第21話
この様な場面は、二人も願っていたに違いない。
背丈から体格、構えまでが同一に見える二人は、年齢からいえば親子のような感覚だ。
剣に気を込めて放出するのを得意とするレクスタン剣術は、ただそれだけの剣技ではない。
もし、そんな技を使えば近くの床や柱はもちろん、天井までが木っ端微塵になる。
ここでそのような技が厳禁なのは、両者、言われるまでもないことであった。
女王エレナが、リラ銀貨を二人の間に一枚放り投げる。
それが、床に落ちた瞬間、アガンが先制した。
剣先を向け、突きの体制で喉元を狙う。
ヴェスターが難なく剣で払ったかと思うや、アガンが、そのちょっとの反動を利用して迅速に背後に回りながら、胴元を剣で襲った。
しかし、ヴェスターの剣はその動きを読んでか、振り向くことなく剣を背に回して難なく受け止めた。
この時、軽くズンと鈍く響いた音がしたかと思うと、アガンが数歩後退して間合いを取り直した。
瞬間の攻防は引き分けか。
次はヴェスターから攻めてきた。
剣を交錯させ、絡ませてアガンの剣をはじき飛ばす気だ。
だが、アガンが剣と剣のかみ合わせを鍔もとまで引き寄せ、弾かせない。
数秒の膠着。
突如、アガンが背を向けず後退し、一気に面を狙おうとした。
が、ヴェスターの反応が異常に早い。
アガンの後退に合わせて、その動きについていく。
頭頂が狙えない。
ここでアガンは動きを止め、なんと剣先を己の方へ向けた。
柄の部分で喉元を狙う。
それでもヴェスターは合わせ、剣の峰ではじき返した。
そしてお互い、正面から剣を振り下ろした。
ヴェスターはこれを剣で受け止め、弾き、反撃する。
この激しい剣と剣とのぶつかり合いの攻防が何分続いたろう。
両者共に動き乱れず、息も切らさず、互角の金属音が部屋を轟かせていた。
「そこまで!」
女王が叫ぶ。
二人が静かに剣を納めた。
「どうでした、ヴェスター?
彼の実力は。」
「素晴らしいですね。
ここまで私と競り合える男は久しぶりですよ。
まだ楽しんでいたかったんですが、やはり持ちませんでしたね。」
その台詞の直後、二人の手にしていた剣が音を立てて割れた。
なまくらな剣故にといったところだろうが、その限界を見抜いて止めた女王エレナの眼力も凄い。
「アガンも見事でした。
では今後、与えられた仕事を忠実にこなせるよう努めなさい。」
「ヴェスター殿とお手合わせの機会をくださり、ありがとうございました。」
「では、謁見はこれにて終了とします。」
言葉を交わし、アガンは室長と謁見の間を離れていった。
テリスとルクターは、ヴェスターと共に離れていった。
廊下を歩くテリスが、ルクターに声をかけた。
「あなた・・・何者なの?
“ニードル”に所属って女王が言ってたけど、“ニードル”って何なの?」
「僕の副業ですよ。
吟遊詩人だけでも充分やっていけるんですが、昔、ある事件がきっかけでスカウトされまして。」
「もう!
あたしが聞きたいのは、本業とか副業とかじゃなくて、“ニードル”の仕事の中身よ!」
この声には、ヴェスターも『おや?』といった表情を見せた。
「ご存じないのですか?」
「え、ええ・・・有名なんですか?」
「有名ですよ。
極悪人を専門に狙う、王国承認のアサッシン・ギルドですから。」
テリスが驚愕した。
確かにルクターは、仕事休みの日といえばガーディア王国に足を運んでいたけど、まさかそれが暗殺の仕事目的だったなんて。
でも、王国が承認していて堂々と暗殺と語ることを、果たして暗殺と呼ぶのかしら?
ハンターの間違いじゃないの?
ヴェスターはルクターを見、静かに語る。
「デッド・シンフォニーのルクターと言えば、確かニードルの副官でしたよね。」
「まいったな、そこまでご存じでしたか。」
ルクターは、何を言われてもニコニコ顔のノホホンぶりだ。
キャサリンといい勝負かもしれない。
話しながら歩いているうちに城の外へと出た。
が、ヴェスターが
「こっちに寄りますよ。」
と言って、王宮魔法陣の塔へ向かって歩き出した。
「私たちもですか?」
「ま、正確にはテリスさんに用があるみたいです。」
みたい、ときた。
どうやらヴェスターは、あらかじめ頼まれていたようである。
「あたしに?」
「もう1つの条件を聞いていなかったでしょう?」
テリスがそれを語られてハッとした。
聞かないでしまった私も私だが、女王が言わなかった2つ目の条件とは何だったのかしら?
王宮魔法陣の塔を入るや、昇降機に乗って3階に着くボタンを押した。
扉が閉まるや、体験したこともない奇妙な浮遊感がテリスとルクターを襲う。
到着した感想は、
「三半規管が狂いそう・・・。」
「面白い乗り物ですね」
との、2者対極な応えであった。
どっちがどっちの応えかは、語るまでもない。
「この塔には、王宮魔法陣の全ての部署が存在します。」
廊下を歩きながら、ヴェスターが観光客相手に語るように説明しだした。
「1階には、聖刻の陣、
2階には、皇王の陣、
3階には、幻惑の陣、
4階には、破封の陣、
5階には、星界の陣があります。
この塔のどこかに6つ目の陣が存在するという話もありますが、私は目にしたことがありません。」
奇妙な絵が描かれた壁の前に着いた。
その壁に突っ込む様に、ヴェスターが歩いていく。
ヴェスターは壁に溶け込み、消えていった。
「幻の壁!」
二人揃って声を上げるや、二人ともヴェスターに続いた。
そこは、壁や床、天井にいたるまで渦巻き状の模様を描いた奇妙な部屋であった。
目眩がしてきそうだ。
幻惑の陣。
ここは、全ての幻を扱う部署である。
何故、こんな奇妙な部署が存在するのだろう。
「ようこそ幻惑の陣へ。」
ルクターに負けない優男が、二人に声を掛けた。
「私はここの長で、イリス・ウィン・ソラリスといいます。」
「あなたがイリス!」
テリスが驚愕の声を出した。
幻術師であるテリスにとって、イリスは超有名人なのだろう。
「私のことを知ってくれているとは、光栄ですね。」
「亡き母に聞いたことがあります。
ミリエーヌ家と互角以上の幻術の使い手の存在を。
六感全ての幻術だけでなく、魔感幻術をも極めた天才がいると。」
幻術魔法は、大きく6つに大別されている。
嗅覚系幻術。
視覚系幻術。
触覚系幻術。
聴覚系幻術。
味覚系幻術。
第六感系幻術。
それぞれが、それぞれの感覚を狂わせることを目的としている幻術だ。
特に敵の勘すら狂わせる第六感系幻術は、習得の難易度も高く容易ではない。
魔感幻術とは、それ以上の難しい幻術で、習得出来る者はいないとまで言われた幻術だ。
故に説明は出来ない。
「女王からの2つ目の条件は、あなたの口から語られるのですね?」
テリスが正面から凛として語る。
よくよく考えれば、夢のような条件だけで済むような甘い事など世の中には無い。
では、ここで語られる条件とは何なのだろう?
「私の組織下に入ってもらい、幻惑の陣の仕事をしてもらいたいのです。
あなたと、あなたの元に来る少女達に。」
「どんな仕事なのですか?」
イリスは、真剣なテリスの声にニコリと笑みを見せ、
「まぁ、立ち話もなんですから、そこのソファーに座って下さい。」
席につくことを促した。テリス、ルクター、ヴェスターの3人が座る。
テーブルには、王国全体の地図が描かれている大きな紙があった。
赤いインクペンでマーキングされている箇所がかなりあるが、何なのか。
「その地図にマーキングされている箇所は、王宮騎士団と王宮護衛団の駐在所です。
国境沿いに数カ所あるのが、騎士団の国境警備隊で、国内地域に点在しているのが護衛団の支部です。
これらの箇所からは、毎日、その日の内容をレポートした書面が上がります。
それを回収してきてほしいのです。」
「つまり、レポートの回収員ですね?」
何のことはない配送業務だ。
無茶苦茶な内容でないことにホッとしたが、それは一瞬のことであった。
「更に、あなたがたにも、その回収した支部の状況を、あなた達の目で判断してレポートしてほしいのです。」
「それって・・・。」
「はい、目付役です。
最近の国内の動きに不穏があると、予言者フィアナ殿からの忠告がありましたのでね。」
でもまあレポートぐらいなら・・・いいか。
「分かりました。
お引き受けします。」
でも、やっぱり、レポートだけでは済まないのだった。
「普段は、こういった仕事もしてもらいます。」
イリスから、その仕事の内容を聞かされ、テリスは今度こそ蒼白となった。
そんな仕事が普段の仕事だなんて!
「それは・・・!
いいのですか、そんな事をしても?」
目付役のレポートには一瞬だけの躊躇だったが、これには違うようだ。
確かに、今時の少女たちにやらせる仕事としてはうってつけだろう。
だが、これを組織的に実施させるとは。
「ここの部署は“幻惑の陣”なのですよ?
幻惑の名に、最も相応しい仕事だと思いませんか?」
「・・・分かりました。
宜しくお願いします。」
少し考え込んでいたが、テリスが決心したようだ。
どのみち、後には引き下がれないのだから。
イリスが提示した内容は、言うなれば情報公開であった。
少女たちに、喫茶店なり酒場なりで、ペチャクチャと周りに聞こえるようにお喋りしてもらうというものである。
本当の内容の時もあれば、嘘の内容の時もある。
国民の、国に対する反応等は、国内に流れる情報で簡単に左右されるだろう。
この世界に、新聞のような瓦版はあっても、インターネットは存在しない。
紙は劣化してしまう以上、結局最後には古い情報は紙と共に風化されてしまう。
だが、そういった情報すら、町中の会話を延々に続けていけば、何代にも渡って人々の脳に記録されていく。
本当の情報、嘘の情報を円滑に操作する組織。
それが幻惑の陣の正体であった。
「では、王宮魔法陣の一員になった証として、ペンダントを差し上げましょう。」
大きく渦を巻いたような形のペンダントだった。
銀で出来ている。
裏には古代文字のような刻印が施されていた。
「これは?」
「ボルテクス・ペンダントと我々は呼んでいます。
世界の構成を象徴する模様だと語る人もいますが、私は歴史には詳しくないのでよく分かりません。
今では、幻惑の陣の一員である証となっています。」
差し出されたペンダントを、テリスは決意を持って受け取った。
「宜しくお願いします。」
嘘の証言すら真実にしかねない恐ろしい組織の一員になる。
この真実に、テリスは今になって女王へ一種の恐怖心を抱いていた。
喜びも束の間の厳しい現実に、間もなくアガンも知る事になる。
王宮騎士団第五軍新設の真実。
それは、ただの警備隊ではなかったのだ。
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