第13話

 ケイトの父であるヴェスターは、王宮護衛団本部にいた。

 突如として出現した謎の麻薬組織の発見に、全力をあげたその結果とも言える資料を見せてもらっていたのだ。

 ここの総責任者である、セイクレッド・ウォーリアから。

 この人物もまた、酒場のギルと同様に、過去に起きた魔族討伐対戦の時の六英雄の一人である。

 その後、王宮騎士団の一番隊隊長を務め、数年前、女天才剣士ランにその地位を譲って今の職に就いた。

 ヴェスターとは同期なのか、仲はよい方かもしれない。

「あやしいと思われるのは、その書面にまとめた3箇所だ。」

 東方の地から輸入している、和紙と呼ばれる紙に記載した書面を、口調と共にヴェスターに投げつけた。

 ぶっきらぼうに感じるが、これがウォーリアの普段の口調であり、スタイルである。

 いつもの事なのか、当のヴェスターは気にもせずに受け取った。

「えーと、南門付近にある廃屋群。

 西部区域にある旧工場跡地。

 北部にある旧貿易倉庫27号の3箇所ですか。

 これらは今もまだ捜査中で?」

「南門の廃屋群のみ調査済みで、残る二箇所は現在調査中だ。」

 調査済みという事は、廃屋群はハズレだったようである。

「これら3箇所に絞った理由は?」

「それら全てに共通する点は、一個人が買い取った巨大な敷地ということだ。

 廃屋群の方は、全て潰して巨大な屋敷が立つらしい。

 これに関してはシロだ。」

「ちなみに、ウォーリア卿が一番怪しいと思われるのはどちらで?」

「・・・一個人としての予測にすぎんが、錬金術によって調合された特殊な麻薬となると、かなり大掛かりな施設が必要となるはずだ。

 錬金術師を妻にもつ君なら分かるだろう。」

「ええ、うちの地下施設は錬金術調合を行う為の、巨大な工場ですからねえ。」

 金1グラムを採取するのに、銀1トンが必要とされる。

 それが昔の錬金術であった。

 あまりにもコストのかかる不経済な技術であるが、時に常識では考えられないものが出来上がる為、廃れる事なく現在も多くの地域で受け継がれている。

 ただコストのかかる技術故に、一種、金持ちの道楽という見方も強かった。

 その状況を打破したのは、今からわずか15年前の話である。

 錬金術調合する為の最適な原料を、錬金術で多種に渡って作り、量産する。

 その試みが成功してからは、簡単な薬品等はテーブルの上で出来る程にまで、技術が急発達したのだ。

 と、なると、狭い敷地でも問題なく錬金術が行なえるじゃないかと思うだろうが、そこが素人の考えそうなところだ。

 錬金術師たる者は、日夜、新たなる原料の開発に余念がないのである。

 成功すれば一獲千金も夢ではない。

 それに、薬品や麻薬等を大量生産するにも、巨大な設備は今でも必要不可欠なのだ。

「旧工場跡地は、刀鍛冶を多く持った武器製造工場だったところだ。

 だが、敷地としては広く、一番怪しく感じられた所だ。」

「何故、そちらを先に調査しなかったんです?」

 ウォーリアは、ヴェスターをみつめた。

「・・・3箇所とも、同時に調査団を送り込んだんだよ。

 2日たって調査終了したのは廃屋群のみで、他のは3日目となる今でも連絡がないんだ。」

 と、いうことは、旧貿易倉庫の調査団からも連絡がない事になる。

 一箇所に的を絞られぬ様、張り巡らされた敵の罠にはまってしまったのかもしれない。

 今、こちらが団体で行動を取るのは、不利になるだけだ。

 やるなら、少数精鋭しかない。

「フィアナ殿に予言を頼みますか。」

「聞いてないのか?」

「?」

「フィアナ殿は・・・あなた方の家族の危機を予言された後、倒れこんでしまい、意識不明だそうだ。」

 ヴェスターが、立ち上がるや外へと向かう。

「どこに行く気だ?」

「とりあえず、旧工場跡地に行ってみて、何もなければ旧貿易倉庫へも行ってみます。」

「一人で行く気か?」

「夜になる前に、一度こちらに戻りますよ。

 ですから、私の分の夕食の方、用意しておいて下さい。」

 お気楽な台詞と、ニコリと笑った余裕の表情を見せるや、ヴェスターはさっさと行ってしまった。

 ウォーリアは、ヴェスターのいつもの冗談な台詞の少なかった事が気になるや、傍に置いていた自分の愛剣を手にし、外へと出向いていった。

 夕食の用意を部下に任せて。


 ロード・ストリートの裏路地は多い。

 いたるところに小さな店が軒を連ね、商売に精を出している。それは、食料品店であったり、衣服店であったり、靴屋であったり・・・酒場であったりもする。

 表の看板は錆びれていた。

 本来なら、はっきりと書かれているはずの酒場の名は、間近で見てようやく分かる程度である。

 そんな酒場“セイル”に、フォルター男爵は威風堂々と中に入った。

 明かりは多くのランプが照らしている。船乗りが使用する様な、耐水性のランプだ。

 ちょっとやそっと酒を浴びたところで消えはしまい。

 壁には、巨大な鮫の歯や、碇等の船具類が、ワイルドなアートを作り出している。

 店内の空気は、海の臭いがした。

 辺りを見渡すが、目的の人物が見当たらない。

 かわりに、人相の悪そうな者なら、13人程はいる。

 フォルター男爵は、カウンターの左端へと席を取った。

 ここなら、他の奴等に背を向けることなく酒が飲める。

「何になさいますか?」

 ここのマスターが声をかけた。

 奴をあぶり出すには、こちらから先制しなければならんか。

「こちらで、これを扱っていると聞いて、購入に来たのだが。」

 と、大胆不敵にも麻薬を見せたのだ。

 辺りに気付かれぬ様、足下に身を潜めていた黒猫が目をパチクリさせた。

 が、

「これ、何ですか?

 うちではこんなの扱ってませんよ。」

 あっさりと躱したような台詞に、フォルターはフムと一呼吸おくや、

「いや、失敬。

 勘違いであったようだ。」

 と、麻薬を懐に戻して、こちらもあっさりと諦めてみせた。

 席を立ち、酒場を出ようとする。

 だが、他の客二人が扉をゆっくりと閉めた。

 そして、鍵をかけるのも忘れない。

「帰させてはもらえんのかね。」

「ケッ、酒場に来たら、酒を飲むのが礼儀じゃねえのか?」

 聞きなれたような台詞を、先程の店のマスターが放った。

「成る程な。

 その男の影へと身を隠したか。」

 フォルターは、帯剣していた細みの剣レイピアを抜いた。

 だが構えは見せず、ダラリと下に垂らしている。

「てめえら。こいつを殺しな。」

 その声に従順するかのごとく、ユラリと13人全員が立ち上がった。

 マスターを入れれば、敵は14人か。

「男爵様よお。

 こいつらの影は既に俺の支配下にある。

 悪いがここで会ったのが不運だと思ってくれや。」

「ビルはどこにいる?」

「かかれ!」

 マスターを除く全員が、一斉におどりかかった。

 皆の手にする武器は、ショート・ソードだ。

「ぬうん!」

 気迫の声と共に、レイピアがヒュルンと空を斬って突進した。

 しかし、敵の異常ともいえる迅速な動きにフォルターがついていけない。

 そしてついに、

 ザシュッ

「くっ。」

 左腕に傷を負う事となった。

 敵の目線がまともではない。

 支配されたのもあるが、これは・・・。

「こやつら全員、麻薬の中毒者か。」

「さすが、簡単に見抜いたか。

 だがな、俺にも理由は分からねえが、今のこいつらの強さは尋常じゃねえぜ。

 俺の支配したのや麻薬とは別の、何か得体のしれねえ力が働いてやがる。」

「・・・。」

 フォルターが黙した。

 その得体のしれない力の正体に気付いたらしい。

「何か知っているのか?」

「いいや、知らないな。」

 仮にギランに真実を語っても分かるまい。

 種が木に成長したからだと言って納得するのは、ビルぐらいだろう。

 悪しき果実の種を良き事に使おうと努力した結果がこれか・・・。

 私は誤っていたのか?

 回避するのが精一杯だ。このままでは殺される。

 だが、フォルターも伊達に男爵の位を得ているわけではない。

 フォルターは、懐から金の球と銀の球を取り出し、足下に放った。

 二個放ったはずが、地面には三個分の球が転がった音が聞こえた。

 暗くて3個目が見えなかったのか、それとも単なる聞き違いか。

 ギランに体を支配された店のマスターが、不信な表情を見せた。

 金と銀の球が、ゆっくりと中空に浮くや、銀の球が猛スピードで敵に襲い掛かった。

 そのスピードは、音速に近いのではと凝視する程の凄まじさで敵の体をことごとく貫いていく。

 だが、麻薬の力を得た13人を一度に倒せない。2人が、フォルターの傍へ突進してきた。

 しかし、金の球がそれ以上の侵入を許さない。

 フォルターの周りを高速旋回していた金の球が、2人の体を容赦なく貫いた。

 フォルターが、金色のマントを身にまとっているかのような錯覚に囚われる。

 防御主体の金色の球と、攻撃主体の白銀の球。

 それは、瞬く間に13人を打ちのめしていった。

「妙な技、使いやがるな。」

「フム。君等から見れば妖術と見えるかもしれんな。

 私の出身地では珍しくもないのだが。」

 その地方独特の防御術といったところか。

 麻薬に冒され、力が倍増していた敵であったにもかかわらず瞬時に倒してみせたその強さは並ではない。

 これがフォルター男爵の妖術、操球術であった。

 独自の力を有する3個の球を操る技は、東方の地ローランに伝わる武術である。

 フォルターは、その地の出身なのだろう。

 フォルターが、ギランの元へと歩み寄る。

「ビルはどこにいる?」

「ちっ、ここはひとまず引くしかねえか。」

 ギランが捨て台詞を吐くや、体を乗っ取られていた店のマスターが気を失って倒れた。

 ギランが影から抜けた。

 だが店内が暗く、影と同化した奴を見つけるのは不可能だ。

 みすみす奴を逃がすのか。

 フォルターがそう思っていた刹那、

「う、動けねぇ!?」

 と呻く、ギランの声がした。

 フォルターがハッとし、その声のした方へと近寄る。

 そこには、ケイトの使い魔である黒猫がいた。

 ギランの本体である影の上にしゃがみこみ、

 ニャーオ

 と、愛想良く鳴いてみせた。

 猫の方には、特に苦しがっている様子はない。

 今までのフォルターの死闘に御苦労様とでも言いたいのか、ゴロゴロと咽を鳴らして甘えてみせている。

「魔の影を制止させる猫か。」

 良く言えばそうだが、平たく言うなら踏んづけて重しになっているだけである。

 影に対して重しになっている分の驚きが、単純な行動を深みのあるものにしていた。

「どうするね?

 素直にビルの居所を教えてくれるなら解放してもよいが。」

「だからって、俺が話したことを素直に信じるのかぁ?」

「いいや。」

「なら、どうする?

 行動は止められてもそれ以上は出来ねえだろう。」

「いいや、そんなことはないぞ。」

 足下にコロコロと転がってきたのは、まだ使用していなかった残りの球だ。

 漆黒の球は黒猫の傍で止まるや、ズズズズと何かを吸い込むような音をたてはじめた。

「ば、ばかな・・・!」

 黒猫は微動だにしていない。

 吸い込んでいるのは、ギランの影だ。

 影を吸い込み、黒球内に閉じ込める気か?

「畜生っ!」

 この罵声を最後に、ギランの気配は跡形も無くなってしまった。

「さて、奴は何故ここの連中を支配したがっていたのか。

 それを調べる必要があるな。」

 フォルターが呟くや、黒猫がテクテクと海原の描かれた絵画の掛けられた壁へ歩み寄り、

 ニャーオ

 と、また鳴いた。

 ここに来いとでも言いたげな眼差しで、フォルターを見つめている。

「どうしたのだ、フレイア。」

 黒猫の名を呼び、フォルターはその壁へと近寄ってみる。

 その足下には、何かを引き摺ったような跡がうっすらと見えた。

「隠し扉か!」

 壁に力を入れると、ゆっくりと音を立てて壁が開いた。

 その隠し扉の向こうには、地下へと降りる階段があった。

 階段の両脇の壁には蝋燭が点っている。

 成る程な。ただの酒場ではないわけだ。

「いくぞ、フレイア。」

 フォルターが階段を降りだし、黒猫フレイアがその後に続いた。

 階段を下りきったところには、鉄製の扉が行く手を塞いでいた。

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