第2話 籠の鳥


 その後、放課後になり。星野は美術部に来てくれた。


「今日もよろしくお願いします」


 うん?星野の体調が悪そうだ。私は誰よりも星野の事を観察していた。


「大丈夫?」

「はい、私は何時も元気です」


 星野は何やら携帯を気にしている。案の定、電話がかかってくる。


『はい、はい、すいません』


 星野は電話の向こうに一方的に誤っていた。


「御免なさい、どうしても、母がヴァイオリン教室に通いなさいと言うのです」


 籠の鳥か……。


 放任主義の家庭に育った私には分からない世界だ。


「先生が言うの『君には才能があるだから、コンクールに出なさい』と……」


 大変だな、私の描く油絵は趣味で描いているが。


「このコンテストが苦痛なのです。私の演奏の番くると観衆はざわつき、そして静まりかえり、沈黙の時間が流れるのです。この空気感は人を選びます。私はダメなタイプでした」


 私は腕を組み真剣に星野の事を考える。


 「みゆきさん、助けて下さい」


 このバイトを選んだのは現実逃避からかもしれない。籠の鳥を出してあげれば、この想いが届くかもしれない。私が手を差し伸べると星野はゆっくりと私の手を掴む。すると、星野が薄紅色の化粧をした様に顔を赤らめる。今なら、携帯番号の交換ができるかもしれない。私は勇気を振り絞り。


「少し、君に電話をかける。これは番号の交換だ、引き受けてくれるか?」

「はい」


 電話番号を交換できた。これで星野の履歴書を見て思い悩むことが無くなった。


「えへ」

「どうした?」

「何だか私の電話番号がよほど欲しかったのかと思っただけですよ」


 どうやら、私の顔は簡単に分かるほど嬉しそうだったらしい。


「私も安心したよ、ひょっとして嫌われたかと思ったから」


 私は顔を引き締めて安心する様に言う。星野への想いは私の行動に違和感を与えたらしい。しかし、それなら星野の行動も違和感だらけだ。それは不器用な恋でもしているかのごとくだ。


 私は試しに星野を見つめてみる。


「あ、ぁ……ずるいよ」


 星野は火照った様子で目を逸らす。私は星野との恋について考える。この恋に障害などない。


 そして、星野はパイプ椅子に座り沈黙の時間が始まる。この時間が永遠に続いたならと思いながら。手を動かすのであった。


 翌日の放課後、私は部室で星野が来るのを待っていた。


 ……来ない。


 私は昨日交換したばかりの携帯に電話をするか悩んでいた。もう十分待とう、もう十分待とう、思っているうちに一時間が過ぎた。


 私は星野の携帯に電話をかける勇気が無かった。それはふさぎ込む時間が流れるのであった。私は下を向きながら部室から出ようとすると。


 携帯が鳴る。それは星野からであった。


『星野、何故……?』


 私から出た言葉は心が乱れた一言であった。


『母がヴァイオリンの教室に通いなさいと言うの、今までは体調不良を理由にしてきたけれど、それも限界だったの』


 ……。


『もう、来られないなのか?』

『大丈夫、これ以上、私を束縛するなら家出するって言ってみたの。母は青ざめて許してくれたわ』

『わかった、これからもお願いする』


 電話が切れると私はどうしていいか分からなくなった。星野からヴァイオリンを奪っていいのか?


 彼女の選択は間違っているのではないかと苦悩するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る