俺はモモがいい
◇◇◇
モモの家なんて分からない。だけど、モモが住んでいる街の最寄り駅は、知っている。気づけば東京に着いていた。時刻は23:41。
俺はモモに電話をかけた。もう一度電話に出てくれと、願った。電話には出なかった。
わけも分からず、コインパーキングに車を止め、辺りを走って探していた。モモがそこに居るわけじゃないのに。
もう一度電話をする。電話に出ない。また電話をかける。出ない。何度もかける。
『…モモ? モモ? 今、家?』0:38にやっと繋がった。
『…』
『…モモ?』
『…うん』
『おれ、おれさ、近くにいるから会える?』
『…うん、東京の家だから、会えない』
『会えない…? えっと、その、俺、モモのうちの最寄駅まで来てるから。西荻窪まで来てるから。今、会えない?』
『…中野、来てるの…? いるの? ここ東京だよ』
『うん、東京だって分かってる。…モモ大丈夫?』
『大丈夫、平気』
大丈夫なんかじゃない。ボロボロじゃねーか。
『モモどこに行けばいい? 俺、本当に今、西荻窪駅にいるから』
『…うん。そっか、いるんだ。本当にいるんだ…。私、駅まで行く…』
俺はモモが来るまで気が気じゃなかった。ちゃんと来るのか、生きているのか。逃げてしまうんじゃないか。来ないんじゃないか。
心配で貧乏揺すりが止まらない。スマホの画面を見る。連絡はない。
顔をあげて辺りをもう一度見渡した時、ロングスカートがゆらりと揺れた人が遠くで立っていた。20分も待った。
俺は、ボロボロのモモを抱きしめたかった。でも、ボロボロ過ぎて抱きしめられなかった。須郷さんの元へ行ったモモを欲しがってはいけないと思った。
モモは「本当に、中野いた」と、ポロポロ涙を流した。
「いるよ。幻じゃないよ。嘘なんてつかないし」
「嘘だと思った。実家の近くにいるのかと思った」
「俺が嘘つかないよ。どこかで話す?ファミレス行く?」モモの前で嘘なんてつかない。モモが大事だから。
「…」
「どうする?」
「…ドライブ」
「分った行こう」
ドライブ中、モモはモゴモゴ話しをした。かつての俺を見ているようだった。いつもの軽快なモモじゃなかった。
酔っ払っていたモモは普段話さない話をした。家の事、須郷さんの事、仕事の事、全てが上手く行ってなかった。明るかったモモから想像が出来ない事だらけで、モモはそんな事を抱えて生きてきたんだと思って苦しくなった。どれか1つ良いことがあったら、モモは頑張れたのかもしれない。モモはずっと何も知らないお嬢様でキラキラしている子だって思っていた。俺にはモモの重しを抱える事は出来ない。ものすごく重たかった。
「…な、なんだか体調悪くて今日病院行った。仕事休んだ。微熱がずっと出てる。お腹の調子も悪くて。朝も起きられなくて、怠くて」
「うん」
「…わ、わたし、このままの生活だとね、子供が産めなくなるんだって。過労、イエローカードって言われた。家でも仕事ある…休日も勉強会。過労で動くのがやっとな身体なんだって」
入社3ヶ月の新人が抱える量ではない仕事を抱え、モモはギリギリだった。
「…うん」うんしか言えねぇ。かっこ悪い。
「家に帰りたくない」
「…うん」こんな時に須郷さんは、何やってんだよ。須郷さんがモモ支えるんじゃねぇーの?なんで、守ってやんねぇんだよ。俺が代わってやりたい。こんな状態なら、須郷さんにモモはやりたくなかった。
「…父親がね、浮気してて、もう、家もグチャグチャ。父親はヘラヘラして家に帰ってくるの。だから、朝帰りとか、家にいないのとか嫌になっちゃって…。奏人も嫌になっちゃって…怖いの。会話もない。私ね、おばあちゃんにも嫌われてて。今どき、長男がとかないと思うけど、長男じゃなかったから差別されて、怒鳴られてた。仕事もね、憧れた人がいる所へ入ったら、その人パワハラしてた」脈絡のない会話。モモも訳分からなくなっている。色々な事が何年も1つ1つ積み上がって、とうとう壊れかけてしまっていた。モモは、誰かに寄りかかりたいんだ。
モモを一人には出来なかった。でも、須郷さんのいる家に今日は帰せないと思った。
「モモ、何もしないから、どこかに泊まって今日は休もう」モモは黙って頷いた。
「どこか遠くに行きたい…」
「じゃあ、行こう」そう言って少し遠くまで車を走らせた。モモは途中で寄ったコンビニでもお酒を買っていた。止められなかった。そばで見ているしか出来なかった。
2:18この時間に空いているホテルはほとんどなく、モモに謝って、ラブホテルへ入った。お酒を飲むモモを見守った。
モモが目の前にいるのに不思議とそういう気持ちにはならず、モモを見てなきゃいけないという気持ちにかられた。
2:41モモがトイレへ行った。なかなか戻ってこない。
様子を見に行くと、洗面所でモモが腕を切っていた。怖くて上手く切れないと、泣いていた。血はにじむ程度。ミミズ腫れの線だらけになった腕。白い腕だから目立った。
俺は手を掴んで止めた。俺の心が痛くてたまらなかった。
俺も泣いてた。
頼る人も言える人もいなくて、SOSが俺だった。友達だったけど、友達じゃなくなったから、モモは電話口で泣きながら、「元気?私は元気。中野もいい人も見つけるんだよ。幸せになるんだよ。いい映画を見たら泣けてきて、中野に幸せになってもらいたくて電話しちゃった」って変な電話を俺にかけた。俺がただの友達のままだったら、もっと早く連絡をくれただろうか。すぐに素直な気持ちを言ってくれただろうか。
モモは俺が止めても切ろうとする。もうたまらなくて、抱きしめた。俺がいるからって抱きしめた。二人でその場に崩れ落ちた。床の冷たさが余計に痛かった。
どんな関係でもそばにいるから。俺はモモが好きで、モモがいい。俺はモモがいいんだよ。だから、生きて。笑って。
どれだけの闇がモモの中にあるのか分からない。モモが須郷さんに頼ってすがる理由も、なんとなく俺には分った。モモには須郷さんしか心のうちを頼れる人がいなかった。親のような存在の須郷さんにモモは頼りたかったんだ。須郷さんに敵わない。
須郷さんに対して腹ただしい気持ちになった。
泣いているモモの背中を擦った。もう、分かったから。もう分かったよ。モモ生きて。その時、そう願った。
モモ、俺の気持ちを押し付けてごめん。
俺の胸の中で泣くモモは弱々しかった。俺は、今までモモの何を見てきたのだろうと、思った。
モモは「大丈夫」と言ってよろよろ立ち上がろうとする。また剃刀を掴もうとする。
「大丈夫なんかじゃない。大丈夫じゃないよ」俺はモモの両腕を掴む。
「分かったから、やめよう」モモをもう一度抱きしめた。モモは俺を見つめ頷いた。
俺は、モモを守りたかった。理性が保てずグチャグチャのモモをどうにかしてやりたかった。モモは俺にとってずっと光だった。
モモの唇が俺の唇に重なった。モモからキスをされることなんて、一度もなかった。モモが躍起になっていることも、モモが本当に求めているものが別にある事も分かっていた。どうしてモモが俺を拒まずただ受け入れたのかも分かった。モモにとって俺だけが唯一の逃げ場だった。そんな事に気づかず、モモを女としてしか見られなかったし、モモの全部が欲しかった。
この瞬間俺は、ただモモの側にいれればいいと思った。笑っていてくれたらいいと思った。もう自分勝手にモモが欲しいだなんて、気持ちは消えていた__。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます