第10話

 アガンが酒場に戻ったのは、昼過ぎであった。

 ビルを探そうと、とりあえずソルドバージュ寺院のある北東部と、王城から真直ぐ東に突き抜けるロード・ストリートをくまなく調べたのだが、成果は一つとして挙がらなかったのだ。

 男爵様も、どこへ出向いたものか。

 単独行動を好むルクターからの情報は期待できまい。

 ため息の出そうな気分を抑えながら、アガンはカウンターで昼食セットを頼んだ。

「どうしたね、浮かない顔して。」

 酒場のマスターのギルの声に、クールな表情でいたアガンの眉が軽く寄った。

「分かるか?」

「私も昔は冒険者だったもんでね。

 その時一緒に組んでいたパーティ・メンバーに、あんたみたいに寡黙で紳士な男がいたんだよ。

 あんたはそいつによく似てる。」

 懐かしそうな口調に、アガンは静かに耳をすませていた。

「その男は、今何をしている?」

 ギルは苦笑いした。

「今でも謎に残る“西の対戦”で行方不明になったよ。」

「・・・そうか、残念だな。」

「で、何があったい?」

 愛想のいい親父相手には、アガンも簡単に折れるしかなかった。

「人を探しているんだが、見当たらなくてな。」

「どんな奴だい?」

 ギルは、質問と共に昼食セットをアガンに出した。

 カウンターが調理場にもなっているのだが、それにしても注文に応じるのが早い。

「主一人で調理しているのか?」

「ん?

 今はもう昼過ぎで客の入りが少なくなってきたからな。

 普段は奥の調理場で稼いでいるやつらに任せるんだが、俺自身手が空いてきたら俺が作ることもあるのさ。」

「そうか、では次回からも食事の時間は今ぐらいとしよう。」

 食事を始めたアガンに、ギルはハッとし、

「こら。

 せっかく人が聞いてやってんだから、話を脱線させるなって。」

 アガンも気がつくや、ナイフとフォークを一時置いた。

「ああすまん。

 ビル・カーターという名の人物を探している。」

「・・・。」

 ギルが黙り込んで考えてしまった。

「心当たりでもあるのか?」

「いや、すまんが全然しらないね。」

 ギルは、こう言った後でカウンターの調理場を洗いはじめた。

 アガンもあっさりと諦めたようで、食事に戻った。

 だがここで、

『本人かどうかは知らんが、最近、妙な話を聞いてね。』

 ギルが突然念話を使いだした。

『妙な話?』

 アガンもそれに準じて応える。

 周りから見れば、調理場を洗っているマスターと、黙々と食事している黒騎士にしか見えない。

『最近、王国内で麻薬が広く出回りはじめてね。

 寺院はおろか、病院ですらその対処法を模索中だという凶悪の麻薬を仕切っているのが、確かビルって名前だったよ。』

『・・・間違いないな。

 だが、何故そのような事を知っている?』

『念話も使えない馬鹿な盗賊共が、ヘラヘラと酒に酔ったままカウンターで喋ってたのさ。

 話じゃあ、王国内で3番目にデカい盗賊ギルドに属していた女幹部が、裏切って管轄外の地域で盗み働かせたらしい。

 盗んだそれが、麻薬と麻薬の元だそうで、盗んだ女幹部はビルって奴の色だとな。』

『はじめからここで聞くべきだったな。

 ビルのアジトは分かるか?』

『それが分かってたら、今頃は護衛団のお縄になってるだろう。』

 ギルが苦笑したところでアガンの隣にどこぞの商人が座ってきた。

 右手に傷を負っている。

「いらっしゃい!

 おや、園芸用植物運送のハイランドさんじゃないですか。

 久しぶりですね。」

「いやぁー、まいっちゃったよ。」

「何が・・・ああ、右手の傷ですか。

 重い荷物でも下ろしてたんで?」

「いやいや、荷馬車の馬を休ませようと、貿易地区の馬小屋に行ったら、細い糸みたいなのに包まれた男を見つけてさ。

 糸ほどこうとしたら、手切ってしまって。」

「それは災難でしたね。」

「ん。

 でも俺のことが敵じゃないとでも悟ったのか、勝手に糸がほどけてよ。

 背中に深い傷負って意識無かったから、慌てて馬車で寺院まで運んできたってわけよ。」

 ◯◯よ、が彼の口癖らしい。

「その男の容態は?」

「とりあえずは大丈夫だろうよ。

 しっかし、吟遊詩人がなんだってあんな目にあってんだかねぇ。」

 この台詞に、アガンが鋭く反応した。

「寺院とはソルドバージュ寺院か?」

「あ、ああそうだが・・・。」

「あんたの言ってた、連れのルクターって人かい。」

 ギルは、気がついたように語った。

 アガンは素早く立ち上がり、カウンターに昼食の料金を支払う。

「間違いあるまい。

 マスター、金はここに置いていくぞ。」

「気を付けてな。」

「有難う。」

 台詞を交わし、アガンは再び北東部へと足を運んだ。


 王城前広場のいつもの場所。

 その場所に向かって、人形娘ドールは歩いていた。

 その場所が見えた。そして居た。

 老婆ベレッタは、今の時間最後のお客の占いをしていた。

 後に並ぶ客の姿は見えない。

 そのお客が、有難うございましたと言って去っていったのを確認するや、

「ベレッタ様、ドールです。」

 と声をかけた。

 背後から歩み寄ってきたドールに気付いていたのか、ベレッタに驚く様子はない。

「どうしたんだい?」

「申し訳ないですが、少しお時間頂けますか。」

「ああいいよ。丁度今から休憩時間だからね。」

 今日も元気に稼いでいる老婆の目の前には、営業時間の書いた羊皮紙が貼られていた。

 ドールは、ケイトに依頼にきた者と、その依頼内容を話して聞かせた。

 そして、最後にドールが語ったのは、

「盗賊を生業とする者が、損得勘定なしに行動するとは思えないのです。」

 という、イヴに信頼された者が語るとは思えない、冷めた言動であった。

「その通りだね。

 その種とやらを破壊して、その依頼主にどんな得があるのか。

 まずはそれを調べる必要があるね。

 悪行に手を貸しているとしたら、そりゃまずいよ。」

「はい。既に策は講じております。

 その為、少し長くなりますが家を空けますので、宜しくお願いします。」

 ベレッタは、にっこりと笑みを見せた。

「あんたは、本当にケイトの事が好きなんだね。

 その事、ケイトには話してないんだろう?」

「はい。」

「アニスとキャサリンには?」

「話してきました。」

「分かった。家の方は任せておき。」

「有難うございます。

 では、いってまいります。」

 ドールは、一礼するとソルドバージュ寺院の方へ向かって去っていった。

 そのすぐ後、

「ドールは行きましたか。」

 またも背後で声が聞こえた。

 今度は聞き慣れた男の声だ。

「何、陽気な声で語ってんだい。

 今回は、あんたの力もいるかもよ。」

「かもしれません。

 フィアナ殿も、中途半端ではありますが、我が家の危機を予言されましたし。」

 そんな台詞でも、やはりどこか嬉しそうな声色だ。

 ベレッタが軽くため息をついた。

「なるほどね。

 今朝の早朝出勤はそれかい。

 どうりで、あたしの占いが大凶になるわけだよ。」

「ま、とりあえず女王から許可はいただきましたんで。

 私はセイクレッド・ウォーリア卿率いる王宮護衛団の方に合流します。

 そんなそんなわけですので・・・。」

「分かった。

 家族にはちゃんと伝えておくから安心おし。」

 あたしゃ、伝言係かい。

「どうも。じゃ、私はこれで。」

 その男は、言うだけ言うや、さっさと去ってしまった。

 ベレッタが、またため息をついた。

「やれやれ。

 我が息子ながら、緊張感の欠片もないんだからね。」

 間もなく営業再開なのか、ベレッタの周りにまた人が集まりはじめていた。

 とりあえずは、ドールに任せるしかないね。

 頼んだよ、ドール。

 そんな思いを胸に、ベレッタはまた易者業を再開していた。


 大陸一の幻術師が侮れないと言った敵か。

 久々の戦闘で、なんかワクワクするわね。

 ケイトは、右手で腰に帯剣していた細身の剣、レイピアをベリスに向けた。

 どう考えても、魔法使いの行動とは思えない。

 剣先を微妙に揺らし、ある一定のリズムをとっているようだ。

 小声で鼻歌のようなものまで聞こえる。

 これが、呪文の詠唱だと気付いたのはテリスのみであった。

 私が使う、幻術系の鏡光魔法だ。

 自分の立っている位置を敵にズラして見せる気だわ。

 スーレンとベリスも魔法使いだけど、この呪文は知らないはず。

 ベリスはケイトから少し離れ、静かに間合いをとっていた。

 両手に武器らしいのはない。

 先程、ケイトの剣を弾いたのは何だったのだ?

「女戦士か?」

「ためしてみたらどう?」

 弾いていた正体不明の武器に対して、臆した様子はない。

 剣先を敵に向け、左腕を上げた体制は熟練のレイピア使いにしか見えなかった。

 それもそのはず。

 王国内のレイピア競技大会においては、3年連続優勝の実力を誇るケイトである。

 ケイトが、少しずつ間合いを詰めはじめた。

 そして、

 ギィン

 ケイトの剣が、また何かに当たったように響いた。

 だが、当のケイトは少しも動じていない。

 いや、むしろ何かを悟ったのか、ベリスに対して不敵な笑みすら見せたではないか。

 馬鹿な。

 目に見えぬこれに気付くはずがない。

 剣に当てて挑発していたベリスが、逆に焦りの色を見せた。

 再び間合いを取り直し、今度はケイトの体めがけて放つ。

 しかし、ベリスが目で見た結果は、放ったそれがケイトの体を突き抜け、遠くで爆発音が鳴り響いたのみであった。

 こいつの体はどうなってるんだ?

 ベリスの疑問をよそに、植物園内が途端に騒がしくなってきた。

 しまった、今の爆音で園内巡回のやつらが集まってくる!

「ベリス!

 目的のものは手に入れているから、ここは引くわよ!」

「・・・分かった。」

 スーレンがテリスから瞬時に離れ、ベリスがケイトから瞬時に離れ、その場を去っていく・・・予定であった。

 ビュルン!

 ケイトの腰の辺りで、鞭の唸るような音がした。

 と思うや、それは空に広がっていき、ベリスの上空を覆った。

 編み目状になっている赤いそれは、まるで投網そのものだ。

 朱色の投網が、ベリスの体全てを包み込む。

「しまった!」

 逃げ出しているスーレンに、もはや成す術はなかった。

 舌打ちして去ってゆくスーレンに、ケイトは見向きもしない。

 いともたやすくベリスを捕らえた事実に、テリスが呆然と立ち尽くして見ていた。

 赤い投網に驚愕しているのではない。

 ケイトの、レイピアの剣先を揺らすことを媒体に詠唱した鏡光魔法に目を見張ったのだ。

 光の屈折を利用して、自分の位置を敵にずらして見せる魔法にベリスはアッサリと引っ掛かったのである。

 魔法の詠唱とは、大声である必要はない。

 敵に気付かれぬ様、小声で唱えても魔法の発動に何ら支障はないのである。

 ケイトは、つまらなそうな表情を見せた。

「さてと、さっさと殺しましょうか。」

 22歳の女性の語る台詞ではなかった。

 モンスター相手ならまだしも、彼は人ではないのか。

「え?

 尋問しないんですか?」

 テリスの声に、ケイトがまたもつまらなそうに語る。

「だって、幻術師のあなたが唱えた幻術魔法に引っ掛かるならともかく、魔法使いのあたしが唱えた初歩の魔法に引っ掛かる相手よ。

 こんな雑魚に有力な情報があるなんて思えないし。」

「今の鏡光魔法って・・・初歩なんですか?」

「初歩よ。

 そもそも、魔法使いの魔法って幻術系は少ないもん。」

 即答のケイトであった。

 初歩の魔法であるにもかかわらず、有力者のベリスを容易く引っ掛け、挙げ句の果てに捕らえたのは、いかにケイトの魔力が膨大かを物語っていた。

 テリスは、ケイトの実力を目のあたりにし、一種の恐怖を悟っていた。

 あの暗殺歴7年の魔弾のベリスを1分かからずに仕留めるなんて。

「ま、まってくれ!

 有力な情報ならある。」

 ベリスが、息苦しそうに声を上げた。

 暑い。何でこんなに暑いんだ? 

 まるで、火傷しそうな暑さだ。

「情報って?」

「俺達のアジトを教えるってのは、どうだ。」

 この上ない情報であった。

 ケイトが、今度は普通の大きさの声で魔法を詠唱した。

 が、外観上は何も変わっていないように見える。

「いいわ。教えてくれたら自由にしてあげる。」

「ま・まって・く・れ・・暑く・て喋り・ずらいん・・・だ。」

 ケイトは、赤い網をいともあっさりと消してしまった・・・ように見えた。

 ベリスが、突如自由を得たことに、内心ニヤリとする。

「アジトはなあ・・・。」

「アジトは?」

「やっぱり、教えねえよ。」

 またも目に見えないものが、今度は無数にケイトとテリスめがけて襲撃してきた。

 マジック・ミサイルと呼ばれる魔法のミサイルを、ベリスは詠唱を必要とせずに独自の魔力でその効果を発動させていたのだ。

 マジック・ミサイルは、威力自体はさほどではないが、数が多く当たれば死に至るのは明白である。

 だがそんな常識はケイトには無意味であることもまた常識である。

 無数のマジック・ミサイルを浴びせたにもかかわらず、ケイトとテリスの2人は全くの無傷であった。

 マジック・ミサイルの、そのことごとくが、今度は全て弾かれたのである。

「一点集中で攻撃して外れたからって、今度は乱射?

 馬鹿じゃないのあんた。

 そんなワンパターンなこと、今時の悪党はやらないわよ。」

 ケイトが先程唱えていた魔法は、マジック・シールドと呼ばれる魔法の盾であった。

 物理攻撃、魔法攻撃ともに有効なこの魔法は、実力の高い魔法使いが唱えれば、かなり強度な盾を作りだせる。

 もはや、ベリスに打つ手はなかった。

 ベリスが背を向けて逃走する。

「ケイトさん、ベリスが・・・!」

 追おうとするテリスの腕を掴んだケイトは、軽くウィンクしてみせた。

 逃がせっていうの?

「邪魔だ、どけ!」

 やってきた巡回員を撥ね除け、ベリスは無事に逃走に成功したようだった。

 何だ、アイツは?とでも言いたげな視線をベリスに向けた巡回員は、ケイトとテリスの元へと寄る。

「どうしたんですか、今の爆音は?」

「今、逃げていったあいつが、私達の命を狙って攻撃してきたのよ。」

 その敵を散々いたぶったケイトだったが、その事実は当然ながらおくびにも出さない。

「なんて奴だ。

 早速、王宮護衛団に殺人容疑で手配します。」

「あ、そんなのはどうでもいいの。

 それより私達お目当ての花を探してるんだけど見つからないのよ。

 悪いけど、探してもらえる?」

 殺人容疑をそんなのと語るケイトに、一瞬言葉を失った巡回員であった。

「・・・なんて花をお探しで?」

「純白の花フラウス。」

 美女二人の願いが通じたのか、植物園内で無事に見つけることが出来た。

 ケイトはそれにホッと胸をなでおろす。

 これで、あの園芸店に行かなくて済むわ。

 しかし、巡回員は別の花の消失を見て悲鳴を上げた。

「あぁー、真紅の花ブレッグが無いぃ!」

 対に生える真紅の花が生育していたところには、長身美女のスーレンが根こそぎ奪っていった跡しかなかった。

 巡回員としての俺の立場は~!、と嘆き叫ぶ姿に、美女の二人が苦笑していた。

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