第22話

 フォルター男爵の領地。そこで暮らす人々に報が入ったのは、3日後のことであった。


 隣接する巨大12国家の1つ、ガーディア王国に吸収合併。

 領地民の、農業および林業を営む者への完全救済措置が決定。

 但し、救済期間は土壌活性化完了予定の3年後までとする。

 領地は、ガーディア王国領第6分地とし、責任者をフォルター男爵に任命する。

 この分地にての農業、林業、貿易を主な管理業務とする。

 分地と空港は、新設された王宮騎士団第5軍を警備隊とする。

 責任者は、アガン・ローダーとする。


 そのアガンは、室長と共に取調室の隣の部屋に来ていた。

 ガラスの様な壁の向こうの取調室の様子が、とてもよく見える。

 そして声も聞こえる。

 だが、それでも、こちらの声が取調室に聞こえることはない。

 また、姿も見えることがない。

 そんな、特殊な魔法壁の向こう・・・

 取調室には、セイクレッド・ウォーリアに質問されているイヴの姿があった。

 イヴは、自首してきたらしい。

「フォルター男爵は、ポストにアサッシンギルドとの連絡方法や、白紙の“雄羊の契約書”が投函されていたという。

 それは、おまえではないんだな。」

「ええ。

 私は種を奪取しただけにすぎないわ。

 だから、ひょっとしたら最初から何者かに監視されていたのかもしれない。」

 アガンと室長は、黙したまま聞いている。

「何故、そう言い切れる?」

「私は、早朝時間に王城前広場で盗賊共に狙われたわ。

 人混みにまぎれて仕事をする盗賊が、人通りの少ない早朝に表に出ることは異例なの。

 護衛団に狙われやすくなるだけだからね。」

「木の葉を隠すなら森の中ってやつか。

 人混みの中で盗賊稼業というのは、意外ではなく常識ということか。」

「そういうこと。

 でも、この国から南に10キロも離れた領地の人間の監視というのにも疑問があるわ。

 だから私は、領地と王国の間にある空港があやしいと思うの。」

「そこに、敵の本拠地が?」

「わからない。

 でも王国の外にそんな組織があるということは、私のいた盗賊ギルドにも無い情報だわ。

 だから確信が持てないのも事実よ。」

 だが、そんな情報でも、セイクレッドは手応えを得たような笑みを見せた。

 言うなれば不敵の笑みだ。

 イヴが、彼の表情にゾクリとする。

 彼は、王国では手出し厳禁とまで恐れられる5人のうちの1人。

 “真紅の魔剣士”であった。

「いや、それだけ聞けば充分だ。」

 そう言うと、セイクレッドはアガンと室長のいる部屋の壁を叩いた。

 まさか、気配で気付いたのだろうか。

 2人が隣の部屋へと移動する。

「アガン!」

 イヴが声を上げたが、アガンは黙したままだ。

 表情も変わらない。

 ビルの行動を止めた話の全容は、イヴも熟知しているからか、お互い何も言えなかった。

 それでも間をおいてイヴが、

「ありがとうね。」

 と、一言だけ口にした。

 アガンは軽く目をつむり、無言で頭を下げる。

 言葉が見つからないのか。

 それとも、これが彼の礼儀なのか。

 セイクレッドは、アガンに向けて語り出す。

「聞いてのとおりだ。

 新しい将軍殿には酷な話だが、どうやら空港が“奴ら”の接点になっているのは確かなようだ。

 俺が集めた他の情報と合わせると、空港のどこかに“奴ら”の支部がある。」

「奴らとは?」

 アガンは、フォルター男爵の領地と空港の警備が仕事となる。

 空港に何かあるとあっては、もはや他人事ではないのだ。

「ブラック・シープという、世界最大の闇組織だよ。」

 ブラック・シープとは、本拠地不明、構成人数不明。

 それでいながら盗賊ギルドと暗殺ギルドを顎で使う、最大の暗黒組織と言われている。

 そんな奴らの支部が、空港にあるという・・・。

 空港の警備とは表向きの台詞だ。

 実際には、空港の監視ではないか。

 女王はまさか、これを視野に入れて警備と語っていたというのか。

 1番に恐るべきは、女王の計画的な組織編成の凄さと言えた。

 カチン、カチンと、アガンの腰元で音がした。

 暗黒の魔剣が鞘から出たがっている。

 ブラック・シープを語る者共の血が吸いたくて、うずうずしているのだろう。

 アガンもまた、新しい巨大な敵の存在に内心歓喜していた。

「お任せ下さい。

 第5軍が、必ずや奴らの首を王に献上してみせましょう。」

 室長が、一任したと言わんばかりにアガンの肩を軽く叩いていた。

 そして、セイクレッドがアガンに語る。

「来たついでで悪いが、イヴを“ニードル”の本部まで連れていってくれ。

 彼女は今後、そこで働くことになる。」

 王宮魔法陣“闇夜の陣”に入る最後の1人はイヴであった。

 この台詞には、イヴ自身が驚いた。

「私が・・・ニードルに?」

「禁固数年後に外へ解放しても、他の闇組織から命を狙われている身ならば、逆に奴らの命を狙う部署に配属すれば問題ないだろう。」

「確かにそうですが・・・いいのですか?

 私が入隊しても?」

 ニードルの入隊試験は、かなり厳しいと言われている。

 100人受けても1人も合格しないことなど当たり前。

 そのうえ入隊試験自体が年に1回しかない。

 これに推薦入隊出来る者となると、余程のポテンシャルを秘めた者でなければ不可能だ。

 それでも、イヴは推薦合格なのだろう。

「魔鍵のイヴの話は、私も耳にしている。

 それだけの実力者なら、すぐに実践投入出来るはずだ。

 故に禁固は無い。

 3年間の、ニードルでの強制労働が実刑となる。

 それ以後は、普通にニードルの職員となるだけだ。

 除隊する事は可能だが、入隊したままでいる事の方を勧めるがな。」

 これだけの台詞を聞くや、イヴは深々とセイクレッドに頭を下げた。

「ありがとうございます。」

「ニードルの本部へはどう行けば?」

「一旦、城を出て右に曲がれ。

 王城区域西部にある、一番デカイ建物がそれだ。」

「わかりました。」

 イヴは、アガン、室長と共に、ニードルへと向かっていった。

 イヴをニードルに預けるや、アガンは室長と共に城へと戻っていった。


 その少し後、

「あ、やっぱりイヴもこちらに来ましたか。」

 ルクターが、ひょっこりと現れた。

「ルクター!

 そうか、あなた、ニードルに所属していた暗殺者だったのね。」

「まあ、そうなります。」

 何を言われても、ルクターはお馴染みのノンビリ口調だ。

 しかし、ここが本当に暗殺ギルドなんだろうか?

 玄関を入ったロビーは広い。

 受付カウンターには受付嬢からおり、他のフロアには喫茶店やビリヤード場、ダーツ場まである。

 ゆったりと座れる3人掛けのソファーは、軽く目を通しても20はあるだろう。

 まるで、高級ホテルみたいだ。

 ルクターは、受付カウンターに顔を出した。

「副官、お久しぶりでございます。」

 同伴していたイヴが、ギョッとした。

 まさか、ルクターは、ここで2番目に偉い人なの!?

「新規登録者のイヴ宛てに仕事はありますか?」

 さっそく仕事ときた。

 職員の紹介などは後回しのようであった。

「暗殺の仕事は今のところありませんが、宅配業務が1件あります。」

 そう言うや、受付嬢はトランクをイヴに差し出した。

 見覚えのあるトランクだ。

「あ!

 私の盗賊ギルドで使っていたトランク!」

「盗賊ギルド“セイル”が壊滅した後、王宮護衛団が徹底捜索した中に見つけた物です。

 これには、あなたの全財産が入っています。」

 全財産と言っても、もはや金品以外は価値のないものばかりだ。

「中には現金しか入っておりません。

 物は全て金に換算しています。」

 イヴは、これだけ言われるや、すぐにピンときた。

「そうね。

 まだ彼女に会ってもいなかったし、仕事料も払っていなかったものね。」

「今すぐに行きますか?」

 ルクターに声を掛けられ、イヴが素直に首を縦にふった。

「行って来るわ。

 お礼も言いたいし。」

 ゼロからの出発に、イヴはむしろ喜んでいるようであった。

「では、これに着替えて下さい。」

 受付嬢が、着替え一式の入ったような背負い袋を手渡した。

 袋の皮生地は厚く、冒険者が欲しがるような丈夫な物だ。

「これは?」

「王国承認暗殺ギルド“ニードル”の、実行部隊の女性用制服です。

 全身をまとうタイプですが、季節に分けて4タイプの服が用意されており、とても動きやすく機敏と評判です。

 今は初秋の季節なので、秋向けの服を2着用意しました」

「ありがとう。

 更衣室はあるのかしら?」

「喫茶店フロア奥に、洗面所、バスルーム、更衣室等がございます。」

 冗談抜きで、ホテルのようであった。

 どこか矛盾な感覚を抱いたまま、更衣室へと向かう。

 そこで背負い袋を開けるや、目を見張るものがあった。

 暗殺ターゲットのリストがある。

 どこに住んでいるか、その者の名は、その者を殺した時に得られる報奨金は、などが綿密に記載されていた。

 組織で名を挙げたければ、この者たちを殺せということなのね。

 高級ホテルの一員になれたような表の景色とは裏腹に、現実は実力重視の厳しい仕事が、すでに待っていたのだった。


 ケイトと言えば、ふてくされていた。

 仕事の内容が錬金術絡みだっただけに、母に仕事を奪われたような感じがして、どこか腑に落ちなかったからだ。

 更には強敵スーレンを、妹キャサリンに奪い取られ面目丸つぶれの気分に。

 挙げ句の果てには、テリスから花捜索の仕事料を得たものの、肝心のイヴとは一度も会っておらず、人形娘も彼女の後の行動を理解していなかったからだ。

 タダ働きになるのかしら?

 後から聞いた話だが、どこかの馬鹿が母に呪いのある契約書を書かせたらしい。

 怪鳥ロックの羽根ペンに気を取られ、“忘却のインク”の存在に気付かなかった間抜けな馬鹿は誰だったのかしら?

 あれで書かれた契約書は、全て白紙と化してしまうのに。

 その母は、国から仕事を得たらしく、ここ数日は地下の錬成場をフル稼働している。

 何をやっているのやら。

 妹キャサリンも、新開発の製品の依頼を国から受けたようだ。

 あたしに、しょっちゅう“火”の事について聞いてくるから、その類のものを作っているんだろう。

 2人とも、見通し明るくていいな~。

 羨ましさ全開のケイトであった。

 喫茶店アリサにでも行って、ケーキ食べまくろうかな~。

 食にストレスのはけ口を求めるケイトであった。

 が、今回もそう簡単には外出を許さない。

 魔術探偵事務所の扉が、軽くノックされた。

「誰かしら?」

 覗き窓を覗く。

 そこには1人の女性が立っていた。

 随分と大きめなトランクを手にしている。

 が、そんな事は問題ではない。

 ケイトは、その女性の衣装に驚いた。

 上下ともに漆黒の衣装は、気温体感保護を施した特殊な服だ。

 その胸元に、鋭い銀の針を光らせたイラストがある。

 おそらくは、背中にも同じイラストがあるだろう。

 それは、王国承認暗殺ギルド“ニードル”のものであった。

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