中野は、幸せそうにベッドの横に横たわり、天井をボーっと見上げていた。気怠けだるそうな身体を全身で味わっているようにも感じた。


 幸せを求めて、間違った道へ行く。今が幸せなんだって自分に言い聞かせて、幸せなふりをする。中野に安心を求めても、安心なんて手に入らない。ここには、虚しさしかない。


 中野に見せなかった女の私を演じるようになってしまった。ただ可愛く見せるために、女を演じてる。そんな私が嫌いだ。嫌われるのが怖くて、離れて欲しくなくて、別に欲しくもないのに、自分のものにしたい。こんな私はみっともない。

 女を演じてる私は、可愛らしく中野の腕をそっと抱き、キスをする。中野が喜ぶことをして見せる。最低だ。分かってる。虚しい、寂しい。


 いつかこれも終わるし、何かを選ばないといけない時が来る。辛さから逃げたら、余計に辛いことが待ってるなんて、誰もおしえてはくれない。逃げても良いんだよって、人は教えてくれるけど、見なきゃいけないものと立ち向かうすべは教えてはくれない。ただ嫌で逃げた時には更に辛いものが追いかけてくる。目を逸らしたって現実はそこにある。


 中野の気持ちから今まで逃げてきた私は、今は中野の気持ちを利用している。自分の心の大きな穴を中野で埋めようともがいている。


 女をあまり知らない中野を男にしたのは、私だ。私の責任だ。離れない唇、中野の髭の感触。知らなくて良かったことばかり増えていく。

「俺はモモがいい」中野は、そう言って、私の頬を触る。

 中野はいつだって私を求めている。ずっと黙って見ていた。知ってる。中野の胸に素直に飛び込めたなら、どんなに楽だろう。




「俺じゃダメ?」

 切ない顔して言われたのは、卒業式の謝恩会後だった。ネオンの光が虚しく、迷う人々を照らしていた。私達のいる場所は、何故か薄暗くどんよりとしている。

 私が返事をする前に中野は、私を抱きしめた。もう答えは分かっているから、それ以上言わないでくれと、言っているようだった。

 中野の腕は細くて頼りない。頼りないのに力いっぱいに抱きしめる。私はその腕を振りほどきたくて、仕方なかった。

 あなたじゃダメなのって叫びたいのに、言いたいのに、言えなくて、自分の弱さを実感する。

 道路を挟んだ向こう側では、甘い包容をしているカップルがいた。私達はそれとは、ほど遠かった。


 私は思いっきり突き放せず、中野の腕からそっと離れ、ただ中野より一歩先を歩いて進んだ。

 私は、卒業したら、都内へ行く。もう中野と会うことはないと、思っていた。少しずつ崩れ始めた関係に気づきながらも、私は進んでいた。




『俺じゃダメ?』の返答は、まだしていない。中野は、返答がない代わりにいつも「俺はモモがいい」と、言う。



 最初に中野との関係が崩れたのはどこからだろうか__。欲望に満ち溢れた女は、仔猫のような姿を演じる。自分の中に飼っている獣を隠しながら、生きている。



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