第5話
王城内にある大きな会議室で、2人の男性の声が聞こえた。
エレナ女王の父親である、前国王の肖像画の掛けられたこの部屋は、常に威厳に満ちた空間が支配している。
気品の高い長テーブルと椅子は、芸術の都“ヴェーナー”で作られた最高級品であった。
そんな部屋が、今は2人の男と2つのコーヒーカップに陣取られている。
「フォルターですか・・・聞いた事のない麻薬の名ですね。
確か子爵階級か男爵階級に、そのような名を持つ者の財団がありましたかな。」
「ええ、おります。
男爵としての地位の割には、かなり大きな財閥のようで、貿易商を手掛けて成功したのがきっかけだとか。
あ、ただ、今回の一件に関連性があるかどうかは分かりませんが。」
早朝出勤という事で来てみれば、王宮室の者が話があるというから何事かと思案していれば、現在闇取引であちこちにまわりはじめた新麻薬の事についてであった。
麻薬の名がそれらしい。
その件についてなら、今は王宮護衛団のメンバーが必死に調査中な筈である。
わざわざ、我々“白銀”が出張る程の事ではない。
「そのフォルター・・・でしたか、その麻薬については、現在セイクレッド・ウォーリア卿率いる王宮護衛団が調査中のはず。
我々エレナ女王を守護する“白銀”が出張る内容ではないと思うのですが。」
このガーディア王国では、エレナ女王直属の団は全部で4つ存在する。
1つは、主に他国との戦争時に活躍する戦闘集団“王宮騎士団”。
異常なまでの強さを誇る4人の将軍を筆頭に存在する王宮騎士団は、常勝無敗の魔人の集団として他国から恐れられている。
現在は、ラン将軍率いる第1部隊が、東方の地マズウェルに遠征中である。
そこでは、奴隷商人を内密に拡張させている王国だという情報を入手。
しかも、その奴隷の8割が10歳にも満たない幼女だと知った時にはエレナは猛烈に激怒した。
もはや話し合いの余地は無いと、エレナは女将軍のランが戦陣をきる第一部隊を送ったのだ。
また一つ、勝利の印が刻まれ、王国が更に広まる日も近い。
2つ目は、王国内でのもめ事を解決する事を目的に、エレナ女王自身が提案し発足させた自警一団“王宮護衛団”。
元王宮騎士団第1部隊の隊長セイクレッド・ウォーリア卿が統括するこの一団は、とにかく敵に対して情けが無い。
こそ泥ならまだしも、殺人、強盗、恐喝、強姦、洗脳、墓荒らし、密売、邪教徒等の極悪人には、一ヶ月もの間、一時も寝かせずに神経を徐々に焼いていく。
一ヶ月かけてショック死させるこの極悪処刑法には、どんなに肝の座った悪人でも正体が抜けるという。
王宮護衛団に目を付けられた悪人は、国外への逃亡を計るしか道はないが、それが成功した例は無い。
3つ目は、国の政権執行を管理し、尚且つ他国との貿易や国内外の情報をも管理する“王宮魔法陣”。
地上最年少の予言者フィアナ・ウィン・リノットを中心に、5人の魔力を秘めた者たちが魔法陣を仕切っている。
ウィンとは国から頂いた名で、王宮魔法陣としての証なのだ。
王宮魔法陣では大別して5つの部署に別れており、様々な活動を展開している。
ケイトがアルバイトしている古文書解読もまた、王宮魔法陣の管理下にある仕事なのである。
それに携わっているマサリナ・ウィン・ステイシーもまた、王宮魔法陣最高実力者の5人のうちの1人なのだ。
ちなみに、彼女はアリサの祖母である。
噂では、6つ目の部署が存在するらしいのだが、それについては極秘情報のようで国民は皆無に等しい。
そして最後の4つ目が、エレナ女王自身を守る為に存在する護衛団“白銀”である。
が、エレナ女王自身があまりにも強すぎる故か、この一団が活躍した話は耳にしたことがない。
国民的見解であるが。
で、脱線した話を元に戻すが、女王を護衛する事を生業とした一団が、こうした麻薬組織撲滅等の調査に助成するのは、他人の仕事に横槍を入れるようなものであった。
この男の語っている事は、確かに一理ある。
「確かに貴君のおっしゃる事は分かります。
しかし、これは王宮魔法陣のフォーチュンテラー、フィアナ殿による忠告なのです。」
淡々とした会話であったが、王宮魔法陣の長であるフィアナの名が出た以上、反論の声はここで止まる事となった。
彼女の予知能力の素晴しさは、この城で勤める者なら誰でも熟知している。
それよりも問題なのは、王宮室の次の台詞であった。
「ただ、“白銀”の責任者である貴君をお呼びになったのは、“白銀”の助力を得たいが為ではありません。」
「は? ではいったい・・・。」
王宮室の者は、ここで生つばをゴクリと飲み込み、応える。
「ですから、フィアナ殿からあなた方・・・ウェストブルッグ家への忠告なのです。」
王宮室の向かいの席に座っていた男、ヴェスター・リー・ウェストブルッグは、その王宮室の緊迫した声を聞きながら、コーヒーをゆっくりと口に移した。
「それは、いかような忠告で・・・?」
忠告とは、以下のような予言であった。
『災いの種がウェストブルッグ家に訪れる。
炎と嵐は立ち向かうが、運命は変わる事なく種は育つ。
その種、禁断の果実の種なり。
育つままに実は生まれ、その実、一人の者に噛られる。
それ、破局の序章なり。』
ここで、言葉は切れた。
少しの間、沈黙が訪れる。
カップに残ったコーヒーは既に冷めていた。
「あの、その続きは・・・?
それに、麻薬とこれとどういった関係があるので?」
「続きは見れないそうです。
邪気が強すぎて。
麻薬との絡みについては、何かしらの形で関連しているとしか言えないらしいです。」
「邪気・・・ですか。」
「ええ。
かなり強力な邪気が、先見の力をも遮っている、と。」
ガーディア王国内では稀な魔力を有するフィアナが、先見を許されぬとは。
正に驚愕に値する内容であった。
だが、
「その邪気を発する者・・・ただならぬ者ですな。
ところで、王宮室責任者ラングリッツ殿。
一つお聞きしたい事が。」
「何か?」
冷めたコーヒーを飲み終えたヴェスターは、まるでデザートを欲しがっているような口調で、一言こう言った。
「その禁断の果実って、美味しいんですかね?」
「はあ?」
このヴェスターという男、立派にキャサリンの父であった。
やはり血は争えない。
王宮室を任されているラングリッツも、さすがに言葉を失っていた。
ヴェスターは軽くほくそ笑むと、
「じゃ、私はこれで。」
と言ってその場を去ってしまった。
その場に残されたラングリッツと、2つのコーヒーカップを置き去りにして。
「フム。心配ではあるが、少し様子を見るとするか。」
ラングリッツは、一人残された孤独の空間でそうつぶやいていた。
彼等、ウェストブルッグ家をこの王国から失いたくないという思いは強かったが、彼の実力を確かめるには丁度いい機会だとも考えたのである。
そう、ヴェスター・リー・ウェストブルッグの真の実力を。
銀のブロード・ソードを帯剣する“白銀”の騎士が、何故魔術一家の主なのかを。
これは、王宮内では一つの謎として扱われている内輪である。
騎士としての剣の実力の凄まじさは誰もが承知しているが、魔術一家の主としての実力となると話は別であった。
もし、彼も魔術を扱えるのなら、如何様な魔術を駆使するのだろう。
彼に対する興味は尽きない。
だが、こういった興味を抱くのは、ラングリッツやセイクレッドのような、ウェストブルッグ家の味方である者たちのみが語る声であった。
敵は間違っても語るまい。
いや、語らないと断言すべきだろう。
それだけ、ウェストブルッグ家の者たちとは皆に敬われ、また、敵から恐怖視されているのである。
それは、今、敵を目前としている、キャサリン・アン・ウェストブルッグにも同様の事が言えるにちがいない。
ウェストブルッグ家の次女が繰り出す、恐怖の魔法が見られるだろう。
敵よ。風に恐怖したまえ。
魔法街の道は、複雑に入り組んだ一種の迷路となっている。
これは、以前この街に住んでいた魔術師が作り出したものらしい。
“立体迷路”と呼ばれるもので、道を縦横無尽に走らせたこの作りは、住人でもなかなか慣れるものではない。
道を歩いていれば分かるが、いつのまにか上の道路から下の道路に移っていたり、下の道路から地下の道路に移っていたりと、まるで
『まっすぐ歩いていても迷ってしまう。』
と、随分評判である。
もちろん、悪い意味で。
ウェストブルッグ家は、そんな魔法街のほぼ中央に位置している。
王国外の者がここを訪問するのは、たとえ観光客向けの案内地図付パンフレットを手にしても、辿り着くのは困難にちがいない。
しかし、盗賊ギルドや暗殺ギルド等といった闇組織では、綿密詳細な地図がしっかりと用意されている。
それさえあれば、ここに簡単に赴くことは充分に可能な筈だ。
だが、この美少女を殺すことは、果たして可能なのだろうか?
暗殺者共が四方八方から襲撃を仕掛けたその時、
ビュウウウ
風が強くうねり、彼等は全員外に放り出された。
突風にあおられ、バランスを失いかけるが、どうにか再び戦闘体制に戻る。
成る程な。風使いか。
声には出さず、その敵の力を容易に見抜いた。
そして、キャサリンを間近に見、皆が驚愕した。
キャサリンの周りだけが、とてつもなく強い風が包み込んでいたのだ。
「んー。
クロコダイルってどこにいるのかなぁ?」
竜巻の中心に佇むキャサリンは、相変わらずホエホエだ。
何を考えているんだか。
彼等は、腰に備えていた投げナイフを数本手にすると、試すように一本だけキャサリンに向けて投擲した。
ナイフはキャサリンには届かなかった。
キャサリンを包み込む風が、いとも簡単に弾き返してしまったのだ。
「馬鹿な!?
このナイフにはどんな圧力をも無効にしてしまう魔力が封じ込められているんだぞ!」
無知とは罪である。
その“真空ナイフ”を発明したのは目の前の美少女だというのに。
発明者は普通、発明した物の長所と短所は熟知している。
それでも彼等の一人が、新たなマントを装備するや、猛然と突進した。
風圧に臆することのない“対空のマント”を装備したからによる自信だ。
投げナイフは弾かれても、投げナイフを手にしたこの暗殺者を弾くことは出来ない。
キャサリンの心の臓寸前にまで刃が迫ったその時、
「ギャアアアアアア!」
この世のものとも思えぬ断末魔が聞こえたかと思うや、その者はその場に崩れ落ちて気絶した。
キャサリンの竜巻には、5万ボルトを超える静電気が常に帯電していたのだ。
竜巻を形成するときに発生する、この超自然現象を二重の壁としていたのである。
剣や小型のナイフ等は、9割が伝導物質だ。もちろん、暗殺武器も。
ホエホエの表情の裏に潜む真の実力に、ようやく彼等は恐怖を悟った。
「一旦、退け!」
それが、遅すぎた台詞である事に気付くのに、さほど時間は要さなかった。
「逃がさないよーだ。」
暗殺者共の撤退を許さないのか、いつの間にか彼等の背後を風が包囲していた。
「じゃね、バイバーイ!」
彼等には、彼女の笑みが天使の笑みに映ったか、それとも悪女の笑みに映ったか。
キャサリンのその声を合図に、風は巨大な竜巻を形成して彼等全てを飲み込む。
ゴオオオオ
竜巻の轟音が、彼等の叫びを消し去っている。
上空の白雲が、受け入れを待つかのように大きく穴を開けた。
ヒィイイイ
風の巻き上げる響音か、彼等の最後の声なのか、どちらともとれぬ音を残し、それらは天空の彼方へと消えていった。
辺りには、ホエホエだけが残っていた。
「さ、おうちに戻ろーっと。」
今の出来事など、微塵にも気に病んでいないようだ。
この娘は真面目に戦ったことがあるのか?
「んー・・・。」
あ、でも何か一つ気になってる。
「ちゃんと、南の大陸の川に落ちたかなぁ。」
キャサリンが風で送ったその先は、南の大陸パナマ=ラマの大河ラグーンである。
そこは、獰猛な肉食獣で知られる巨大鰐クロコダイルの生息地なのであった。
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