私は最強
ぐちゃぐちゃに踏み荒らされ、散らばった肉片の道を俺は歩き続ける。太陽は丁度、空の真ん中で大地を照らしていた。今は昼頃だろうか。周囲を見渡すと遠くの方でなにか動物らしきものが見えた。恐らく四足歩行、かなりの数だ。十匹以上はいるかもしれない。
もしかしたらこの世界にしかいない生き物なのだろうか。遠くからだと全貌がしっかりと見えないため分からないが、たぶん草を食べているので肉食獣ではなさそうだ。それだけ分かれば御の字だろう。
俺は周囲を警戒しながら探索を続けていく。
途中、また状態の良い死体を見つけた。身ぐるみは剥がされていない。手元にはパイク槍と思われる大きな槍が握られていた。
「おっ、こりゃかなり状態がいいな」
槍兵の鎧の多くは、銃兵と違い薄い毛皮の服の上に金属の胸当てを装備していた。しかもその金属板は三角形に尖っている形をしている。恐らくは命中した銃弾を斜めにそらすための工夫じゃなかろうか。
これまで見て来た槍兵の多くは鎧をはがされているか、馬や人に踏まれてへこんでいたり、穴が開いていたりしていた。
俺は死後硬直で固まった男の右手を無理やり開かせると、鎧をはがす時に邪魔になる槍を持ちあげて少し離れたところに置いた。
「…重いな」
死体の腕を引っ張って、何とか上半身を起こした俺は胸当てを掴んで上に引っ張っていく。しかし男の脇に引っかかり上手く脱がせられない。俺は男の背中の方にまわり込み、鎧を左右に揺らしながら斜め後ろに引っ張っていく。
すると徐々に胸当ての袖口に脇が押されて男の両腕が上がっていったので、最後とばかりにもう一度強く胸当てを引っ張ると、急に抵抗を失いするっと抜けた。
後ろに引っ張った勢いにまかせて俺は地面に尻もちをついてしまった。でも大丈夫。胸当てを引っ張っているときに、こうなることは大体予想出来ていたらね。左手首を犠牲にしてなんとか受け身を取ったため、俺の腰は無事だった。
さてと、なんとか立ち上がった俺は胸当てに腕と首を通していく。最後に腹まで着込んで………なんとか着ることが出来た。まぁここまでやったら着てもらわないと困るからな。
「ふう」
一息ついて、俺は男の腰回りにあるポーチや小さな麻袋を確認していく。これだけ状態が良いのだ、なにかしら使える物が残っているはず。
「あれ………これ?」
小さな麻袋を手に取った瞬間、ジャラっという音と共にその感触になにか身に覚えがあった。まさか…俺は少しだけ鼓動を早くしながら麻袋のひもを緩めて、中に入っていたものを男の腹にばらまいた。
麻袋の小さな穴から少しづつソレがこぼれ落ちてくる。俺は何度も何度も上下に揺らすと、思わず空っぽになった麻袋を握りしめ、笑みが浮かんだ。
「………金だ!」
金。金である。
今日一番で嬉しいことかもしれない。食糧と護身用の武器と防具、そして包帯に酒を手に入れたが、いかんせん金がとれなかった。そもそもそこまで多くの死体を漁れてないので、仕方ないのかもしれないが、おかげでもし町に付いた時の生活費をどう賄うのかが悩みの種でもあったからだ。
人間、金が有ればなんとかなるはずだ。
金が有れば人生の問題の9割は解決できる。出来ないのは死のみ。そして俺は一日一回だけ死んでも生き返れる。そんな俺が金を手に入れたらどうなるか。つまりは最強というわけだ。
「金貨が2枚に銀貨?が10枚……銅貨10枚………いくらになるんだ?」
この世界、時代の貨幣価値や物価が分からない以上、手に入れたお金がどれほどのものかは分からないが、一兵士が持っているお金と考えるならば数万から、よくて十万ぐらいだろうな。
「まぁいい…取りあえず……」
そう言いながら立ち上がろうとしたが、体が大分重い。金属の胸当てを着たからもあるが、そういえば昨日からなにも食べていなかった。
なんとか立ち上がった俺はポーチを開けてビスケットを取り出した。
「ん…」
相変わらず固い。だけど両手で二つに割ればなんとか奥歯でかみ砕けた。ボリボリとビスケットを噛んでいくうちに、寝起きの口の中の水分がさらに消えていく。俺は半分腐ったビールを喉に流し込んだ。こんなものでも今では美味しく感じるほどだ。それだけ自分でもかなり追い込まれているんだと感じる。
腹を壊さないことを祈って、俺はビスケットをかじりながらまた歩き始めた。
◇◇◇
「くっ…くそ……あ…あちぃぃいいいよぉぉおお……」
あれから数時間、俺はとにかく歩き続けた。死体漁りは腰を痛めるので死体を無視しながら先を急いだ。だがもうすでに限界を迎えつつある。
いま分かった事だがこれ夏だ。日本の真夏程の熱さではないが、厚い革鎧と鉄の胸当てを着ているせいで熱いし暑いし厚い。なにより一番気持ち悪いのが、体中から噴き出た汗が股間まわりに集結し、その汗が一歩一歩前に進むたびに振動でズボンの内側を伝ってスニーカーに落ちてくるのだ。
おかげで晴天にもかかわらず、足から出た汗も相まって靴下の湿りがひどい。
「はぁ…うぜぇなぁ……水ぅ………」
俺は腐りかけたビールの入った革袋のひもを緩めて、上から浴びる様に口を開けた。だが革袋の口から落ちて来たのは一滴の苦い汁。自分がいま体外に流している水分量の百分の一にもなりゃしない。
今ここで来て、俺の中には”死”の一文字が浮かんできていた。このままではまずい。物理的な攻撃以外の死では蘇る事は出来ない。異世界に飛ばされてまで脱水と熱中症で死ぬなんていやだ!
まだスライムもエルフもドラゴンも見てないんだぞ!!
「……あぅ………み…ず…どこ……」
金がいくら有っても村が無ければ水すら買えない。金なんぞ所詮は人社会でしか通用しない虚構の産物なんだ。一度こうやって大自然に放り出されたら自分の手に持つ力で生き抜くしかない。でも俺にはそれがない。
ほんとうにこのままだと死んでしまう。普通はこういったピンチな時に限って川とか見つかるはずなんだが……。
「…………ないかぁぁ……」
そう無いのだ。こんなピンチの時に限って都合よく綺麗な川が見つかることなど。重い首を上にして辺りを見渡しても見つかるのは雑草と地平線となぞの草食動物。
「あんなのなんて食えねぇし………よ?…え……」
今自分が進んでいる西のはるか先。そこから少し北にそれた所に微かに見える草食動物――と小さな人影の姿。
人、人だ!!
「あっ……あぁ…」
喉から安堵の声が漏れ出た。正直言葉が通じるかとか、見た目が怪しまれるかとかそんな不安はこの際どうでもいい。今はとにかく人里が恋しいのだ。あの人間が俺に気づかずにどこか行く前に、早くあの場所まで行かなくては。
それにあの人間を味方につけれれば、村なり町なりに入れるかもしれない。
俺は何とか最後の力を振り絞りながら、あの人影に向かって歩き出した。
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