友達失格
◇◇◇
「自分を大事にして」頭を撫でてやりたい気持ちをグッと堪えてモモに言った。
「奏人は、同居人になった…」
「…」頭に大きな落雷が落ちた気がした。
「…ごめんなさい」何に謝っているのか分からない。
「…モモはそんな状況で、ずっと耐えてるの?」
モモは苦しい家に帰り、職場に行き、実家にも心が向かない。そんな日々を過ごしていた。
「…」
それでも、須郷さんと離れない。俺はモモの事が理解できないけど、理解できる。
「モモは、バカだ…なんで逃げない…俺にもっと早く言わない…? なんで辛いって言わない?」
そんな状況でもモモが俺を選ばない理由は、須郷さんがモモの心の大半を占めているから。それが、分かると余計に辛い。
「中野を傷つけたくなかった…」
「もう…、もう、十分に傷ついてるよ…何よ、今更。今だって傷ついてるよ。こんなボロボロのモモ見て、ずっと側にいれないのが辛い。なんで、須郷さんとこいんだよ…なんで早く俺に相談しない…? 俺の気持ち知ってて。なんだよ。モモはずるいよ…躍起になるなよ…簡単に、俺に身体を差し出すなよ…俺なんかにさぁ…俺だって男だし、冴えないかわいい男の子じゃないし、さ。皆の思うなかのんじゃないんだよ。俺は。好きじゃないなら、さ…なんだよ…」
俺も酔っ払っているのか?いいや、俺はお酒を飲んでいない。思ってる本音がつい出てしまう。相談しろと言ったり、離れろと言ったり、
「………大切な人だから…」
「…大切だからってさ、逃げろよ。俺から」
「中野しか友達がいなかった…」
「…バカかよ。バカげてる。アホだ。本当に不器用な奴だ…中学、高校の友達がいるだろ?大1の時みたいに俺を思いっきり、避けろよ…」
「中学、高校の友達…中学の友達は、連絡わからなくなって音信不通。高校の友達は、うつ病になった。中野を避けてた時、辛かった。いつも1人」
確かに、モモは1人だった。人といても疲れて、講義室の端で人を避けるように読書していた。周りに人がモモを囲ったってモモの心の中はずっと1人ぼっち。モモを大事に思う人もいるけど、モモの心の壁は厚い。その壁を突破できた俺は特別だと思っていた。それを今まで嬉しいと思ってた。でも、今はモモにもっと気の知れた友達がいたらと、思っている。俺以外に友達がいたら、モモは俺とこんな事にならなかったんじゃないかって思って思った。
「…なんだよ、それ。モモは誰に相談して生きてきたんだよ…。なんだよ、なんで友達いねぇーんだよ」
俺にだって友達はいる。高校の時の冴えない仲間たち。モモが俺を導いてくれたから、大学ではそれなりに友達も出来た。
「…」
「…なんで周りに人いんのに1人で生きてるんだよ…モモは…モモは…俺もいるから…」
「…中野が、良かった。中野だったら良かった」
「なんだよそれ、意味分からない」
人に対して、こんな口調を使ったことはない。吃音だったから、いつも丁寧に言葉を紡いできた。モモを前にするといつも俺はだめで、怒ったり、泣いたり、喜んだりしてしまう。
「…私で、ごめんね。今までありがとう」
何かを覚悟しているみたいな、淡い言葉。俺が目を離した隙にこの子は本当にどうなってしまうんだろうという恐怖。
「死ぬみたいな台詞言うな。死なせないし」
「死にたいのに、死ぬ勇気がない」
「それでいい」
「…」
「モモが好き。友達でいい」
よくドラマやバライティで2番で良いとか言う女いたけど、俺はそれを軽蔑した目で見ていた。1番がいいだろうって、2番でいいってなんだよって思ってた。だけど、今はその気持ちが分かる。俺の気持ちを押し殺して友達のままでいたっていい。モモが望むならそれでいい。一緒に泥沼を歩いて、モモが幸せになるならそれでいい。
そんな俺をモモは引っ張った。モモは俺にまた口づけをした。
「今日のモモは大胆すぎる。男にそんなことしたら駄目だ」俺は力なく笑った。
「…」
「モモ、後悔するよ。モモは自分を大切にしなきゃいけないんだよ…」
「…」
「なんで、なにも言わないの?モモが好きな人とこうなるべきだよ」
「…」
「モモ?」
モモは何も言わずにキスをする。
瞳の奥が黒く静かに澄んでいた。私と泥沼の道を歩んでくれる?と、言っているようだった。
俺は望むのを辞めたのに、どうしてモモは茨の道を行く?
止まらないモモを抑える事は出来なかった。欲しくて、欲しくてたまらなかった物が目の前にあるのに、嬉しいはずなのに悲しい。痛々しいモモが切ない。
俺の身体は喜んでいて、心は泣いている。俺でいいのか? モモは俺が本当に好きか? モモは悲しくないか?辛くないか?
モモは心の寂しさを俺で埋めようとしている。モモには、寂しさの埋め方が分からないんだ。こうすることでしか、自分の存在を確認出来ないんだ。モモにもっと善良な友達がいたら良かった。俺は友達失格だ。
モモの柔らかく白い肌を触っていく。
モモの
ずっと心の痛みを隠してたんだな。自分を傷つけたくて、死にたくなくて、でも、死にたくて太ももを切っていたんだな。生きようと踏ん張って、太ももに留まっていた。夏の時期、人目を気にして太ももを切っていた。腕じゃ見えるから、隠していた。
今日だけじゃなかった。考えたくない、考えたくない。こんなの、今、知るなんて。こうなって知るなんて。俺が離れている間に、こんなに自分を傷つけてしまっていた__。今日はとうとう腕を切ってしまった。辛い。苦しい。悲しい。
これぐらいなら傷は残らないだろうか。この肌にこれ以上傷はつけたくない。
モモの大腿を撫でる。どうか早く治りますように。もうこれ以上傷つけませんように。
モモが俺の身体を激しく求めている。俺はどう応えたらいいのか分からない。ずっと、モモが好きだった。好きだったからこそ思う今の寂しさを、俺もまたモモで埋めるしかなかった。
モモの寂しさを埋められますように。モモが笑っていられますように。
俺はただ、モモに身を任せた。俺にとっての初めては、胸の奥が締め付けられる思い出となった。甘くて、幸せで、快感であると思っていたけど、胸が締め付けられて苦しくて、欲求だけが独り歩きして
俺も心の奥ではモモを激しく求めている。ずっと待ってた。なのに寂しくて、モモが目の前にいる喜びもあって、幸せもあって…俺の感情もグチャグチャだ。本当にグチャグチャだ。好きな女がいるのに幸せにできない。好きな女が目の前にいるから興奮している。好きすぎて、グチャグチャだ。
俺はこの日から、モモと定期的に会うようになった。モモの身体に傷は増えてないか、モモの心は大丈夫か、毎回、確認した。
このままの関係でいい。モモが望むなら。俺はモモがいい。モモが好き。モモにとって都合のいい男でいい。
黄色く優しく俺の心を照らすたんぽぽが、いつか散って飛んでいかないように。
◇◇◇
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