第12話

 唐突な出来事に、その場にいた者たちは硬直せざるを得ない状態でいた。

 ジャックと豆の木のように一瞬にして成長した禁断の果実の種は、一本の巨大な木までになっていたのだ。

 そして、そこからゆっくりとではあるが、花を咲かせはじめている。

「これは予想外の展開になったな。

 これでは種を採取するには実がつくのを待つしかないようだ。」

「それよりも、あたしの玄関の真ん前にこんなの生えちゃ、営業妨害もいいとこよ。

 切り倒してやりたいとこだわ。」

 両者の初見の感想は、えらく食い違っていた。

 緊急事態であるというのに、テリスが思わず吹き出している。

「笑い事ではないぞ、テリス。」

「笑い事じゃないのよ、テリス。」

 それだけは意見の合った二人であった。

 が、このままではらちがあかない。

「とりあえず、どうしますか。」

 テリスが、笑いをこらえながらも切り出した。

 事実、笑い事ではない。

「この果実を誰かに食されたら大事だからな。

 やむを得ん。テリスはこの木を見張るのだ。

 誰にも手出しさせるな。」

「分かりました。

 フォルター様は?」

「私はギランの入っていった酒場へと乗り込む。

 奴からビルの居所を聞き出さねばならん。」

「単身で侵入するのは危険ではないですか。」

「なら、あたしがこの木を監視するわ。

 理由は知らないけど、要は誰にも食べさせなきゃいいんでしょ。」

「ケイト殿、その通りお願いするが、それはテリスと一緒に、だ。

 一人でこれを守り切るのは不可能に近い。」

 フォルター男爵は、最初からケイトにも監視役を依頼するつもりだったらしい。

「・・・どういうこと?」

「守っていれば分かる。

 では頼んだぞ。」

「待ちなさいよ!

 あなた一人で乗り込むのも危険なんでしょ。

 いいもの渡してあげるからちょっと待ってて!」

 そう言うや、ケイトは家の中へと入っていった。

 フォルターは、素直に待つことにしたようだ。

「ケイト殿には世話になりっぱなしになってしまうな。」

「本当に・・・とても頼りになりますわ。」

 その当人は部屋で何をしているのか、まだ出てくる様子がない。


 そのうちに薬局の玄関から悪女が顔を出した。

 外の異変に気付いての行動だろう。

「まぁ、フォルター様ではありませんか。

 どうなさったのです?」

 追加の御注文でもあるのかしらと言いたげな声色だ。

「貴女に依頼していた分の原料が木になってしまってな。

 申し訳ないが、実がなるまで待っていてもらいたい。

 とりあえず、残り2つのうちの1つである、純白の花フラウスは渡しておく。」

「最後の一品は、この木の果実なのかしら?」

「正確には、その中の種なのだ。」

「実がなったら、もぎ取ってもよろしいのでしょうか。」

「うむ。ただ、実を食べるような真似はしないでほしい。

 己自身は勿論のこと、世界が滅することもありえるのだ。」

 果物を食しただけで、えらく大袈裟な話であるが、ここは剣と魔法の世界なのだ。

「分かりましたわ。」

 生真面目に応じたアニスであった。

 が、どこまで真面目かは当人しか知らない。

 アニスは、テリスから花を受け取るや、一礼すると薬局へと戻っていった。


 ケイトがようやく現れたのは、この直後である。

 肩に黒猫を乗せていた。

「待たせてごめんなさい。

 こいつを連れていって。」

 こいつとは、黒猫のことらしい。

「この猫をかね?」

「これでも、あたしの使い魔なの。ただの黒猫じゃないわ。

 きっと頼りになるわよ。」

 ニャーオ

 愛想良く猫が鳴いた。

 漆黒の毛並みをした黒猫の目は紫色であった。

「では、有り難く連れていくとしよう。

 この猫の名を教えてもらえるかね。」

「フレイアよ。」

「フレイア、宜しくたのむぞ。」

 ニャーオ

 また愛想良く、一声鳴いてみせていた。


 一人と一匹が去った後、

「ねえ、ケイト。」

「何?」

「今まであの猫ちゃんが姿見せなかったのは何故なの?

 普通、使い魔っていつも傍にいるものじゃないの?」

「それは昔の魔法使いの話よ。

 魔法も段々と進歩しているから、今では必要な時だけ召喚魔法で呼び出すようにしてるの。」

「じゃ、今も召喚していたんですね。」

 ケイトは首を横に振った。

「違うわ。

 あいつったら、棚にしまっていたあたしの大事な魔封瓶を割ったから、お仕置きとして小部屋に閉じ込めていたの。

 昨夜からのお仕置きの時間から解放しただけよ。」

「・・・。」

 事実とは随分と奇なりである。


 人形娘ドールがルクターにイヴの現状を訪ね、イヴがギランという名の男に奪われた事を確認するやルクターにも同行を依頼した。

 これで、暗黒騎士、吟遊詩人、尼僧、そして魔法使い兼人形使いという、実に奇妙な4人パーティが構成されたのである。

 アガンは、とりあえずここの司祭にルクターの治療費を支払った。

 野宿好きのルクターが、金品をそれほど多く手にしていないことは十分承知していた。

「ありがとう、アガン。」

「案ずるな。あれはお前の金だ。」

「え?」

「お前はフォルター様から仕事料を受け取っても、使わずにフォルター様に預けたままだろう。

 フォルター様に頼まれて、お前の分の金は私がいくらか預かっている。

 それよりも、ギランが連れ去ったということは、ビルのアジトにいると見ていいな。

 奴等を粉砕するには都合のいい展開だ。」

「イヴさんは、私共の客人でもありますので、こちらの方には危害を加えないでもらえますか。」

 散々イヴに対して無謀な計らいをした者の台詞とは思えなかった。

「私たちの狙いはビルの抹殺と、麻薬の完全なる撲滅だ。

 あの女は今回のキーマンであったが、最初から対象外だ。」

「どういうことですか?」

 人形娘ドールは、テリスがケイトに話した内容を知らない。

 もちろん、酒場のギルがアガンにした話も知らない。

「ふむ、汝になら話しても構わんが、この場ではちょっとな・・・。」

 一部始終を聞いていたアリサが、ここでポンと手を叩く。

「では、私の喫茶店でお茶にしましょう!」

 緊張という言語を知らないのは、キャサリンとルクター以外にもまだいたようであった。


 また喫茶店内の従業員部屋で、今度は4人でのお茶会となった。

 紅茶と、アリサの焼いたクッキーがテーブルに置かれている。

 アリサが意外に感じたのは、アガンがクッキーを食べていることであった。

「甘いものは大丈夫なのでしょうか?」

「ああ、問題ない。」

 暗黒騎士の言動、行動の全てが新鮮に感じていたアリサであった。

 この国にはいない、珍しいタイプの人間だと思っている。

 その当人が語って聞かせた内容に、疑問を感じたのは人形娘だ。

「納得のいかない点が一つあります。」

「何かね?」

「話の内容から、イヴさんはビルという方の恋人ということですが、イヴさん本人はビルが錬金術師である事を知らなかったのでしょうか。

 彼女の依頼してきた種の破壊の内容は、ワクチン作成を阻止する為の手段だったのでしょうが、それなら身寄りのビルに破壊してもらうのが妥当なはずです。」

 人形娘は、アリサから錬金術師の調合した薬品で破壊できる事を聞いている。

 錬金術のエキスパートであるビルが、この事を知らなかったとは思えない。

 ましてや、イヴがビルの能力を知らないとも思えない。

「と、いうことは、イヴはビルに隠れてでも種を破壊しようとしている。

 何か別の目的があるということですね。」

 ルクターが結論を口にした。

 が、ルクターにしろアガンにしろ、その別の目的が何一つ思い付かない。

「ここはドール殿の言う通り、イヴには危害を加えない事にしよう。」

「ありがとうございます。」

 人形娘のIQはどこまで高いのか。

 アリサは、感心しながらも皆のカップが空なのを確認すると、さっさと片付けた。

 そして、自分のロッカーから長い柄の武器を取り出す。

 武器は、刃の付いていない竿状のものだ。

 宗派によっては、いかなる敵であっても刃の付いた武器を禁じるところもある。

 アリサの信仰する宗教には、そういった規制があった。

 だからこういった武器なのだろう。

「見慣れぬ武器だな。」

 剣を扱うアガンは、どのような武器にも興味を持つ。

「東方の地から伝わったと言われている多節棍です。

 この棒の中に鎖が組み込まれていて、間合いを倍以上に広げることが出来ます。」

 人形娘が席を立った。

「では、アリサさん。

 宜しくお願いします。」

 アリサが、呪文を詠唱した。

 手に白い光が点ると、その光を棒の先端へと移す。

 光は、ある一点の方向へ向けて放っているように見えた。

「何を唱えたんですか?」

 ルクターが興味深気に聞いてきた。

 呪文に無縁な吟遊詩人の純粋な興味である。

「ロケート・オブジェクトと呼ばれる探査魔法です。

 自分の手にしたことのある物を探し出すのに使う神聖魔法ですわ。」

 イヴに自分のブローチをプレゼントしていたのはこの為だったのだ。

 これでは、ルクターがイヴを隠していたとしても難なく発見されるに違いない。

「では、まいりましょう。」

 4人は喫茶店を出、光の指し示すままに歩き出していった。

 神の力のなせる術で。

 先頭は、尼僧のアリサであった。

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