第20話

 城内では、緊急の会議が行われていた。

 女王のエレナ・リブ・ガーディア。

 王宮室室長アルバート・レージ・ラングリッツ。

 王宮魔法陣の長、予言者のフィアナ・ウィン・リノット。

 そして、決して表には顔を出さないという6人目の王宮魔法陣。

 たった4人での会議であった。

「ミシェル。」

 6人目の王宮魔法陣が、エレナに名を呼ばれた。

「はい。」

 声は女性のものであった。

 かなり若く背も低い。

 おそらく、予言者フィアナ同様に20歳以下かもしれない。

 顔をフードで隠している為はっきりとは言えないが、女王の前で無礼ではないのか?

「以上の事由から、この者等が参入いたしますが宜しいですね?」

 机上には、それぞれに書面が渡されている。

 ミシェルの部署には配属される3人の名があった。

「御意。

 ただ、ここにあるルクター・ソーンは、既に我が部署にて勤めておりますが?」

「あら!?

 そういえばそうね。

 彼は“ニードル”の副官でしたわね。」

 女王は気付かなかったらしい。

 ミシェルに言われて『あらま』といった感じだ。

 でも、たいした事じゃないから特に気にしない。

「さて、フィアナの部署も、ラングリッツの部署も、彼等の参入に異論はありませんね?」

「ありません。」

 2人、声を揃えての応えであった。

 書面によると、フィアナの直轄“星界の陣”に配属されるわけではない。

 幻術師イリスの管轄する“幻惑の陣”に配属されるらしい。

 イリス本人は、王宮魔法陣の塔で何やら準備中らしく、会議には顔を出していなかった。

 配属者は1名。テリス・ミリエーヌであった。

 ラングリッツの部署も同様に1名である。アガン・ローダーだ。

 ルクターを除けば、合計で4名が新規参入するらしい。

 さて、そうなるとミシェルの部署に配属される残り2名は誰なのだろう。

「では、今回の緊急会議はこれまでとし、私は彼が到着次第謁見に入ります。

 ラングリッツ、準備を願いますよ。」

「承知致しました。」

 エレナ女王は、そう言うや席を立った。

 続いて、ミシェルもその場を去った。

 フィアナとラングリッツの2人が、その場に残った。

「フィアナ殿、何故ヴェスター殿に予言の全てを語らせず、また、フィアナ殿自身が倒れて意識不明だなどと嘘をついたのです?」

「予言の対象者に予言を語ることは、禁じられています。

 語れば予言は言霊となり、それに支配されることになるからです。

 予言は占いではないのですから。」

「なるほど。

 ところでフィアナ殿。

 これで、文字通りの無敵となりますかな?

 我らの王国は。」

「此度の彼等の参入は、来るべき対戦の下準備にすぎません。

 辺りの他国との戦だけで考慮するなら、王宮騎士団の四将軍で十分です。

 彼等4人にも、明確な説明をお願いいたします。」

 フィアナは、そう言うや席を立った。

 予言者は、常に先へ先へと時代を読む台詞を語る。

 これまでも。これからも。


 城門前に、ヴェスターとフォルターは来ていた。

 そこには、国民の警護を勤める警察の様な組織、王宮護衛団の支部がある。

 城内関係者以外の入城許可も、ここで申請出来る。

 警備班のうちの2人が、受付をしていた。

 ヴェスターは、フォルターの事を話した。

「そちらの方の謁見の件でしたら、王宮室室長から承っております。

 あと、アガン・ローダー、テリス・ミリエーヌ、ルクター・ソーンの3名も来られるようにとの、任意訪問による謁見が求められていますが、いかがなさいますか。」

 フォルターが、ズイと前に来た。

「彼等に聞かれたくない話もある。

 私の謁見が終了してからという条件なら受けるが、それで宜しいだろうか?」

 警備班2人は、この問いに迷うかと思ったが、いともアッサリ、

「はい、宜しいです。」

 と、了承してしまった。

 たぶん、ある程度の質問事項を予測していたからの対応だろう。

 実にスムーズで良い。

「じゃ、私が3人を迎えに行ってきます。」

 ヴェスターが背を向け、歩き出す。

「ヴェスター殿。」

「なにか?」

「女王殿は、私の考えもお見通しかもしれませんな。」

 嬉しそうな表情と声色に、ヴェスターも笑みで応えていた。

 王の謁見の場は、普通、王の威厳を示すべく、王の両脇に凄腕の騎士または剣士を従えている。

 飼い慣らされた猛獣等も珍しくない。

 が、ここガーディアの女王の場合は例外中の例外で、右脇に王宮室室長を1人構えるのみであった。

 城内では魔法を詠唱出来ないので、凄腕の魔法使いが右脇に・・・などといったことは間違ってもない。

 剣士の1人も付ければいいのにと思うだろうが、女王自身が凄まじいまでの剣士であることから、彼女自身が剣士を側に構えることを嫌っているのだ。

 室長自身、帯剣しているわけではない。

 女王直属の護衛団“白銀”は、ヴェスターを含め全員で7人いるが、城内でその存在を確認したことのある訪問者はいない。

 そしてそれは、今しがたやってきたフォルター男爵にも同じ事が言えた。

「謁見の場を設けていただき、感謝致します。

 女王殿。」

「フォルター男爵のことは、我が宮殿の予言者から聞き及んでおります。

 そして、謁見の場を設けた理由も承知しております。」

 フォルターがピクリと反応した。

「では、私の処罰をお願いしたい。」

「なんの処罰ですか?」

 こう言われ、フォルターは一瞬、唖然とした。

「先程、理由を知っていると・・・。」

「処罰については知りませんし、興味もありません。」

「ですが、私は暗殺ギルドを利用したのですぞ。

 それを・・・。」

「あ、その件でしたら、何もお咎めはありません。」

 唖然を通り越して、呆然としてしまった。

 何もないとはどういうことだ。

「何故です?」

「あなたの依頼した暗殺ギルドの方々は、特に何もしなかったからです。」

「そんな馬鹿な!

 私は奴らに、種奪還を邪魔する者どもを処分するように依頼したのですぞ!」

「その前に彼等はこの国から消滅しましたので。

 むしろ哀れむべきかもしれません。」

 フォルターには話が見えなかった。

「・・・奴らは、何故消滅したのです?」

「ウェストブルッグ家の次女キャサリンの、強制送還魔法にて排除されたのです。

 今頃はワニとピラニアの餌にされて、骨も残っていないことでしょう。」

「彼女は無事なのですか?」

「その時は傷一つありませんでしたから、ご安心なさい。」

 フォルターはホッと胸をなで下ろした。

 が、そうなると、やはり分からなくなる。

「では、謁見の場を設けたがっているという私の理由はどこにあると?

 私は暗殺ギルドを利用したという処罰を受けるべくですな・・・。」

「嘘おっしゃい。」

 途中で台詞を遮るように女王が語った。

「あなたは、あなたの国を我が王国へ吸収合併を望んでいるのではありませんか?」

 フォルターはギクリとした。

 まさか、そのような将来的構想までをも覗かれていたとは夢にも思っていなかったからだ。

「・・・確かにそうですが、では、その理由もご存じなのですか?」

「林業と農業を復活させたいそうですね?

 国を無くしてでも。」

「私の国に住んでいる国民には、それで生計を立てていた者が少なからずいます。

 しかし、2年続いた原因不明の土地の汚染化に伴い、彼等に生活補助金を支払いながら土地を復活させようと試みていたのですが、結局は・・・。」

「薬品開発者のビルに裏切られ、手段を絶たれたと。」

「はい。

 もはや、私の力では及びませぬ。」

 もはや、藁にもすがる思いなのだろう。

 国民を助けるが為の、最後の手段なのだ。

「吸収合併は構いませんが、条件があります。」

「どの様な条件ですか?」

 エレナは、3つの条件を提示した。

 それを聞き終えたフォルターは、またも呆然とした。

「それは、あまりにも私に有利すぎませんか?

 こちらの国に対するメリットは・・・。」

「国土の拡大と貿易空港の確保。

 加えて優秀な人材の参入とあれば、私には十分すぎるメリットです。

 土地の復活と国民の生活保護は、それらのメリットを得る為なら苦ではありません。」

「承知致しました。

 では、そのようにお願いします。

 しかし、やはり私の処罰もしていただかなければ気が済みません。」

「暗殺ギルドへの介入罪ですか?」

 エレナはつまらなそうに語った。

 あまりにも生真面目すぎるからだ。

 でも、まあそこまで言うなら・・・。

「では10日の間、強制労働者の監視役を命じます。」

「監視役?

 労働の方ではないのですか?」

「ええ、あなたにしか監視出来ない人物でしょうから。

 キツイですけど宜しくお願いしますわ。」

 エレナは、そう言うや、フォルターの腰元にぶら下がっている黒球を指した。

 ファルターが、まさかといった表情を露わにした。

「彼とのお話は可能かしら?」

「・・・はい。」

 フォルターが黒球を手に取り、もう片方の手で印を結ぶ。

 黒球が妖しく光り出した。

「ギランだったわね。

 聞こえるかしら?」

「・・・ああ、聞きたかねえが、聞こえてるぜ。」

 女王に対しても容赦ない台詞である。

「ふふ、いきのいいこと。

 あなた、私に忠誠を誓って王宮魔法陣の管轄下で働くのよ。

 いいわね?」

 女王も容赦ない。

 選択の余地はないとでもいいたいようだ。

「ふざけんじゃねぇ!

 誰がてめえなんか。」

「なら、永遠にその中で暮らす?」

「・・・ぐ、汚ねえぞ。」

「あら、私はあなたにそこからの脱出の機会を与えてるのよ。

 感謝してほしいくらいだわ。

 もちろん、ギアスの魔法はかけるけどね。」

 ギアスとは、強制契約魔法と言われ、契約を破棄するような行いをすれば最後、小さなヒキガエルになるという恐怖の魔法だ。

「ち、仕方ねえ。

 ここにいるよりはマシだ。」

 エレナは、その台詞を聞くや立ち上がった。

「室長、王宮魔法陣のポーラを呼びなさい。

 彼にギアスをかけ、ミシェルの元で働かせるようにと。」

「御意。」

 こうしてまず1人、魔影のギランが王国に吸収されたのだった。

「まさか、女王殿は彼等を組織の一員に入れてくれるのですか?」

「ええ、あなたの部下3人も・・・

 あ、そういえばルクターは呼ぶ必要無かったわね。」

「は?」

「あ、いいえ。

 なんでもないわ。」

 ルクターは、この王国公認の暗殺ギルド“ニードル”の副官も兼任している。

 そこは、王宮魔法陣の6つ目の部署“闇夜の陣”が管轄しているのだ。

 だからつい、あんな台詞が出たのだろう。

 そうこうしているうちに、王宮魔法陣六賢者の一人、ポーラ・ウィン・アブドゥルが姿を見せた。

 ポーラ・ウィン・アブドゥル。

 王国では絶対に手出し厳禁とまで恐れられている5人のうちの1人だ。

 身長170と長身で、その身をまとうローブは薄手で肌に密着するタイプらしく、完璧なプロポーションを惜しげもなく露わにしている。

 ブロンドのロングヘアーまでが妖しげな光を宿しているようだ。

 普段使用する武器は携帯していないが、その様を見たら誰もが女王様と言いたくなるだろう。

 6つのうちの1つの部署“破封の陣”を任される他、魔法使いギルド“アーク”の長も兼任している。

 ケイトの師だ。

 ポーラが女王エレナに促され、黒球へと近寄った。

 そして妖しく語り出す。

「ギアスをかけてまで組織下におこうとするなんて、余程の人材なのね。」

「ケッ、余程マシな人材がいねーんだろ。

 さっさとかけたらどうなんだよ。」

 ポーラがクスクスと笑う。

「噂に違わぬ悪態ぶりね。

 いいわよ。」

 詠唱不可能と言われる城内で、魔法が詠唱される。

 ギアスという禁呪ですら、この魔女は平気で行使するのだ。

「さ、フォルター様。

 ギアスが完了しましたから、出してやってくださるかしら。」

「分かりもうした。」

 フォルター男爵が解放の印を結び、ギランが現れた。

 だが、この男が本当にギランなのか?

 身長150程しかなかった短身は、今は170ある。

 顔立ちも整っており、唯一、髪型が以前のままと言えた。

「これは・・・そうか、そういうことか・・・。」

 ギラン本人とフォルター男爵が、驚いた後に納得した表情を見せた。

「妹と弟は逝ったか・・・。」

 エルフの奇形児は、妹、姉、弟、兄の順で自分より歳上の兄弟の生命を吸い取ると言われている。

 中には外観はそのままに寿命のみを吸い取るケースもあるが、長男であるギランは、今やその兆候も微塵に感じていなかった。

 女王エレナは、静かにそれを見、口を開いた。

「では、フォルター男爵とギランの謁見はこれで終了します。

 ポーラ、ギランを連れていきなさい。

 フォルター殿も監視役につき、ポーラにご同行願います。」

「は。

 では我が国の吸収合併による国民救済の件、宜しくお願い致します。」

 こうして3人は、その場を去っていった。

 そして、

「室長。

 ヴェスターとアガン、テリス、ルクターの4人を呼びなさい。

 次の謁見を始めます。」

「御意。

 しかし、フォルター殿はよくあっさりと国を明け渡しましたもので」

「国境から10キロも離れた小国を手中に収める事は非常に困難です。

 だから、普段は今まで通りにフォルターに指揮してもらう。

 これは彼にとっても計算済みで、今の環境を少しも壊すことなく、我が国から120%の援助を得る為の画策だったのですよ。」

「なるほど。

 だから進んで吸収されることを望んだと。」

 女王エレナは妖しげな笑みを浮かべた。

「ま、私の条件が彼の想像以上の内容である事は、おそらく分からないでしょうけどね。」

 黒の剣士と銀の剣士を含む4人が、数分後に現れた。


 女王は頭を下げた4人を見、

「頭を上げ、我に顔を見せよ。

 お目通しを許します。」

 4人の顔を見た。

 そして、彼等にフォルター男爵の小国がこの国に吸収合併される事を聞かせたのだった。

「では、我々の処遇は、この王国の組織下ということになるのですね。」

 アガンが語った。

「その通りです。

 そしてあなた方は、それぞれ別の部署に配属されることになります。

 もっとも、フォルター殿は今まで通り貿易を指揮してもらうことになるので、見かけは変わらないでしょうがね。」

「え?」

 テリスが思わず疑問の声を上げた。

「吸収するとはいっても、国境から10キロ離れたあなた方の国を簡単に目の届く位置に持ってくるのには、この方が都合が良いのです。」

 皆、沈黙して聞いていた。

 女王は構わず話し続ける。

「ルクター・ソーン。

 あなたは今まで通りになさい。

 “ニードル”に所属している事が、既に王国の為に仕事していることになりますので、それで問題ありません。」

「はい、わかりました。」

 ルクターも、それは予想していた感じがあったようだ。

 特に驚きはない。

「テリス・ミリエーヌ。

 あなたには王国南端にて、男女の衣服を中心としたファッション専門店を経営して下さい。

 住居を含んだ店舗は、こちらで全て用意します。」

 テリスは、今の女王の台詞が信じられずにいた。

「そんな・・・夢みたいな話・・・よろしいのですか?」

「もちろん条件が2つあります。」

「それは?」

「まもなくですが、王宮騎士団の第一軍が帰還します。

 その時、家族と帰るところを失い、奴隷となっていた少女たちが一緒にやってきます。

 その少女たちの面倒を見てほしいのです。

 つまり、孤児院を兼ねたファッション店です。

 少女たちは店員として働かせて構いません。

 宜しくお願いしますよ。」

「ありがとうございます!」

 満面の笑みのテリスであった。

 いきなり夢が叶ったのだから、至極当然の笑みだ。

 2つ目の条件など何でもOKなのか、テリスは聞きもしない。

 それが、己の甘さであると気付かずに。

「アガン・ローダー。

 あなたには新設する王宮騎士団の第五軍将軍を勤めてもらいます。

 部下は少数ですが百名程つけます。

 普段の仕事は、フォルター男爵の国だった地域全土と空港の警備です。

 詳細は王宮室室長のラングリッツに聞いて下さい。」

「第五軍将軍?」

 アガンもテリス同様、信じられないようだ。

 新設する五つ目の部署の責任者を任されるなど。

「戦争に赴くことは、余程のことでは無い限り出ることはないでしょう。

 ただ国の警備は、その土地を熟知している者でなければ勤まりません。

 分かりますね?

 貴方を特別視しているわけではありませんのよ。

 宜しく頼みますね。」

「はい。

 大役を受け、光栄に思います。」

 アガンもまた、テリス同様、単純に受け入れてしまった。

 女王の真意などには気付きもしない。

 その台詞に女王エレナはニコリと笑みを見せた。

「そこまで光栄に思ってくれるなら、一つ私の願いを聞いてくれるかしら?」

「は、王の願いならばなんなりと。」

「じゃ、そこのヴェスターと一戦交えてみせてくださる?」

 王宮室室長が、二人に刃の無いなまくらな剣を手渡した。

 先にヴェスターが立ち上がり、構える。

「では皆さん、少し離れていてくださいね。」

 楽しそうな声色は毎度のことだが、これは本当に楽しいのかもしれない。

 それはアガンも同じことか。

「宜しくお願いします。」

 立ち上がり、静かに構えていた。

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