第4話
うっとうしい事一万倍とは、正にこの時の状況を指すのかもしれない。
ケイトは、本日何度目か数えるのも嫌になっていたが『やれやれ』という思いと『ハァ』と出るため息を同時に出すような仕草を見せていた。
目の前に突如として現われた暗殺者共に。
朝から黒装束に身を包んだ者たちに取り囲まれるのって、気分害するわね。
ケイトは、自分も黒のローブをまとっているくせに、その事をあからさまに無視する様な思いを抱いていた。
まぁ、もっともケイトの着ているローブは、黒というよりは濃い赤みがかった色をしている。
炎を象徴するかのような美しい装飾が施されている分、目前の黒装束よりは映えていた。
「汝に危害を加えるつもりはない。
おとなしく渡してはもらえないか。」
彼等のうちの一人が、慎重さに余念のない台詞と声色を使って切り出した。
ウェストブルッグ家の長女の繰り出す魔法の恐怖は、ここの国民なら誰でも熟知している。
事実、ケイトは王国内第2位の魔法使いとしての実力を有しているのだ。
だがケイトから言わせれば、敵がこの様な対応でくるのは至極当然のような、目に見えたものであった。
そんなものだから、たとえ敵が如何なる対応でこようが、それに対する応えは同じであった。
「あなたたち、ウェストブルッグ家を敵にまわすつもり?」
脅しのような台詞であったが、どちらかといえば姑のような口調を感じた声色だった。
あまり威圧感がない。
「止むをえんか。」
10人のうちの一人が、意を決した声を放った。
それとほぼ同時に、他のアサッシン9人が、ケイトの回りを円を描くように動き出した。
集団による殺人闘法を得意とするらしい。
しかし、それでもケイトの表情が恐怖に彩られる事はなかった。
余程、こういう死と隣り合せの雰囲気には場馴れしてると見える。
そして、ケイトが右手を腰にあてたその時、
「うぉっ!?」
と、アサッシンたちが驚き、あろうことか10人全員が転倒したのである。
見れば、10人とも両足首のところを、鋭い刃物のようなもので斬られた後があった。
足首を切断された訳ではないが、動脈を斬られたのか噴き出る血が止まらない。
ケイトは静かにその様子を見、そしてノンビリとした歩調で現われた美少女の存在を、やむなく認める事にした。
「お姉ちゃん、急いでるんでしょお?
お客さん方の相手は、あたしに任せていいよぉ。」
日向で昼寝している猫のごとくノンビリとした仕草に、ノホホンとしたお気楽な表情。
そして、加えて年中眠たそうな声色。
少し明るめの青白いワンピースに映えた美少女キャサリンは、まるで今ベッドから起きてきたかのような印象を周りに与えていた。
まさか、この美少女が敵に傷を与えた張本人である事などは、この表情と仕草からは予測がつくまい。
だが、ケイトにとってはそんな事はどうでもよかった。
むしろ、
「あんたねぇ!?
なんで鍵の開け方ぐらい聞いておかなかったのよ!」
ごもっともな台詞であった。
そして、これが暗殺者10人を目前に語る非凡な朝の光景である。
だが、それに返ってきた声は、今の質問に無視するかのような、それでいながら充分に鋭いツッコミであった。
「敵前でそんな事暴露しちゃっていいのぉ。」
その声に、ケイトが踵を返す。
「キャサリンがこいつらの相手するんでしょ?
いいこと、全員の息の根止めなきゃ許さないからね!!」
しかし、そんな台詞でもキャサリンの応えはホエホエであった。
「うん、わかったぁ。
全員、共同墓地に埋めとくねぇ。」
ケイトは、その声を確認すると、
「クロコダイルの餌にでもしたらぁ?」
と、吐き捨てるように台詞を投げかけて、さっさと王城へ向かって行ってしまった。
暗殺者共はそれを追いたかったが、出来なかった。
足首を斬られていては止むを得まい。
だが、幸いにも目の前の美少女を殺すぐらいの気力は残っている。
果たしてその力が、吉と出るか凶と出るか。
当のキャサリンは、両手で複雑な印を結びはじめた。
精霊使い特有のしなやかな手の動きに合わせて、徐々に風が強くなっていく。
それにしても奇妙な光景だ。
キャサリンの起こした風の勢いは、決して弱くはない。
にもかかわらず、路上の小石や少量の砂はその風に煽られることなく、平静を保っている。
風は更に強く吹きはじめた。
暗殺者10人は、この風がこれ以上強くなる前に決着をつけたいのか、一斉にキャサリンめがけて飛び掛かってきた。
殺人を意とも介さぬ、冷酷な集団が。
王城前広場からは、大きなストリートが3つも伸びている。
1つは、ロード・ストリート。
この通りは、名を“君主の道”と冠しているが、その実はただのメイン・ストリートである。
左右様々な商店街、酒場等が連ねた通りを抜けると、目の前に王城が映る景色に出る事から、こんな名が付けられている。
ちなみに3つの通りの中では一番幅が広い通りで、たとえ馬車が行き交っても、まだ歩行者のスペースに充分余裕が感じられる程だ。
2つ目は、リビング・ストリート。
王国内に住居を構える、国民の家が連ねる住宅街の通りである。
住宅街とは言っても、一般住民区域、魔法街区域、共同施設区域、護衛団施設区域、貿易区域等といった様々な区域が存在する場所で、王城、寺院の次に重要なストリートと言われている。
ただ、これだけ多くの施設が存在する故か、闇商法を行っている場所でもあるというのは、王国内の者にとっては皮肉な話だ。
そして、最後の3つ目が、今、ドールとイヴの歩いているこの通り、ソルドバージュ・テンプル・ストリートである。
このストリートの名である“ソルドバージュ・テンプル”とは、このシャンテ=ムーン大陸最大の寺院の名を指している。
王城前広場からこの通りを抜ければ、迷わずソルドバージュ寺院に着くのでこんな名が付いていた。
寺院の方は、大陸最大と銘打つだけあって、王城より一回り小さい程度の巨大さである。
「話には聞いていたけど、壮大なスケールね。」
イヴが素直な感想を口にしていた。
ここも王城前と同様に広場があり、その場で述べた感想であった。
もっとも、広場自体は王城前ほどの広さではないが。
広場を見渡すと、城下町から外に出る為の北門と東門に通じる道が、寺院の両端から広げた腕のように伸びていた。
他は、今来た通りを除けば道は無く、様々な店が軒を連ねている。
女性専門衣服店“ミ・レミア”。
インテリア小物店“ソファーテ”。
家庭用園芸店“ポート”。
そして、目的の喫茶店“アリサ”もあった。
「こちらです。」
ドールが差し示した。
その喫茶店は、レンガ造りの建築によるものだった。
赤茶色をベースにした喫茶店の周りには、観葉植物が美しく生えていた。
鮮やかな緑色がレンガ造りの喫茶店に見事なほどに似合っている。
「素敵なお店ね。
気に入ったわ。」
「きっと、ここのマスターの事も気に入ると思いますよ。」
ドールは、“営業中”と書かれたコーヒー・マークの札の掛かっているドアを開けて中に入った。
香り豊かなコーヒーや、軽食メニューの焼き立てのトーストのいい臭いが鼻を刺激する。
どうやら、喫茶店“アリサ”は満員のようであった。
空いている席は、カウンターにわずかに3つ残すのみである。
「いらっしゃいませ。」
女性の店員の声が聞こえたが、さて、どうしよう。
聞かれてはまずいような話をするには、最悪の状況と言えた。
店にとっては実に皮肉な話である。
だが、その女性の店員の次の台詞は、ドールとイヴにとっては実に都合のいいものであった。
「マスターが奥の小部屋でお待ちしてます。」
それは、ドールが来る事をあらかじめ予知していたということなのだろう。
「ドールさん、アリサさんってフォーチュンテラーなんですか?」
「いえ、ハイ・プリーステスです。
おそらくは、彼女は神からのお告げを得たのだと思います。」
フォーチュンテラーとは先見の出来る予言者の事で、ハイ・プリーステスとは高レベルな神聖魔法を行使出来る尼僧の事である。
ちなみに、フォーチュンテラーはガーディア王国内にはわずかに3人しか存在せず、ハイ・プリーステスにいたっては7人のみとされている。
つまり、どちらにせよ並みな実力者ではないのだ。
ドールは『信用できる』と語っていた。
今はそれを信じるしかない。
「じゃ、入りましょう。」
ドールが声を掛けると、イヴは静かに頷いた。
カウンターの裏へとまわり、“従業員以外立入禁止”と書かれた札の掛かっているドアを開け、中へと入る。
そして、その後すぐに、モーニング・セットを食べ終えた一人の優男が、席を立っていた。
「ありがとうございましたー。」
店員の明るい声が、店内に軽く木霊した。
優男は、その声に合わせるかのように、左手に持っていた小さなハープの弦を、一本軽く指で弾いていた。
無意識に起こる癖なのだろうか。
不思議と弦の音は響かなかった。
「さて、仕事に行くとしますか。」
なにげにつぶやいた一言が、店員の耳に届いたのか、
「頑張って下さいね。」
と、励ましの言葉を頂いてしまった。
優男はニッコリ笑って見せ、
「どうも。」
と言うと、外に出て店の裏手へと足を運ばせた。
これから仕事をする為に。
カウンター奥にあった部屋は、従業員の更衣室も兼ねた休憩部屋であった。
従業員の全員が女性な為か、この部屋の美しさの基調は、実に暖かで且つ穏やかであった。
着替えた服を収納するロッカーは木製で、それには暖かみを感じさせる草花の彫刻で飾られていた。
テーブルと椅子もまた木目調が美しく、レンガ造りの建築物に見事にマッチしていた。
窓は、店の裏手に面した庭を映しており、空調をしている程度に、申し訳なさそうに少しだけ開いている。
レースのカーテンが、緩やかな風に揺れていた。
そんな女の子の部屋の扉を、ドールは軽くノックした。
「どうぞ、開いてますよ。」
可愛らしい声がノックに応えた。
「失礼します。」
丁寧に入ったドールを先頭に、イヴも後から入る。
そこで、まずイヴが立ち止まってしまった。
その場にいた美少女を見て。
淡いピンクと白を基調にしたワンピースにエプロンを着たその様は、実に可愛らしかった。
黒い瞳には深い青の色が入っており、他の人種との混血のようであったが、色白の肌にはこれ以上ない程に似合っていた。
「二人共、どうぞ座って。
今、美味しいコーヒー入れますから。」
そして、何よりもこの声。
もし、この美少女がこの声で男性に言い寄ったとしたら、たとえどんな男性であろうと骨抜きになるに違いない。
「そちらのドールちゃんのお供の方も、どうぞ座って下さい。」
「・・・あ、は、はい。」
声を掛けられて、ようやく我に返ったイヴであった。
同じ女性同士であるというのに、この美少女と一緒にいると、こちらの気がおかしくなってしまう。
イヴが半ばボーッとしながら席に座った時には、コーヒーは既にテーブルに用意されていた。
だが、こんな美少女と一緒にいては、コーヒーはあっても無きに等しい状況である。
もはやそんな事などどうでも良かった。
イヴは、ボーッとなりかけていた頭を必死に立て直すと、キャサリンって名乗っていた美少女も、あのホエホエがなけりゃ完璧なのに、と思っていた。
「お待ちになっていたと、従業員の方から聞きましたが・・・。」
早速、ドールが話を切り出した。
どうやら、イヴのようにボーッとはなっていない様子である。
人形故にと言うより、普段から顔見知りだからだろう。
「ええ、でもその前に、お互い自己紹介といきたいわね。」
と、ここの美少女店長は、可愛い大きな目でイヴを見た。
思わずイヴが焦りを見せる。
「あ、あの・・・私、イヴと言います。」
「私はアリサ、よろしくね。
ついでに言うなら、ケイトとは良き親友なの。」
その一言で、ドールが顔見知りだという理由はハッキリした。
もちろん、『信用出来る』と語っていた事も。
「あなたが、“禁断の果実の種”の持ち主なのね。」
「ハイ・・・。」
母親のような優しい声色でのアリサの問いに、無垢な子供のように応えるイヴであった。
イヴは素直に感じていた。
如何なる悪人でも、彼女にこのように問われては、必ず全てを暴露するだろうと。
彼女の前で、隠し事は不可能だと。
「禁断の果実の種?」
疑問符をつけたのはドールの声だ。
「ええ、その名の通りの、この世にあってはならない禁断の種。
その種から生まれた果実を食した者は、無敵の破壊神になるわ。
古代の記録を残した書物のうちの1つ“壊魔の書”に、3つの王国を滅したと記載されてるの。」
「その後、その果実と破壊神はどうしたのですか?」
「残りの果実は全て木からもぎ取られて行方不明になり、木は魔法で抹消されたそうよ。
破壊神については、どうやって殺したとかいう記録は残念だけど詳しくは載ってないの。
ただ、薬物で殺したとだけしかね。」
「・・・。」
ドールは沈黙に入った。
アリサが一息ついてコーヒーを口にしたところで、ドールも少し飲んだ。
どうやら、人形でも食する事は出来るようである。
味覚をも備えているのかもしれない。
「私の神のお告げが確かなら、その種はこの王国にとって災いをもたらすもの。
至急、処分しなければならないわ。でも・・・。」
「でも?」
「その種・・・処分できるかしら?」
アリサの、実に奇妙な疑問であった。
果実の種なら、燃やすなりなんなりと出来そうに思えるのだが。
しかし、そんな奇妙な疑問の声が上がっても、ドールとイヴの表情は真剣そのものであった。
なぜなら、ここは剣と魔法の世界である。
鉄より硬い果実の種があっても、何ら不思議ではない。
遥か北に位置する大陸“コース=ト”には、マイナス40℃の極寒にも耐える“冷華”が生えている。
ちなみに、この植物の種は絶対零度にも耐える特別な殻を有しているという。
熱帯雨林の多い南方の大陸“パナマ=ラマ”に存在する、“メイキング・ロープ”と呼ばれる植物の種は、水たまりに落ちた瞬間、約10mも長く伸びて急速成長する。ツタに属する植物らしい。
こんな風に、様々な植物が存在する世界である。
たとえ、燃えない種が存在したとしても奇妙な事はないのだ。
そして、この“禁断の果実の種の処分”こそが、ケイトの受けた仕事の依頼なのである。
アリサが疑問に思っているという事は、この種の処分方法は、アリサの信仰する神には分からなかったのだろうか。
「神に問いかけてみましたか?」
ドールの、当然のような問いであった。
「えぇ、問うてみました。
が、種を破滅するには、3つの品を錬金術にて調合させた特殊な薬品が必要なようです。」
錬金術のエキスパートなら、ウェストブルッグ家には適任の人物が一人いる。
術を行使する者についての問題はないだろう。
それよりも問題なのは・・・。
「その3つの品とは何なのですか?」
イヴが、ようやく口を開いての問いであった。
なるべく、アリサとは目を合わせないように努力している。
ある意味では失礼かもしれないが、その美しさに惚けてしまうよりはいいのかもしれない。
「1つは、寺院にて清められた聖水。
これは簡単に入手可能です。
2つは、ブレッグと呼ばれる真紅の花。
これは高山植物の一種ですが、現在数が品薄しており、入手は困難かと思われます。
そして、最後の3つは・・・。」
「フォルターっていう麻薬ですよ。」
先程までは気配の無かった裏庭から、陽気な優男の声が聞こえた。
「貴様、いつの間に・・・!」
イヴが、驚愕した表情を露に席を立った。
もう、この街にたどり着いたの?とでも言いたげな声を上げて。
その男の出で立ちは、実にラフなスタイルをとっていた。
左手に持つ小さなハープが大きく見える程に、背負っている革袋ですら小さめであった。
一見ローブに見える服は、どうやらソフト・レザーという柔らかめの革鎧らしい。
そして、その服の上に見える様相は、ニコニコと陽気に笑う優男そのものであった。
だが、そんな優しげな表情の男に対して見るイヴの瞳は、恐怖の相となっていた。
「あの方は何者ですか?」
裏庭に現われた異性の存在に対して、2人は悲鳴も上げずに冷静に見据えていた。
その中での落ち着いたドールの声にイヴがか弱き小鳥の声で語る。
「フォルター男爵の側近の1人。
デッド・シンフォニーのルクターです。」
イヴの声に、ルクターと呼ばれた男はニッコリと笑みを浮かべた。
そして、ルクターはハープの弦を1本だけ、軽く指で弾いた。
すると、先程の店員の『ありがとうございました』という声が、裏庭に小さく響いた。
「これは“複製の弦”っていいます。
面白いでしょ?
イヴさん、素直に種を渡してくれるなら、他の弦は弾かないであげますよ。」
優しげな、暖かな声での脅迫であった。
だが、そんなルクターの声に呼応するかのような優しげな声は、恐怖という言語を知らない、あどけない美少女の声であった。
「私は是非、他の弦の調べを耳にしてみたいですわ。」
あくまでも丁寧な、そしてはっきりとした口調で人形娘ドールは語っていた。
それは、ルクターに対する戦線布告のようであった。
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