散る花火

 夏は、もうすぐ終わる。





 バーン



 バーン



 バ、バーン





 大きく華やかに夜空に咲いては、散っていく花火。きれいなものは一瞬で散っていき、チリ、チリという寂しい音だけが後に残る。


 小、中、高生は、もう夏休みが終わる。


 花火の、1番綺麗な、1番いい所で席を立つ。それを不安そうに見上げる彼。


「トイレ」

 それだけ言って、私は少し離れた所に設置された簡易トイレへ行く。長い行列に並ぶ。行列から、見える花火のほうがよっぽど綺麗に見えるのは、何故だろう。


 小綺麗に着飾り、ネックレスなんてしちゃって、女を見せる私に、うんざりしている。でも、それをやめられなくて、欲望に負ける。愛されたいが勝つ。

 だけど、後から、虚しさが黒い雲のように私の心を覆い尽くして、私は間違っている、と、心に黒い雨を降らせる。間違っている自分を認めたくないから、人のせいにする。私がこうなったのは、人のせい。辛かったから、苦しかったから、そうやって言い訳をする。抜け出せないから、言い訳をする。




 奏人に会いたい。奏人が綺麗な笑顔で側にいてくれる事が幸せだ。奏人は、いい人だった。間違っている道をどんどん行く私は、どうしようもない。先週の出来事が頭から離れない。奏人とまた一緒にご飯を食べてゆったりと、過ごしたい。



 大空に散るこの花火のようにどうしようもない私を消し去ってくれたらいいのに。



 もう奏人を触れられない寂しさを、私は、また中野で隠すのかな。




 電話が鳴る。出たい。出れない。携帯を握りしめる。LINEを送る。


『電話出れなくて、ごめん。今、友達と花火大会』


 友達…。嘘でも、本当でもない。中野と私は、友達? 恋人? セフレ…。


 居酒屋でバイトしてた頃、ある高校生の女の子が色々な男性と関係を持っている話をしていた。セフレについても語っていた。身体の関係の繋がった友達___。

 まだ幼い顔をしたその女の子は、わるびれもなく堂々と話をしていた。危なかっしくて、まだ幼い少女そのものなのに、もう女という武器を持っていた。当時の私は、その子の事を理解できなかったけど、今なら分かる。

 

 5分後返信が来る。トイレの行列はまだ長い。

『そっか。楽しんできてね。桃香、また来週、ご飯食べに行こう。俺さ、いい所見つけたんだ』


 安心感と罪悪感。LINEの言葉を噛みしめる。奏人とのすれ違い生活は、今まで通り変わらない。でも、あの回転寿司から、挨拶程度はするようになった。ご飯の話もする。いい距離感の友達みたいな感じになってきた感じはする。


 今更、戻れない。戻りたい。


 トイレの長い行列終わりは見えない。

 周りの人の頬の色が赤や青に染まる。みんなが笑顔に見えた。出店へ向かう人、見上げながら恋人同士歩く人、吠える犬を抱っこしている人、みんなが笑顔に見えた。

 自分だけが夜の闇に残されていくような、寂しい気がした。


 




 トイレへ行った後、私は、河川敷を1人歩いていた。もう元には戻れない。どうしたら良いのか分からない気持ちをどこへ向けたらいいのか、分からない。

 水が揺れている、川の音がする。

 中野の所へもう戻りたく無い。惰性だせいに流れて私達はまた関係を持つだろう。



 電話が、鳴る。トイレが長い私を心配して鳴る電話。出たくない。もう、いい。投げやりな気持ちと共に、パンプスが足から離れる。



 斜めになっている河川敷を降りて、川の方へ向かっていく。少し離れた花火の光が水面にひらひら映っている。草とか泥とか気にしない。浴衣を着ていなくて良かった。

 今日、浴衣を着なかったのは、私なりの小さな抵抗。



 人気のない場所で1人、花火を見る。こっちのほうがよっぽど綺麗だ。



 クライマックスのアナウンスが遠くで響く。

 そのアナウンスと共に私は立ち上がり、河川敷をよじ登り、走っていた。




 ありがとうと、ごめんなさいの言葉をLINEに残して、走っていた。



 もう、夏が終わる。鈴虫の鳴き声が、か弱く聞こえる。そよ風にすすきが揺れている。




 中野からキスをされた日から、私は、奏人を触れられなくなった。逃げようと思えば逃げられた場面で、私は、逃げなかった。奏人との関係も上手くいかなくて、投げやりだった。愛されたかった。あなたが私をグシャグシャにしてって思った。他の男じゃなく、中野だったらいいと思った。恋愛のようで恋愛じゃない自分勝手な感情が渦巻いた。


 中野と関係を持ち、抱かれたあの日、私は、全てが上手くいかなくて、生きているのも、呼吸するのも辛かった。自分の人生をメチャメチャにしたくなった。気づいたら、中野に連絡していた。また連絡すれば中野を傷つけるって分かっていた。終わりにしなきゃって思っていたのに、何かにすがりたかった。前みたいに笑って、愚痴でも言ってみたかった。

 中野を目の前にしたら、身体だけは欲求にまみれる醜さが溢れ出て来た。奏人に触れられない悲しみもあった。

 何もかもどうでも良かった。全てがどうでもよくて自分の事しか考えずに全部を中野にぶつけた。あなたが、奏人を触れられないようにしたんだよって、思った。全てが上手くいかない苦しみと共に、あなたも一緒に落ちてくれる? 私と一緒に壊れてくれる? って思った。身知らずの男性に抱かれるくらいなら、中野がいいと思った。中野を壊したのは、私だ。

 この日から、心は奏人にあるのに、身体は中野を求める都合のいい女になった。中野と会う期間が空けば、身体が中野をちゃんと求める。でも、毎回のように襲う虚しさ。中野も奏人も選べない苦しさや、生きることも、死ぬことも選べない苦しさがあった。

 私が悪いって分かってる。言い訳並べて、被害者のような顔した私が大嫌い。





 進んでいく季節。戻ることのない季節。私は、もう一度が、もう来ないように駅まで走っていた。駅まで、40分くらいある田舎の砂利道を靴擦れしながらひたすら進む。


 

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