第16話
海の臭いのする酒場に2人は来た。
酒場の扉を開くや、奇妙な殺され方をした死体が13、4体程床にあるのが目に入る。
「フォルター男爵の仕業か。
しかも地下へ侵入したようだ。
ギランめ、何をやってやがる。」
2人のうちの1人が語った。
その男の目線には、開きっぱなしの隠し扉がある。
その男の手は、ひどく焼けただれていた。
悲願成就の為とはいえ、ここまでしてするものだろうか。
一歩間違えば死の麻薬を自らの手で作り出し、体内にそれを取り込み、挙げ句、その最終形態になる為に禁断の果実を食する。
非常識極まりない行為だ。
ビルは、強酸で焼けただれた手で、強酸に耐えた果実を喰らっていた。
すると、焼けただれた手がみるみるうちに回復していく。
途方もない力が漲ってくる。
己を実験体とした結果は、成功のようであった。
「よし、意識もまともだ。
この分なら力は制御出来そうだ。」
誇らしげな口調で、完治した手を見つめながら語った。
「ビル様。
我々3人にも是非、その力を。」
隣にいた美女スーレンが口にした。
兄のギランが黒球内に閉じこめられ、弟のベリスが火だるまになって死したことを知らぬ故、3人と語る。
シュレッター家で残っているのはもはやスーレンのみであった。
「残念だが、まだだ。
最低でも本来の麻薬の効果の切れる24時間後でも、この力を麻薬無しで維持出来るかが分かるまではな。
俺が万が一にでも死した時は、お前が目的を達成しなくてはならん。
2人同時に死ぬことだけは許されんのだ。」
「分かりました。」
果実を食した者は、無敵の破壊神になるという話だったが、狂神とまではならないようだ。
恐ろしい程の冷静ぶりだ。
「旧工場と倉庫の方はどうしますか?」
「役立たずの部下もろとも、護衛団とやらにくれてやるさ。」
「イヴは?」
「種の奪取に一役かってもらったが、もう用無しだ。
殺しはしたことねえ筈だから、捕まったって禁固数年で終わりだろうよ。
それよりも・・・。」
ビルが隠し扉に目を向けた。スーレンもそれに続く。
「行きますか。」
「ああ、決着をつけるとしよう。
スーレンはここで、俺の用事が終わるまで見張っていてくれ。」
そう言って、壁に掛かっている巨大な碇を手に取った。
なんとそれを片手で悠々と扱う。
破壊神の力の一端を見せつけるかのように。
「分かりました。
この場はお任せ下さい。」
ビルは開かれた隠し扉から中に入り、その扉を閉めていった。
地下奥のどこかで、黒猫が一声鳴いていた。
その黒猫の鳴き声は、身近にいるフォルターには聞こえなかった。
主のいる家族の者どもにしか聞こえない、特殊な魔声であった。
今そこに、ケイトの妹キャサリンが走ってきている。
「・・・フレイア?」
ケイトの目覚めは、黒猫フレイアの魔声が聞こえてきたせいだ。
あの子が呼んでいる。
場所は、ロード・ストリート通りの裏ね。
そう思っている矢先、部屋のドアが開いた。
「調子はどうだい?」
目の前には、祖母ベレッタがいた。
心配そうに・・・と言うよりは、やっと目覚めたかいとでも言いたそうな声色だ。
「長く寝てた?」
「長いって言や長いね。
キャサリンとアニスはもう出ていったよ。」
「母さんも?」
「ああ、やたらと自信満々にね。
ありゃ何か布石を打っていた感じがするよ。」
ケイトはすぐに感づいた。
あの時の強酸の霧にちがいない。
強酸だけでは済まないのが、母の強力な錬金術だ。
ケイトはベッドから出、棚にある魔法瓶を一つ手にした。
それを見たベレッタがギョッとする。
「あんたもキャサリンと同じで、とんでもない物持って行こうとするよねぇ。」
「何持っていったの?」
「裏結界器と、愛用の武器に合わせて同じ仮面を数枚と同じ服を数着ね。」
今度はケイトがギョッとする番だ。
「裏結界器もだけど、武器と仮面と服って、勘弁してよ!
あたしの出番無くす気?」
出番ときたもんだ。
ベレッタが深くため息をつく。
「まだ戦う気かい?」
「負けてばかりじゃ、性に合わないのよ。」
ベッドから起きあがって身なりを整える。
冗談じゃないわよ!
まだ後半戦が残ってるわ!
「だけど、ケルベロスも行ったよ。
間に合わないんじゃないかい。」
とどめの一撃がベレッタの口から出た。
ケイトが真紅のマントをひるがえす。
「なんで、あの子は皆に聞こえるように魔声なんか発するのよ、もう!」
緊急事態だからに決まっているが、今のご主人にはそんな理解力は無きに等しい。
あいつめぇ~、帰ってきたらお仕置きだ!
クシュッ!
「?」
黒猫フレイアがくしゃみをした。
「使い魔のくしゃみか。
噂でもされたかな。」
フォルターが、新品の調合機械を全て壊し終えた後の台詞であった。
こんな辺鄙な路地裏の酒場が本拠地だったとはな。
それも、盗賊ギルドだったところを乗っ取ったようだ。
「好き放題に暴れてくれたようだな。」
「久しぶりだな、ビル。」
黒猫フレイアの魔声など間に合う筈もない。
助っ人を少しも待つことなく、フォルターは破壊神となったビルを相手にすることになった。
が、それでも恐怖の念は微塵にも感じられない。
フォルターは、細身の剣レイピアをスラリと抜いて構えた。
「今の俺と本気でやる気か?」
「好き勝手に暴れたのは私だけではあるまい、ビルよ。」
この台詞が言い終えたのと同時に、ビルが巨大な錨を片手に猛然と突進してきた!
「死んでもらうぞ、フォルター!」
碇とレイピアが交錯する。
激しい斬れ音が聞こえたかと思うと、フォルターの左肩が裂け血飛沫が舞った。
対してビルは、胸元の服が紙一重で薄く斬れたのみだ。
その胸元にある、あるものがチラリと目に入った。
アレだ。
フォルターがうずくまり、ビルには見えぬ様にクスリを飲み込む。
「どうした、もう終わりか?」
向き直ったフォルターは、どこか覚悟を決めたかのような表情が見えた。
「このまま終わるわけにいかぬ。」
鬼気迫る声にも、ビルは決して動じない。
「終わりにしてやろう。」
ビルがゆっくりと歩き出した。
部屋のランプでできるビルの影が、次第に斜めに大きくなっていく。
この瞬間を見逃さない猫がいた。
気配を殺して背後に回り、なんとビルの影の中へと入っていく。
フォルターが目をむいた。
あの猫は、何をするつもりなのだ。
ビルが、そのフォルターの表情に気付き、足元を見た。
が、特に何も変わったところはない。
黒猫フレイアは、既にビルの影と同化していた。
気を取り直し、フォルターへと碇を向けた。
フォルターもそれに合わせ、身構える。
二度目の瞬間の交錯。
フォルターの胸元から激しく血飛沫が舞い、ビルは・・・。
「な、ない!?」
胸元の服が裂けただけのビルであったが、驚愕の表情が露わになった。
どこかで果実を喰らう音がした。
ビルが震える。
無敵の破壊神となった筈のビルが、新たな神に対する恐怖を正面から受けていた。
「き、貴様・・・麻薬を持っていたのか!」
見よ。フォルターの左肩、そして胸元の大きな傷跡がみるみるうちに回復していくではないか!
「終わるのは貴様の方だ、ビル。」
こちらの破壊神の声も、ひどく落ち着いたものであった。
破壊神が2人、ここに対峙する。
奥へとたどり着いたはいいが、ここはダミーだったのか。
錬金術を行っていた筈の設備は、ろくに清潔にしておらず荒れ果てていた。
これでは壊滅する以前の問題である。
わずかではあるが、埃がつもりはじめていた。
「・・・あてが外れたようだな。」
漆黒の鎧に身をまとったアガンが、静かに語った。
残念がっているのだろうが、この男の口調に変化を感じないのは、いつものことだ。
「ですが、イヴさんがこちらにいらっしゃるのは確かです。」
側にいた人形娘ドールが凛として語った。
先程までアガンに抱きかかえられていたが、今は既に地に降り立っている。
「ここいらは、従業員宿泊用の小部屋が並んでいるのか。
ここをしらみつぶしに探していくしかないな。」
アガンがドールと並んで歩いていたが、何かに気付いたのか、ドールがピタリと歩みを止める。
「どうした?」
「羽音が聞こえてきます。」
漆黒の伝書鳩が一羽、ドールの元へとたどり着いた。
これで、全ての伝書鳩が役目を終えたことになる。
ドールは、文を広げて読んだ。
「ケイト様が・・・!」
「ケイト殿がどうしたというのだ?」
「スーレンと名乗る敵に倒されたそうです。
貴方の仲間であるテリスさんは、ビルによって。」
その言葉を耳にしても、アガンの表情は変わらない。
「殺されてはいないのだな?」
「はい。」
「では、イヴを素早く捜索し、早急に戻るとしよう。」
「分かりました。」
どっちもかなり冷静である。
そしていきなり、ドールが話題を変えてきた。
「イヴさんは、何者なのでしょうか?
見たところ、シーフ関係だと思うのですが。」
「その通りだ。
シーフギルドの幹部で、二つ名が“魔鍵のイヴ”。」
「魔鍵のイヴ?」
部屋をひとつひとつ丹念に調べながらの会話である。
「あらゆるものに魔鍵を掛け、また、あらゆるものの鍵を外す固有魔力を得ているそうだ。
それで、そんな名らしい。」
「盗賊ギルドには最適の存在ですね。」
「だろうな。
だが、それ故に敵も内から外から多かったようだ。
それで王国内全ての盗賊ギルドから狙われるのを覚悟で、管轄外地域にあたるフォルター家へ赴き、種を盗み、ビルの元へと身を寄せたようだ。
ビルといつ知り合ったのかまでは、知らんがな。」
盗賊ギルドは、大概ひとつの国に4つ程あり、それらがそれぞれ盗みを行えるナワバリを確保しているのが通例だ。
ここの王国も例外ではないのだが、王国外となると、どこのギルドが盗みをしても管轄外扱いされ、同僚から尋問され、最後に殺されるのがオチである。
だが、イヴはビルには内密に、種を消去するつもりでいる。
辺りに命を狙われながら。
最後の部屋の扉にきたが、普通の鍵で掛けられ、ドアが開かない。
ドールが魔法でドアを開けようとしたその時、逆に扉の方が勢いよく開き、美女の罵声が飛んだ。
「何考えてんの!?
あたしに鍵を掛けても無駄なことぐらい知ってんでしょ!」
「たった今、お知りになりました。」
イヴが硬直した。
よりによって、何故、依頼元の人形娘がアガンと同行しているの?
後ろからは、遅れてアリサとルクターも現れてきたじゃない!
イヴは、観念したように部屋に戻るや、ソファーにゆっくりと腰を下ろした。
この面子では、間違っても逃走は不可能だ。
「2、3、聞きたいことがある」
アガンは、イヴの諦めモードなどどこ吹く風。
マイペースで淡々と口にする。
「答えられる範囲ならね。」
4人は、イヴを取り囲むようにして並んだ。
「まず一つ目は、何故ビルに隠れてまで種を壊そうとしたのか。」
「破壊神になろうとしているビルを力ずくで止める為よ。」
「破壊神?」
「錬金術で作成した特殊な薬を飲み、果実を食することで無敵の破壊神になれるそうなの。
ビルはそれを実行して、戦闘力の高い国を徹底的に破壊するつもりなのよ。」
「何故、戦闘力の高い、なのだ?」
イヴは、一呼吸おいた。
そして、ビルから聞かされた過去をゆっくりと話し始めた。
「ビルが住んでいた村は、一種独特な宗教を信仰していた村だったの。
死体に魂を呼び戻し、死者の声を聞かせるという・・・。」
「ズンビー、ゾンビ、またはブゥードゥーと呼ばれる、死を司る宗教ですね。」
人形娘が口を挟んだ。
「そう、それよ。
ビルのカーター家では、死体を意のままに動かす為の、死体奴隷薬をその宗教の信者に提供していたそうよ。
数分しか持たないんだけど、死んだ親族が蘇るようで、夢を与える薬だと呼ぶ人もいたわ。」
「その話なら私も聞いたことがあるわ。
でも確かその薬は・・・。」
アリサの声に、イヴが頷く。
「廃止されたわ。
その薬を悪用した者たちのせいでね。
中でも酷かったのは、振られた恋人を殺した後でその薬を使い、死姦するというものだった。
それが国にばれたせいで、その薬を作っていたビルの両親は死刑、宗教は村もろとも壊滅したわ。
一面、焼け野原にされてね。」
「ビルは、その村の生き残りだったんですか・・・。」
ルクターが重く口にした。
「そうよ。
国から邪教集団とみなされた村は、壊滅を目的とした総攻撃をかけられ、反撃もなく滅んだの。
だからビルは・・・。」
「破壊神となって復讐を果たす、か。
確かにその当時幼かったビルに罪は無いだろう。
だが、国としては、如何なる理由があれ、死体を弄ぶ薬を尊ぶ村の存在を許せなかったのだろうな。」
「でも、子供たちまで殺すことはなかったはずよ!」
「その国とは、ここなのですか?」
「いいえ。」
「でしたら、ビルのしていることは、その村を滅ぼした国の行いと、なんら変わりないですよ。
罪のない人たちまで殺すつもりですか?」
「私もそう思う。
だから私は種を壊したかったのよ。」
一時、無音が支配した。
だが、今はひとときの休息も許されない。
「二つ目だ。ビルはどこにいる?」
「・・・私のことは聞かないの?」
「ビルに近い境遇を得た者。」
アガンの声に、イヴが全てを見透かされた気がした。
「村か町、国から見放された者たちの集まりだったのだろう。
お前も、シュレッター家の三人も。」
「そうよ。でも、私はまだ良い方よ。
自分から国を出て自由になった身だからね。
でも、シュレッター家は違う。
異人を根っから嫌うエルフの村で生まれ育った、真の疎外を受けた者たちよ。
想いはビルと同じと見ていいわ。」
この後に続けるかのように、人形娘が淡々と口にした。
「長身痩躯の美人で、耳のとがった種族エルフは、突然変異で生まれた子を親も嫌うと言いますが、彼らは親からも疎外されてきたんですね。」
「そう・・・そして彼らは、嫌われた元である類い希な魔力を以て、自らの生まれた村全土を凍結させて滅ぼしたと聞くわ。」
アガンがその声に背を向け、扉を開けた。
「だからと言って、他の国々を滅ぼしていい理由にはならん。
先程の問いに答えろ。
ビルはどこにいる?」
イヴは、すがる気持ちでアガンの背中をみつめた。
もう、ビルの謀略を食い止めることが出来るのは、おそらく彼しかいないからだ。
「ロード・ストリートの裏通りにある古い酒場“セイル”よ。
お願い、頼める義理じゃないけど、ビルを止めて!」
アガンがゆっくりと歩き出す。
「私の黒き甲冑と剣にかけて、必ずや食い止めてみせる。」
他の3人も続こうとした時、
「私だけでいい。」
アガンは背を向けたまま、同行を拒否した。
「何故!?」
「レクスタン剣術の破壊の凄まじさは、ここに入る時に見せた筈だ。
巻き添えを気にしながらでは、真の力を発揮できん。」
アガンの台詞に3人とも納得したようだ。
しかし、それでも人形娘は歩き出す。
「ドール殿?」
「同行するわけではありません。
もう一人のレクスタン剣術の使い手にお声掛けし、貴方に同行してもらうつもりです。」
「それは心強いが、どなたなのだ?」
人形娘は、さも当然のように語った。
「我が家の主、ヴェスター様です。」
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