第14話

 飛空挺と呼ばれる、ある特殊なガスを燃料とした空飛ぶ乗り物が大量の荷物を運送するようになってからは、荷物に限らず一般の人間の交通手段にもなっていた。

 王国から南へ5キロほど行ったところに、それらが発着する空港がある。

 この空港が建設されたと同時に、あらゆる物資を一時的に保管する貿易倉庫も北門から南門付近へと引っ越ししていた。

 北門にあった倉庫群は“旧倉庫”と呼ばれ、現在売却中である。

 60ちかくある旧倉庫のうち47もの倉庫が売却され、新たな店が建ったところもあれば、どでかい屋敷が建ったところもある。

 中には、そのまま倉庫として利用している業者もいる。

 一例を挙げればキルジョイズの酒場などがそうだ。

 だが、この倉庫はどうだろうか?

「ここのようです。」

 神聖魔法の使い手であるアリサの、探索の魔法の光が導いた先が、この倉庫の正面で強く光った。

 アリサは、魔法の効果を解除する。

「では入るとしよう。」

 アガンは、そう言うや正面扉に手を掛けた。

 アリサが思わず凝視する。

「このまま正面から入られるのですか?」

「今回の主となる目的は敵の殲滅にある。

 隠れて裏口から侵入する理由など無い。」

 ごもっともな意見に、アリサは言葉を失った。

 そして人形娘が、

「私も正面から入るべきだと思います。」

 と、暗黒騎士に同意した。

「・・・いいの?」

「裏口から訪問するのは失礼だと思います。」

「・・・。」

 同意はしているが、話の論点はモロにズレているようであった。

 これで真面目に話しているのだから、人形娘の意図は掴めない。

「じゃあ、さっさと入ってさっさと済ませましょう。」

 後方にいた吟遊詩人ルクターが、前へやってきてヨイショと言わんばかりに扉を開けてしまった。

 ゴゴゴと、少し重みのある音が中の広い空間に響く。

「待ち伏せの敵は無しか。」

 全員、扉からまだ一歩も中に入っていない。

 ドールの魔法の詠唱が終わるのを待っていた。

 詠唱が終わると、皆の足が地面から数ミリほど宙に浮いた。

「浮遊の呪文ね。」

「はい。これで床に仕掛けられた罠を全てかわせます。」

 倉庫内の床には、埃が積もっているにもかかわらず足跡が1つも無かった。

 それを見越して、ドールは安全策を取ったのだろう。

 4人は、大胆にも中央をゆっくりと歩きながらも、辺りを慎重に見渡す。

「おかしいな。

 静かすぎるね、アガン。」

「ああ。

 イヴ以外の人間は出払ってしまったのかもしれん。」

 ついに何も無く、奥の小部屋に行き着いた。

 ここが倉庫としていた時の従業員用の休憩室だ。

 アガンが扉を開けた。

「扉に罠すら仕掛けぬか。」

 簡易ベッドが2台、事務用の机が1つ、そこにあったはずの投げ出されたボロボロの椅子、あとは何も無い、ただそれだけの小部屋だった。

 強いて言うなら、薄汚ない曇りガラスの付いた裏口用の扉がある。

 その扉は、妙なほどスムーズに開閉した。

 古さが感じられない。

「ここから出入りしているのは確かなようだ。」

「どこかに隠し扉でもあるのかな?」

 ルクターが手で壁を探るが、それらしいのは見当たらない。

「物理的な隠し方ではないのかもしれません。」

 ドールが不可解な事を語った。

「どういうことなの?

 扉なら物理的でしょう?」

「物理的なものを非物理的に隠す。

 つまり、魔法を用いて扉そのものを完全に見えなくした可能性が高いです。

 魔法使いが使う幻術系の魔法にそのような魔法があります。」

「どうすれば、その扉を発見出来るのだ?」

「見えなくした物を見えるようにする為には、隠した物の正面に立ってパスワードを口にしなくてはなりません。」

「パスワード?」

「再び見えるようにする為の言葉です。

 その言葉は魔法を唱えた術者が設定します。」

 早い話が、暗唱番号ならぬ暗唱言葉が必要というわけらしい。

 しかも、正面に立ってとなるともはやお手上げである。

 ルクターがアガンを見、アガンが頷いた。

「すまぬが皆、その裏口から外に出ていてほしい。」

「何をなさるのでしょうか?」

「この部屋そのものを破壊する。

 そうすれば魔法に関係なく道が開けるだろう。」

 ルクターが、任せましたと言わんばかりにさっさと裏口から出た。

 アリサは、この紳士な男の突拍子も無い台詞に馴れてきたのか、

「・・・分かりました。」

 と言って外へ出た。

 ドールは、少しも驚くことなく、

「かしこまりました。

 宜しくお願い致します。」

 と、輪をかけた丁寧ぶりで一礼し、最後に外へ出た。

 その途端、ドォンと爆音が鳴り響き、裏口の扉がビリビリと振動して音を立てた。

 そして、

「入っていいぞ。」

 という、アガンの声が聞こえた。

 10秒もたたずに部屋を破壊したのか?

 今度はドールが先頭で入ると、辺りには何も無かった。

 机や椅子、そしてベッドは文字通り塵と化し、地下の部屋へと降り注いでいた。

 床を支えていた柱は残っているが床は無い。

 浮遊の魔法をかけていたから浮いていられるが、本来なら扉を開けて入った瞬間、地下の部屋に叩き落ちていったところだ。

 わずか数秒で、なんたる凄まじさ。

 そして、これを可能にする剣術は、ドールの知っている限りでは1つしかない。

「レクスタン剣術をお使いになるのですね。」

 アガンが、ピクリと反応した。

「よく御存じだな。

 私以外には2人しか習得していない、幻の剣術なのだが。」

「その2人でしたら、存じ上げております。」

「誰なのだ、その者らは?

 私ですら知らぬというのに。」

 そう、人形娘はあらゆる物事を知り過ぎだ。

 これが200年生きた証だとでも言うように。

「極秘事項です。」

 それでも黙秘するのはトコトンである。

 真面目に語っている以上、意地悪ではないのだろうが、やはり意地悪かもしれない。

 ドールは、浮遊の効果を徐々に無くしていき、皆をゆっくりと真下の地下一階へ降ろした。

 ガヤガヤと、人のざわめく声が聞こえる。

 地下に居を構えていたのだ。

「ようやく目的地に到着したと思ったら、敵が多そうだね。

 ここは僕に任せてアガンは休んでなよ。」

「では、そうさせてもらおう。」

 アガンは懐から耳栓を取り出し、両耳につけた。

 ルクターは、アリサとドールの2人に耳栓を渡し、つけるようお願いした。

 皆が耳栓したのを確認するや、ルクターがハープを手にした。

 魔の音色が地下に響く。

 すると、遠くで肉を切り刻む刃の音と、幾人もの断末魔が聞こえたかと思うや、突如として静まり返った。

 ルクターも演奏を止め、行きましょうと手で合図した。

 アガンが先頭に立ち、この部屋の1つしかない扉を開ける。

 続く廊下は血の海と化していた。

 仲間同士の激しい戦いによる結末であるのは、倒れている死に様を見れば一目瞭然だった。

 ルクターの先程の呪歌は、同士討ちさせる為の精神錯乱を目的としたものだったのだ。

 死の響のルクター。

 その異名に似合う音色の効果は並ではない。

 その血の海が延々と続く中を、彼等は悠然と歩く。

 が、そう簡単には進ませてくれそうにない。

 ズルズルと地を這う音。

 シュルルと唸る舌舐めずり。

 ジャイアント・バイパーと呼ばれる巨大な毒蛇が6匹、通路を抜けた踊り場で待ち構えていた。

 精神が錯乱された様子はまるでない。

「僕の呪歌では効きそうにないね。」

 ルクターは弦を解き、敵を切り刻むべく地に這わせた。

 アガンもスラリと剣を抜く。が、それらは全て無駄な行いであった。

 魔法使いの詠唱が聴こえたかと思うや、巨大な爆音よろしく、毒蛇は一瞬にして炎に包まれ炭と化したのである。

「入り口を破壊しての侵入と呪歌の調べを考慮するなら、敵の幹部たちが部下を盾にして逃走を計る可能性があります。

 これ以上時間はかけられません。

 走りますが宜しいでしょうか。」

 膨大な魔力を消耗した後の台詞とは思えない、疲れを見せぬ人形娘の行いは、瞬時にして皆の承諾を得ていた。

「行動が遅いか・・・その通りだったな。すまなかった。」

 アガンは、そう言うや剣を鞘にしまうと、ドールを抱き上げた。

 クールでいたドールの表情がかすかに揺れる。

「何を?」

「貴女は我らより体が一回り小さい分、走れば追いつけぬだろう。」

 アガンはそう言うや、通路を猛然と走り出した。

 ドールを抱いているアガンに、ルクターとアリサは追いつけない。

 なんという力の持ち主か。

 アガンが見えなくなっていく。

「アガン!」

「追いつけなければ後から来い。

 アリサ殿のボディーガードは任せたぞ、ルクター。」

 ついに2人は見えなくなってしまった。

 ルクターはアリサを見、アリサの走るペースに合わせることにした。

 が、通路の角を折れたところで進行を止めざるをえなかった。

 離ればなれになったのを、この小男は待っていた。

 通路脇の小部屋から、ユラリと現れ立ちふさがる。

「久しぶりですね、ベリス。」

「お前を殺せとの命令でな。

 悪く思わんでくれや。」

 ニヤリと不敵な笑みを見せるベリスを相手に、ルクターはアリサに声をかけた。

「下がっていてください。」

 だが、当のアリサと言えば、

「嫌です。

 その者は私がお相手致しますわ。

 あなたたち3人で楽しんでばかりで、暇だったんですもの。」

 ニッコリと可愛らしく笑うや、手にしていた多節棍の先をベリスへと向けた。

 そして、何やら魔法を唱える。

「・・・後悔するぞ。」

 ベリスが魔力を手中に集めはじめた。

 マジック・ミサイルを連打する気だ。

「後悔するのはあなたですわ。」

 アリサが先制した。

 ダン!と勢いのある足音と共に、自分の身長よりも長い多節棍を振り回す。

 突きによる攻撃でない分、スピードは劣るはずであったが、異常な程に早い。

 ベリスは防御するのが精一杯であった。

 多節棍を寸でで躱せば、煥発入れずにアリサの回し蹴りが襲い掛かる。

 この連続攻撃の回転技に、反撃の余地は無い。

 ベリスがたまらず極端に後方へと下がった。

 そして、それと同時にマジック・ミサイルを放つ。

 しかし、その全てが勢いよく弾かれた。

 吟遊詩人の呪歌すら打ち砕くベリスの特異なマジック・ミサイルは、対ルクター戦の強力な武器である筈だった。

 それでも、アリサの神聖魔法には勝てなかった。

 神聖魔法のマジック・シールドは、対魔法系の攻撃なら完全に無力化できる魔法が備わっている。

 そのかわり自分の唱える魔法も無力化してしまうが、武術に秀でたアリサにとっては無敵の壁となっていた。

 突進しているアリサを前に、ベリスはマジック・ミサイルを己の足下に集中して打ち、アリサの頭上を超えてジャンプした。

 狙いは、後方にて見守っていたルクターだ。

 だが、世の中そう甘くはない。

 アリサは、勢いよく旋回して多節棍の先端をベリスの方へと突き出した。

 本来なら敵に届くはずのない距離だ。

 しかし、アリサの多節棍は、中に仕組まれている鎖により間合いを倍に広げて攻撃出来る。

 多節棍は分離して伸び、ベリスの後頭部を一蹴、たやすく地に伏せさせてしまった。

 この凄まじい連続攻撃の素晴らしさに、ルクターは拍手で勝利を祝福したが、この後のおまけで即座に止んでしまった。

 ベリスが地に伏した次の瞬間、突如ボオオと激しく音を立て、なんとベリス自身が炎に包まれてしまったのだ。

 この奇怪な現象に、アリサもキョトンとしてしまっている。

 アリサは何もしていない。

 ルクターも何もしていない。

 ベリスは、断末魔と共にその場に崩れ落ち、人という原形だけを留めて炭と化した。

 これが、実はケイトの仕掛けた魔法である事に気付いたのは、アガンに抱かれている人形娘のみであった。

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