野に咲くように

春風心豆

 何のために生まれて、誰のために生きているのだろう。こんなはずじゃなかったのにって後悔ばかり。

 自分を守るために人を傷つけ、醜い私が姿を出して、その醜い私は私の心を削り、どんどん私は私じゃなくなっていく。心のなかで大切なものを擦り減らして、何かを求め、すがり、正解を探す。


 揺れる身体も、欲望に満ちた感触も、私をむしばんでいく。満たされるのは一瞬ですぐに消え去る。心は求めていないのに、身体だけが求めている。幸せが欲しくて、欲しくてたまらない、欲望に満ち溢れた女。

 人を好きになるって感情があったはずなのに、今は心のどこを探しても見当たらない。


 ふわりと幸せに満たされた吐息が聞こえる。あぁ、目の前のこの人は幸せなんだ。うっとりした顔で見られると罪悪感が私を襲う。直視出来ずに目の前の男から目を逸らす。この男は、目を逸らしても、逸らしても、私を追いかけてくる。

 もう、目の前の男は、私の知ってる中野じゃない。男、中野涼太として私を今度は逃さないつもりでいる。




 中野とは、友達だった。眼鏡をかけた身長は低めの冴えない男子。冴えない男子だけど、頭はいいし、自分に合ったおしゃれができる男子だった。


 中野とは大学1年の春、居酒屋のバイトで知り合った。大学の学部も同じだったらしいけど、中野の印象は、大学にこういう人いたなぐらいでしかなかった。


 私は、人付き合い苦手で、人見知りだったが、いつも黙って話を聞いてくれる中野には何でも話しやすかった。女子のグループにいるより、ずっと気が楽だった。


 バイト中は厨房で、きゅうりを切りながらずっと人の愚痴や、辛いとこ、楽しい事を話し続けた。中野はビールを注ぎながら、背中で頷いていた。


 大学1年の初夏、周りも私も、中野が私に気があるらしいという事に気づいた。その当時の私は、彼氏が出来たばかりで、中野と距離を取った。中野を男として認識して距離を取ったのではなく、中野が気持ち悪く見えてしまった。友達として仲良くしていたのに、どうしてだろうという気持ちからだった。本当に自分勝手な女だ。


 だけど、私には本当に気の許せる友達がいなかった。中野と友達に戻りたいのに、戻れずモヤモヤした。


 中野とやっと普通に話せるように戻ったのは、大学1年の冬、後期試験前だった。頭の良くなかった私は、進級できるか心配の縁に立たされていた。周りの皆が中野に勉強を教わりに行く、中野勉強会。中野の事を避けてきたけど、中野勉強会に行かざるを得なくなり、中野に頭を下げて教わりに行った。


 あまりに勉強出来なさすぎて、最終的に居残り勉強をせざるを得なかった。中野は一対一で教えてくれた。中野は「俺、避けられてたよね。避けられる方が悲しいから」と、ボソッと言った。私はその言葉が何故だが嬉しかった。友達でいられると思い、中野のその言葉に甘えた。


 中野の気持ちに薄っすら気づきながらも、中野は私を諦めてくれたんだと見ないふりをしていた。一線を超えることなく、大学4年の秋まで居続けた。

 


 それなのに、今、私達が友達でも恋人でもなくなってしまった。この期に及んでこれは気のせいだって言い聞かせている。これがはじめてじゃないのに、言い訳がましく、自分から逃げている。


 中野も分かっている。今の状況がどういう状況なのか。それでも、中野は私を今度こそは離さないつもりでいる。自信のない自分を捨て、不器用にただ直向ひたむきに、真っ直ぐに、私だけを見ている。

 

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