禁の5人って全員分かる?
よかったら教えて欲しいな。」
いつのまにか、2人はお互い名前で呼び合っていた。
いい親友が出来たことに、お互いが喜んでいるようだった。
「え?イヴ知らないのぉ!」
驚きながら、コーヒーとケーキを持ってきた。
そして、向かいのソファーに再び座る。
「じゃあ、教えてあげるわ。まず、1人目は・・・。」
今、イヴは、ようやく安らかな空間を得ていたようだった。
今までは出来なかった、親友が出来た。
何気ない会話も出来るようになった。
ごく当たり前の事が、こんなに幸せなことに改めて身をもって知ったイヴであった。
元フォルター男爵の領地。
現ガーディア国の領地に、ケイトの母アニスと妹のキャサリンが来ていた。
裏結界器に類似した物が、腐敗した地の四隅に設置されている。
それには、炎の精霊サラマンダーの模様が刻まれていた。
「それにしても、本当に随分と腐敗したものですわね。」
アニスが、半ば呆れたように口に出した。
農地拡大の一環で地を掘り起こしたところから、古き時代の廃棄物が大量に出没。
それが全ての原因らしい。
異常な腐臭を吐き出すそれらは、魔王ベルゼブブの死蠅に匹敵するほどの威力で、瞬く間に地を腐敗させていったのだ。
地からは異臭がし、そこから生えた草木は枯れ果てて変色している。
生活水となる川が近くに無いのが、唯一の幸いと言えた。
この広大な腐敗した地を、本当に3年間で復活出来るのだろうか?
「じゃ、はじめま~す!
皆さん、離れてて下さいね~!」
キャサリンが辺りの人々に叫ぶ。
土壌復活の有様を一目見ようと集まった、農業、林業を営む人たちだった。
皆、固唾をのんで見守っている。
キャサリンが、封魔術特有の印を結び、裏結界器を発動させる。
ブブブと、奇妙な音を立てていた。
刻印が赤く光る。
すると、ゴオオと音を立てて裏結界器から炎が出現した。
四辺が炎の壁となるや、その中では炎の精霊サラマンダーが出現し、枯れた草木や腐敗した地を焼いていく。
見に来ていた人々は、凝視していた。
こんなことをして大丈夫なのか?
「あ、あの・・・本当にこんなことして、大丈夫なんですか?」
農地が焼かれる有様を見て、ついに耐えきれずに口に出していた。
キャサリンはニコリと笑みを見せて応える。
「大丈夫ですよぉ。
火は地を育む力を持っているんです。
精霊サラマンダーは、あらゆる腐敗した地を元の地に戻すのと同時に、土壌を完全に再生してくれる、炎の上位精霊フェニックスを呼んでくれるんですよ。」
説明している間に、炎で出来た巨大な鳥が結界内に出現した。
周りで見ている皆が、感嘆な声を上げる。
あの鳥に再生出来ない物は無い。
必ずや復活する。
ようやく、人々が安堵のため息をもらした。
「この裏結界器を、他の腐敗した地でも使えば、もう大丈夫ですね。」
「そうですが、また、この結界器が再利用出来るまで数ヶ月かかります。
魔力を再蓄積するのに時間がかかるんです。」
「・・・なるほど。
だから3年もかかるのか。」
「だから、あとは母の薬にも頼って下さい。」
その母は、液体の薬品を小瓶に入れてきていた。
とりあえずのサンプル分を持ってきたようだ。
「この液体は、水で10倍に薄めて使用して下さい。
腐敗した地にかければ、瞬く間に土壌が復活します。」
水で10倍とは、随分と濃縮した薬品らしい。
「国の錬成場を一部お借り出来ましたから、明日には、皮製の大きな水袋で1000袋を用意出来ますわ。」
国の錬成場とは、主に国の病院“シーズン・ホスピタル”に供給する医薬品を作っているところである。
作業員も約500名ほどおり、皆、現在の化学“錬金術”の知識豊富なメンバーの集まりであった。
ちなみにそこは、アニスの実家が経営しているところである。
「ありがとうございます。
早速、ご活用させていただきます!」
その薬品に、アニスは禁断の果実を大量に使っていた。
聞きもしないから答えもしないアニスだが、あのとき大量にもぎ取った果実は、全てこの薬品の原料となっていたのだ。
麻薬の効果を無くすのには苦労したようだが、苦労した結果は得られたらしい。
ついでにあのワクチンも大量に作ったらしく、それは国の錬成場を通して病院に高値で売っている。
いったい、いくら稼ぐ気なんだか、この魔女は。
その日の作業を終えた魔女とホエホエ娘は、
「まったく嬉しいわね~。
こんな美味しい仕事が手に入るなんて、ケイトに感謝だわ。」
「お姉ちゃんも儲かったのかなぁ?
儲かってるといいね~。」
金のことしか頭にないようだった。
が、母にして思えば、
『裏結界器を街中で使われなくて良かったわ。
父さんにも感謝しなきゃいけないわね。』
裏結界器の能力を間近で見ただけに、恐怖の念だけはなかなか消えなかった、母アニスであった。
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