月明り

 靴擦れで、赤くなった足。足が痛くて上がらないのを無理やり上げて、玄関に上がる。

 今日、奏人は家にいるらしい。玄関には、大きな靴が転がり落ちており、部屋には気配がある。

 洗面所でアクセリーを取り、自分につけた化けの皮を剥がしていく。派手に着飾る。中野といる時は、きれいじゃないと駄目な気がする。

 

 中野からのたくさんの着信。


 サヨナラを告げれば、私達は、また曖昧に会ってしまうだろう。中野も私を追いかけて来るだろう。


 


 奏人の部屋を覗く。

 もう寝ている背中。奏人の背中を触りたい。そっと、ドアを開け、そっとしゃがみ、奏人の背中に触れる。大きな背中が温かい。





「ごめんね」

 不意に出た言葉と涙。


 情けなくて、汚い自分が許せない。これも独りよがりだってわかってる。

 うすく開いたカーテンの間から、満月が見えた。優しく、暗闇全体を照らすあの光の方が花火より綺麗な気がした。人が作るものよりも、本来ある物の方が綺麗な気がした。




 奏人が振り向く。

「どうした?」





「もう別れよう」





 別れようの一言が言えなかった。奏人にすがっていたかった。曖昧にしてきた言葉を今、やっと言えた気がした。




 奏人が起き上がって切なく笑う。



 奏人が私の手を握る。



 ずっと奏人を避けてきた。



 奏人の手の温もりが懐かしい。



「気づくのが遅すぎた」

 奏人は、そう言った。



 月明りに照らされる、奏人の目が綺麗だった。吸い込まれそうな目で、奏人はそっと私を見据えている。

 白でも、黄色でも、オレンジでもない柔らかな自然の光。強く発光してないのに、部屋は明るい。



 自然と合わさる額と額。



 奏人の思いが自然と伝わる気がして、安心する。



 やっと触れられた奏人の背中。奏人の手。




「ありがとう」

 黙って頷く奏人。私の頬に触れる懐かしい手。その手を握る。

 このままでいたいと、目を閉じる。私達を照らす月明りが少しずつ傾きを変えていく。


 中野といる時のような時間の激しさなんかなく、この世の時空が変わってしまったかのような時間が流れている。




 私達がこれから先、どう歩んでいくのかは、分からない。


 別れようの言葉と裏腹に、この時間が止まればいいと、この時は願った。

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