第3話
時が経つにつれて、ようやく日差しが暖かく感じられるようになると、王城前広場は次第に人の姿が多く見えてくる。
巨大な公園をイメージさせるこの王城前広場は、中央に“水瓶を抱える美女”と題された像を中心に噴水を構えた、美しい広場として非常に名高い。
更に広場内には、様々な自然施設がある。
子供たちの遊び場として設けられた“トバの芝生”は、多種の昆虫群が嫌う植物で出来ており、その植物自身かなりの生命力が高い事から、正に芝生には適応な植物といえた。
故に、たとえそこで寝そべっても、奇妙な害虫等に冒される心配はない。
広場のいたるところに植えられた“アラグの木”は、防風林としての役目だけでなく夜の公園を美しく彩ってくれる。
この木の実は夜になると、ボウと、淡く優しく輝く夜光性の実で、主に冬に実が多くなるという。
その為か、この木は天然のクリスマス・ツリーとまで呼ばれており、国民にとても親しまれている。
そんな、美しく優しい広場の一角で、異様な空気が支配していた。
そこでは、1人の女性が5人の男性に囲まれていた。
その者たちの出で立ちは、囲まれている女性も囲んでいる男性も全く同様の軽装さである事から、同業者のように思える。
男性陣の方は、全員がダガー(短刀)を手にしていた。
「ったく、しつこいわね。」
囲まれていた女性が、周りに吐き捨てるように言った。
「いいかげん観念しな。
あんたがあの“種”を手に入れてきた事が不運だったんだよ。」
5人のうちの一人が奇妙な事を語った。
「さあ、さっさと“種”を出しな。
そうすりゃ、また元の鞘に収まるってもんよ。
ギルドとしても腕ききのアンタを失いたくはないんでな。」
やはり同業者のようであった。
ギルドとは、おそらく盗賊ギルドの事だろう。
ギルドとは組合の様なもので、種類は職業の数だけあると言われている。
当然の様に、こういった事業制度は裏社会でも古くから確立されており、スリや強盗等の盗賊共でも、盗賊ギルドと呼ばれる組合が存在するのだ。
内容は鍵の外し方や罠の仕掛け方等の初歩的な内容の教育から、証拠隠滅、暗殺方法のテクニックといった上級レベルな教育、そして盗みなどを犯した者たちの保護等と、実に様々な悪徳事業を展開している。
事を荒立てたくないのか、男は落ち着いた口調で語っていた。
しかし、それでも返ってきた女の声は冷たかった。
「おとといきな。」
「このアマァ、下手に出りゃぁいい気になりやがって。
殺せぇ!」
5人のうちのリーダーらしい男が叫んだ。
彼等の手に持つダガーが、血に飢えて光る。
これに対して彼女は、腰に帯剣していたショート・ソード(短剣)を抜き、返り打ちにしてくれようと構えた。
が、その時、
「か、体が・・・!?」
彼女の体が、剣を構えた瞬間に硬直してしまった。
今になって気付いたが、彼等5人の背後に1人、影のような漆黒のローブをまとった者がいた。
魔法使いだろう。
おそらくホールド(固定化)の呪文。
「くっ、卑怯な・・・!」
「卑怯?
いいや、これが戦闘の常識よ。」
男はダガーを持つ手に力を入れた。
「死ねぇ!!」
正に絶対絶命と思われる場面であった。
しかし、その時、
「グアッ!?」
と、急に男が呻いた。
いや、その男だけではない。他の4人も。
そして、漆黒のローブをまとった魔法使いまでもが、呻き、苦しんでいた。
硬直して動けなくなってはいるが、先程魔術師が発動させた魔法と比べると雲泥の差がある。
女性は硬直しただけであった。
だが、6人は硬直して尚且つ苦しんでいる。
その場に現われたのは、小柄でスリムな美少女であった。
ビロードのサテン・ドレスを着ていたその美少女は、これから買い物なのか左手に少し大きめの篭を持っていた。
愛らしい美少女の、長くて美しい金髪が初秋の風に揺れている。
やって来た方角は、魔法街であった。
一度に6人もの人間を硬直させ、苦しめたのはこの者・・・いや、この美少女の仕業なのか。
「申し訳ないですが、その方は私どもの客人です。
危害を加えるつもりでしたら、まず私がお相手致しますわ。」
その美少女は、硬直させた6人の人間に対して、あくまでも丁寧に語った。
そして、硬直している女性のもとへ近寄る。
「今、その呪文解いてさしあげます。」
美少女が、硬直している女性へ優しく声をかけると、可愛い手を女性に向けて軽く指をパチンと鳴らした。
すると、美女は一瞬体をふらつかせたが、元どおり自由の空間を取り戻す事ができたのである。
呪文すら唱えず、一瞬にしてこれらの行為をたやすく行使できるのは、広大な王国内といえどほんの一握りしかいない。
「ドール・・・!!!」
6人のうちの魔術師が、驚嘆の意をこめて声を出した。
ウェストブルッグ家の人形娘は、悪人側でも有名人であった。
魔術師のその声に、他の5人も共感する。
「ま、待ってくれ。
あんたのとこの客だなんて知らなかったんだ。
本当だ!!!」
先程までは威勢のよかったリーダーが必死になって弁明しだした。
ウェストブルッグ家を敵に回した者の末路は、闇の世界の者にとっては常識中の常識である。
「では、こちらの方を狙った理由をお教え願えますか?」
「そ、それは・・・。」
「フォルター男爵からの依頼ね。」
おそるおそる語ろうとしていたリーダーの声に合わせるかのように、戒めを解いてもらった美女、イヴが淡々と語った。
その声に、ドールはイヴがかなり以前からその人物に付け狙われていたのだろうと確信していた。
「フォルター男爵とは・・・?」
「あなた方はかかわらない方がいいわ。」
「そうはいきません。
あなたは魔術探偵の大切な客人です。
もしもの事があっては、ケイト様の顔が立ちません。」
ドールのこの台詞に、意思の強い瞳を感じたイヴであった。
この美少女が人形である事など、誰が信じられるだろう。
イヴは『ハァ』と軽く諦めのため息をつくと、
「話す前に、こいつらどうにかしない?」
と、とりあえず邪魔者6人の始末を優先願った。
「そうですわね。」
ドールも同意すると、ドールは美しい手を軽く振って、人差し指で護衛団本部のある城門を指した。
すると、硬直していた6人は、その指先に従うかのごとく、ゆっくりと城門へ向けて歩き出したのである。
相手の動きを奪い、尚且つ操る魔術。
これがドールの魔術であった。
「凄いわね。
魔術師を含む6人をここまで見事に操れるなんて。」
イヴの正直な声が、広場内に小さなベルのごとく鳴った。
ドールは目線をイヴに移し、こちらも正直に、そして丁寧に語る。
「私がドールと呼ばれている理由は2つあるんです。
1つは、私が人形であるという事。
そして2つ目は、私が相手を人形のように操れるという事。
ですから、私の事を知っている冒険者さんなどは、“人形使いのドール”と語っている方もいますわ。」
「なるほどねー。」
イヴは、納得したような、感心したような声色で語った。
だがイヴは、この“人形使い”の言葉の意に、恐怖の念までもがこめられたもう1つの語意がある事などは、当然ながら知る由もない。
そして、それ故に人形娘の製造技術を闇に封じた事も・・・。
「では、美味しいコーヒーでも飲みながら、ゆっくりお話しませんか。」
ドールのこの突然の声に、イヴが目を丸くした。
まさか、人形娘からお茶のお誘いを受けようとは。
イヴはクスッと笑った。
小気味よい笑みであった。
「いいわね。
どこか美味しいお店知ってる?」
本来なら、敵に悟られない為にもこのお誘いは断わるべきであった。
だが、それができなかったのは、先程のドールの強い瞳を感じたのと、なによりこの美少女が人形であるという事を忘れさせる程の、人の暖かさを感じていたからだろう。
そしてドールもまた、イヴの気のいい返事に丁寧に応える。
「ソルドバージュ寺院通りへ行きましょう。
寺院の向かいに、アリサさんっていう美しい女性が経営してらっしゃる喫茶店があるんですよ。
もちろん、信頼できる方です。」
「じゃ、そこにしましょう。」
イヴの声に、反論の色は少しとしてなかった。
それはドールの事を完全に信頼しきっている、安堵の声であった。
ケイトが自宅に帰り、魔術探偵用の玄関から中に入ると、奇麗にかたずけられた応接室のテーブル上にある、奇妙な鉄製の箱が目に入った。
「なんだろ?」
悪趣味なプレゼント・ケースだなと思いつつもその箱に近寄ると、箱の傍に羊皮紙も置かれているのに気付いた。
それには、以下のように書かれていた。
『イヴっていう人がこれ置いていってね。
中にある“もの”をブッ壊してほしいっていう依頼だったんだけど、鍵の開け方聞くの忘れちゃったー。
ゴメンネ、お姉ちゃん。ガンバッテネー!
とっても可愛いキャサリンより♡』
なるほど、見れば確かに箱にはシッカリと鍵がかけられているではないか。
体中の血管全てが思いきりよく切れたのを感じたケイトは、一言、
「あの、万年ノウ天気娘はー!!!」
と、元気に吠えていた。
そして、突如ガックリと肩を落とすと、
「今日は大凶なんだわ、きっと。」
と、自分を慰めるように語っているケイトの姿がそこにあった。
もちろんのこと、それが祖母ベレッタの本日の占いの結果の一端であり、その災いの基が、この鉄製の箱の中味であるという事などは、今の段階では予測不可能であった。
それから何十分過ぎただろう。
箱には、様々な開封の呪文を試みたが、一向に箱が開く気配はなかった。
アンロック(開封)の呪文はもちろん、東方の地から伝わったというタオ(呪符魔術)までをも行使してみたのに開かないなんて。
「仕方ない。
アイデンティファイ(鑑定魔法)で鍵の鑑定でもするか。」
一向に箱が開かなくても、自暴自棄にならないところはさすがに22歳のお姉さんであった。
100件以上の依頼をこなした実績は伊達ではない。
魔力を自らの目に集中させ、鍵をみつめた。
その結果、出た答えとは
「え?
これって上位古代語の魔法で鍵かけてるの?」
鑑定の結果は、古代に使われていた上位言語で魔鍵をかけたものであることが分かった。
これなら、たしか以前にアルバイトで古代語呪文の解読をした中にあったのを覚えている。
「よし、箱持っていって向こうで開けよう。」
向こうとは、城内にある王宮魔法陣の事らしい。
先程出向いてきたばかりだったが、今度はこちらの仕事の用件である。
グチッていては仕事は成り立たない。
それに・・・。
「もう一回、同じ場所に行かなきゃいけないなんて・・・。」
再びバサッとローブをまとい、玄関を開ける。
そして一言語る声は『やれやれ』とでも言いたげな、気の抜けた声であった。
「やっぱり今日は大凶ね。」
バタン!
と、ちょっと強めに玄関が閉まった。
とりあえず箱を開ける算段が見つかったので、怒りはこの程度で済んでいるようである。
箱は大きめの皮袋に入れていた。
その頃、とある場所では、
「ちぇっ、箱開ける手段見つけちゃったか。
つまんないなー。」
という、ホエホエな声が、ケイトの耳には聞こえる事のない場所で出ていた。
そしてケイトと言えば・・・。
「申し訳ないが、その皮袋の中味を渡してもらえないか?」
玄関を出て数分のところで、黒づくめの衣装をまとった者たち10人に囲まれていた。
『アサッシン(暗殺者)たちか。』
プロの暗殺者たちに囲まれ、ケイトは声に出さずに疲れた思いにふけっていた。
そして、今日が大凶であるという事を、改めて思い知らされていたケイトであった。
だが、そんな中、ケイトとアサッシンたちの聞こえない場所で、
「あっ、面白そう。
あたし、お邪魔してこよーっと。」
という、常識外れな台詞が風に揺れていた。
その声は、アサッシンたちにとっての、死の予告の声であった。
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