第10話
「入学するに際して、きみの父上は交際相手に制限をつけていたか?」
ジョバンニの口から『交際相手』などという単語が飛び出たため、マリーは赤面した。が、次の瞬間それが『友人付き合いとしての交際』であることに気付き、赤面は別種のものになった。
気持ちを落ち着けるために口をつけたティーカップからは、夏の夜明けのような清涼感のある香りがした。
午後の授業後、マリーはいつも通りジョバンニの下を訪れていた。エメはやはりいつも通りシシィの下へ、アディは好奇心の赴くままに魔法道具作成講座へ、シズクは王都の水の神殿分社へ奉仕活動へ行った。
話題は今日あったこと──アレクサンドラ侯爵家令嬢、ソフィアから公衆の面前でお友達宣言をなされた件についてだ。
マリーは笑い話としてジョバンニへこの話をしたのだが、話を聞き終えたジョバンニは至極真剣な表情で前述の質問をしたのだ。
「えっと……付き合う相手については、特に何も」
思い出してみても、王立魔法学院への入学が決まったマリーへ父がかけた言葉は「いっぱい学んでおいで」というふんわりとした激励だけだ。特段何かを制限したりはなかったはずだ。
ふむ、とジョバンニは口元を撫でた。
「アレクサンドラ侯爵令嬢の言動は、きみたち西南三家と親しい間柄であると宣言しているように思えた。おそらく、それを見ていた全員がそう思っただろう」
「え、そうなんですか?」
ただ謝罪と許容があっただけではないのだろうか。
「きみの友達──メノーの令嬢に対してだけではなく、きみたち全員に茶葉を贈ると言ったのだろう? それはもう、きみたち全員へ好意があると言っているようなものだ。そしてきみたちは断らなかった。
それに、きみはアレクサンドラの令嬢が手ずから淹れた茶を飲んだと言ったね」
「はい」
「普通、良家の令嬢が自分でお茶を淹れはしない。それは使用人の仕事だ。確かに趣味として自分でお茶を淹れるのを楽しむ者もいるだろうが、それを振る舞うのはごく親しい者に限られる」
「つまり、アレクサンドラさんからお茶を淹れてもらった私は」
「ごく親しい間柄、と思われただろうな」
うわぁ、と呻いてマリーは自身の両頬を押さえた。気軽に答えを返してしまったことが、とんでもない誤解を招いてしまった。
「どうしましょう」
ふむ、とジョバンニは手元のカップに口をつけ、マリーを見据えた。
「どうしたい?」
「どうしたい……」
「きみのお父上は誰との交際も制限していないのだろう? アレクサンドラといえば第二の王家とも言われる侯爵家だ。友人として扱ってもらえるのであればメリットは多いように思えるが」
「そう言うので友達を選びたくないんです」
自然と答えていたマリーへ、うん、とジョバンニは頷いた。マリーがそう答えるのを予見していたかのような視線は優しい。
父を思い出す視線を前に、マリーは口ごもる。
「かと言って……じゃあお友達じゃないですって言いふらすのも嫌なんです」
過ぎた謙遜は逆に相手へ失礼になる、というのは前世のマリーが学んだことだ。そしてそれは今世の貴族社会でも言える。せっかく相手の方から「お友達だ」と言って「くれた」のを否定するのは、よっぽどの悪評を持つ相手でもない限り失礼すぎる。
上位貴族から下位貴族への「お友達になりましょう」という「お願い」は協定に近いものがある。
『こちらからそちらを害さない代わりに、そちらはこちらへ協力を惜しまないように』
とでも言うのだろうか。双方のメリットデメリットを天秤にかけた上でなされるのが「普通」だ。
アレクサンドラ家の令嬢──ソフィアからマリーへの「お友達」宣言であれば、「前世持ち仲間としてお互い協力しましょう」程度のものだとマリーには思えただろう。
これがソフィアから「西南三家と水の神殿の神官見習い」の四人へ向けた宣言であるので、マリーは戸惑っているのだ。
王家と並ぶ家格の侯爵家と西南の田舎貴族同士の付き合いに、メリットはあるのだろうか。
「吊り合わない? ような気がして」
「吊り合わないということはないように思えるが」
みんなどうして西南の田舎貴族をそこまで持ち上げるのだろうか。──ゲームには名前すら出てこないのに。マリーは膝の上で指を組んだり開いたりする。
そうだな、とジョバンニがティーカップを置く。マリーを見守る黒い瞳は教師のそれと似ている。
「では地理を基に考えてみよう。きみときみの友人の実家がある西南地方には何がある?」
「はい、えっと……山と、農地と、海……ですかね」
「うん。ではきみたち西南地方の地中海を挟んだ向かいにあるのは?」
「ハッサラです」
「そうだ。彼の国と我が王国は長年あまり良い付き合いがなかった。それはわかるかな」
一応マリーは頷く。
熱砂の国ハッサラは複数の部族から成る国で、ディアモンテ王国とは長年小競り合いが絶えない間柄だ。王国の領土とは南東の山岳地帯で接し、特にその近辺では領土を巡って衝突が頻発していた。
ということをマリーは家庭教師や書物から教わった。知識としてはハッサラとディアモンテ王国は仲が悪い、と知っている。知ってはいるが、マリーにその実感は薄い。
何せマリーの友人──アディことアドリアーナ・シグラスの実家、シグラス男爵家はハッサラと交易を行っているのだ。それも西南三家が王国に臣従するよりもずっと前から。
ハッサラからくる様々な品はもはやマリーたちには馴染みが深いものである。ハッサラの言葉もたどたどしくはあるが話せるし、市井にはハッサラの民も混ざっている。それでどうしてハッサラに悪感情を抱けるだろう。
「きみはハッサラのことをどう思っている?」
「え、と……」
ディアモンテ王国の中心、特に南東から王都近郊にかけてはハッサラに良い感情を抱いていない。ハッサラからもたらされる珍しい品々は社交界で珍重されるが、国それ自体に対する感情はまた別だ。
ジョバンニの言動からハッサラへの感情は読めない。今まで接してきたジョバンニの印象では、他国へ強い負の感情を抱いているようには見えなかった。マリーがどう答えようとも今後の関係に影響は出ないだろうと思えたが、マリーは口ごもる。
そんなマリーへ、ジョバンニは薄く笑んで見せる。
「正直に言ってくれて構わない」
きっと何も知らない人には笑ったとは思えなかったであろう。口元をほんの少し緩めるだけの、不器用な微笑。
間違えたとて傷つけられることはない、と安心させられ、マリーはようやく口を開けた。
「……その、気のいい人たちです。いつもニコニコしてて、声がはっきり通って、お話がすごく上手です」
マリーの知るハッサラ国民は商人がほとんどだ。シグラス領に取引にやってくる商船に乗る商人やその家族。彼らと交渉するのはシグラス商会の会長や交渉担当者の仕事だが、もてなすのはシグラス男爵夫妻だ。
シグラス男爵家はそうと決められている訳でもないのに、代々女性が男爵位を継いでいる。その伴侶となるのはシグラス商会の会長となった男性である場合が多い。今代のシグラス男爵も女性、つまりはアディの母親で、シグラス商会長がアディの父親だ。
ハッサラの商人たちをもてなす場に、メノー家やオリーブ家も同席することが多々あった。シグラス商会を仲介に、メノー産の馬やオリーブ産の農産物を出荷し、またハッサラからハッサラ固有の馬や新たな作物を求めるためにだ。
その場にエメやマリーも同席させてもらったことがある。初めは社交の練習を兼ねて、後々は自ら両親にお願いして、連れて行ってもらった。
商人やその家族から聞く異国の話は、マリーもアディもエメも大好きだ。
想像もつかない一面の砂の海。その先にあるという広大な草原。馬よりも大きい背にコブのある生き物。獅子や犀など空想の生き物が実在すると聞いたときには、一度でいいからハッサラを旅してみたいと三人揃って願ったものだ。
「なるほど」
吶々とであるが、マリーは思わず長々と語ってしまった。ジョバンニはマリーの言葉を一度も遮らず、むしろ興味深そうにマリーのハッサラ国民から受けた印象と知識を聞いていた。
「だから……ハッサラとは今後とも仲良くしていたいです」
「うん。ならアレクサンドラ家の目的はそれかもしれない」
「それ?」
「ハッサラとの友好関係」
マリーは瞬き、ジョバンニを見返した。
「アレクサンドラ家の後ろには王家がいると仮定して差し支えない」
アレクサンドラはディアモンテ王国の建国の祖である女傑の名だ。国と王家の名になった英雄ディアモンテ、その伴侶である名を冠した侯爵家が王家に反目する理由は今の所ない。
つまり、アレクサンドラ家の意向は王家の意向。ソフィアがマリーたち西南三家の令嬢と友好関係を結ぼうとするのは、王家が西南三家を重要視していることに他ならない。
かと言っても、マリーの中に疑問はある。
「その、ハッサラと友好関係を結びたいのであれば、王家の主導で結んでしまえばいいのでは」
「そうもいかない。貴族家の中には、特に重鎮に近いものどもはハッサラを蛮族と言って憚らない老人が多い。
特に南東は長年ハッサラと争っていた。今は静かだが、突然ハッサラと仲良くやっていくと言われても感情がついてこない」
「南東……」
南東の山岳地帯はハッサラとの国境になっている。峻険な山々は天然の壁となって双方の進行を防いでいるが、山はどこまでも続くものではない。海岸線に近い裾野は境界が曖昧でどこまでが王国の地であるのか長年争われ、現在は緩衝地帯としてどちらも踏み込まない約定になっている。
これから仲良くしていきましょう、と国の長同士で取り決めるのであれば、あやふやな緩衝地帯の権利関係もはっきりさせねばならなくなる。その際に南東の貴族家から反発が起きるのは火を見るより明らかだ。おそらくハッサラの側でも。
ハッサラは複数の部族から成る国だ。元はその部族同士も争い合う関係であったが、王国が成立した同時期、ある一人の男が全ての部族の長に打ち勝ちひとつの国に纏め上げた。それ以来、各部族が持ち回りで国の代表である『大王』を選出するようになったのだそうだ。
そういった成り立ち上、部族ごとに他国への感情が丸切り違ってしまう。シグラス商会と長年取り引きのある部族と、南東の貴族家といがみ合う部族は別なのだ。
「……あくまでも王家ではなく侯爵家がハッサラと友好関係にあるのであれば、南東の貴族家も意見できないだろう、ということですか」
ジョバンニは首肯する。
「さらに言えば、アレクサンドラ侯爵家は『ハッサラと友好関係にある貴族家』と懇意にしているだけ、とすればもっと口を出しづらいだろうな」
しかもその『ハッサラ』は南東の貴族家が憎む部族とは別の部族だ、と言ってしまえばより文句を言いづらいだろう。
はあ、とマリーは感嘆のため息を吐いた。それと同時、貴族社会の面倒さを改めて自覚し、肩のあたりが重くなったような気がしていた。
「気が重いか?」
否定の言葉を口の中で転がし、マリーはゆるく首を振る。
マリーへ視線を向けたまま、ジョバンニはまた吐息だけで笑った。
「きみは感情が顔に出やすいな」
「気をつけてはいるんです……」
両手を頬に当て、マリーは深い深いため息を吐いた。
ソフィアとの友人関係は、マリー個人にとってありがたい面が多い。何せ同じ『前世持ち』同士で、『ゲームの進行を望まない』者同士。平和な学生生活を送る上で、これほど心強い友人はない。
アレクサンドラ侯爵家の令嬢とオリーブ男爵家の令嬢としての友人関係は──格差が大きすぎる。将来的に王妃となるであろうソフィアの立場を思えば、余計に。
その後ろに国同士の友好関係まで絡んでいると知ってしまった今、アレクサンドラ侯爵家のソフィアとどう友人をやっていけばいいのか、悩まないはずがない。
「そこまで思い詰める必要もないと思うが」
今は。と言葉尻に添え、ジョバンニは俯いたマリーの視界へ焼き菓子の乗った皿を差し出した。
「きみはまだ成人前だ。学生の立場でもある。そこまで政治に頭を使わずともいい」
「……ありがとうございます」
狐色に焼き上がった平たく丸いビスケットは優しい甘みをしていた。一口齧るごとに、眉間に籠った緊張が解けていくような味だ。
つと視線を上げると、行儀悪く頬杖をついたジョバンニと目があった。無言でビスケットを食む姿を観察されていたようで、マリーはまた赤面する。
「先輩は、今日はどんな日でしたか」
「今日はギルドに顔を出してから、あとはここで書き物をしていたよ」
「そうなんですね。研究ですか?」
「ああ。ギルドから頼まれている、街道沿いの魔物についての図録の更新も」
最近はそちらの方が大変で、なかなか自身の闇魔法についての研究に集中できないらしい。
ジョバンニの理路整然とした文章は、魔法についての知識が乏しかった過去のマリーにも理解しやすいものだった。ギルドに所属する冒険者の理解力は様々だ。文字を読むのでやっとの者も少なくない。そんな彼らにもわかるよう、言葉を砕いた説明を考えるのは骨が折れるのだろう。
「大変ですね」
「大変は大変だが、これも仕事だからな」
苦労を口にしながら、その口調は明るい。仕事を認められるというのは嬉しいものだ。マリーにもうっすらと覚えがある。
「根を詰めすぎないでくださいね」
「今ちょうど息抜きをしているところだ」
二杯目のお茶を淹れたティーポットを掲げ、ジョバンニは口の端を釣り上げるだけの笑みを見せた。
マリーはいつも通りに夕刻の鐘の音と共にジョバンニの下を辞した。いつも通りにジョバンニに見送られ、図書館へと続く小道を抜け──そこで、木立に身を隠し動けなくなっていた。
「あなたも、転生してきたんでしょ?」
マリーの進行方向、図書館の裏手。生い茂る広葉樹とレンガ作りの建物の影に、二人の生徒が向かい合っていた。
魔法科の所属を示す丈の長いローブを羽織っているのは二人とも変わらない。
一人は平凡な土属性を示す深い茶色の髪と目をした女子生徒だ。肩を少し越える程度で揃えられた髪は艶やかで、その顔立ちも整っている。しかしそれらは特段印象に残る作りをしていない。大量生産の人形めいた可愛らしさを持つ少女。
ユーリ・ホワイト──『ディアモンテの勇者たち』の女主人公だ。
彼女の丸く愛嬌のある瞳には、強い憤りが込められている。
「なんとか言ってよ。あたし知ってるんだからね」
「なんの話かしら、とは言えないみたいね」
他方、詰め寄られている女子生徒は。豊かに波打つ薄紫の髪を掻き上げ、小首を傾げる。この世界での成人前とはいえ、色香が匂い立つような仕草だ。
すみれ色の瞳に感情は薄く、自身に向けられた怒りを軽くあしらう余裕がある。
ソフィア・アレクサンドラだ。おそらくユーリにここへ引っ張ってこられたのだろう。
「ソフィアってあなたしかいないじゃない。ソフィア・アレクサンドラ」
「いくら学園内とは言え、呼び捨ては感心しないわ」
「今はいいじゃん! あたしとあなたしか居ないんだから」
ソフィアは口元に手のひらを当てた。社交の場であれば扇を持つだろうその手の影には、呆れた、と言わんばかりの表情が隠れている。
それにユーリは気付いているのかいないのか。乱暴に頭を振り、「そうじゃなくて」と話を続ける。
「あなたがゲーム止めてるんでしょ? なんで?」
「どうして私だと?」
「だからあなたしかいないじゃない! ゲームと全然違うの。
ソフィアってもっとワガママで子供っぽいヤツだったじゃん。今のあなたと全然違う」
認めなければ話が進まない、とソフィアは察したのだろう。蝶が羽ばたくような優雅さで手を振り、ユーリに先を促す。
「私がゲームと違う、というのは認めましょう。でもそれでどうして私がゲームの進行を止めていると?」
「いい子ぶって。悪役令嬢がハーレム展開にするのなんてありきたりな話じゃん」
はて。と、ソフィアが疑問符を顔に浮かべるのと同時にマリーも首を捻る。
「ハーレム展開に? していたかしら」
「これからするつもりなんでしょ?」
ユーリは侮蔑を隠そうともせずソフィアを睨む。
「悪役令嬢がこそこそレベル上げして、いい子になって、世界を救ったつもり?」
「世の中が平和なのはいいことではなくて?」
「そのせいで迷惑してるの! こっちは!
せっかく主人公に生まれたのに! これじゃ前と何にも変わんない!」
捲し立てるユーリの勢いは強い。侯爵家の令嬢に指を突きつけるという無礼を働いているのに、マリーであれば思わず流されて謝ってしまいそうなくらいだ。
ソフィアは動じる様子もなく、ただユーリを眺めている。無感情な視線は対象の観察に徹する学者めいて冷たい。
「ゲームが始まれば、あたしは光属性の主人公になれるの。それだけでいいの」
ユーリの激情は懇願する響きを帯びていた。『主人公』という存在への憧憬。当然与えられると思っていた権利が奪われた悲哀。
「あなたがハーレム展開を望むっていうなら協力するし。改心した悪役令嬢が光の聖女のお友達、ってのアリじゃない?」
「だからハーレム展開にしてないって……」
「じゃあ誰推しなの? その人には手出さないからさ。王子さまと婚約してるんだっけ? 好感度ちゃんと調整するし」
ソフィアはこめかみを抑え、あからさまに顔を顰めた。話が通じない相手と会話を試みるのは心底疲労するものだ。
「あなたが主人公になりたい、というのはわかった。でもそのために世界を危機に陥れるというの?」
「あたしが救うもん」
誇らしげにユーリは顎を上げた。その顔に浮かぶ笑みは自信満々で、己の持つ力をかけらも疑っていないとわかる。
ソフィアの纏う空気が、さらに冷える。
「……亡くなる人は少なくないわ。それでもいいと?」
「モブキャラでしょ? なら別に良くない?」
木の幹の影でマリーは──『ゲームに名前の出ないモブキャラ』であるローズマリー・オリーブは、胸元を握りしめる。
ソフィアがユーリへ向ける視線が恐ろしく冷たいことはマリーの救いだった。今であれば絶対にありえないとわかるが、もしも仮に、ソフィアがユーリに同調していたとしたら。マリーは絶望で心臓を止めていただろう。
ソフィアの視線の意味に気付くことなく、ユーリはなおも続ける。
「どうやってゲーム止めてるの? 本当ならオープニングの……入学式の時にモンスターがいっぱい出てきて、そこでピンチになったあたしが光属性に目覚めるはずだよね?
学校の中にモンスターが入り込むなんて……ていうか確かラスボスと戦うのってこの学校だよね? ラスボスが学校の中に棲みついてるの? もしかして今もいたりして、それを封印してる?」
「教えると思う?」
披露されたユーリの推理を、ソフィアはにべもなく断ち切る。
得意げであったユーリの表情が憎々しげなものに一変する。
「やっぱりあんた、悪役令嬢じゃん!」
「あ、あの!」
掴み掛かろうとしていたのだろう。ソフィアへ手を伸ばした格好でユーリは止まった。
侯爵家の令嬢の胸ぐらを掴んで、それからユーリはどうしようとしていたのだろう。平手打ちでもして、暴力で情報を聞き出すつもりだったのだろうか。そんなことをすればユーリはただでは済まない。もちろんユーリの後援である貴族家も。
マリーが咄嗟に姿を晒したのは、ソフィアを助けるためである。しかしそれは同時に、ユーリとその後援である貴族家を助けることにもつながっていた。
マリーが隠れていたのをソフィアは知っていたのだろう。目を丸く見開いたが、それ以上の驚きは見せなかった。
「どうかされたんですか? その、喧嘩は良くないですよ」
おっかなびっくり、を体現した態度でマリーは二人の間に割って入った。──実際、マリーは喧嘩の仲裁というものを小さな妹たち相手にしかしたことがなかったため、恐々としていた。
ユーリは始めこそ突然現れたマリーに驚いた様子だったが、すぐに不躾な視線を隠そうともせずマリーを観察した。それこそ頭の先からつま先まで。エメくらい気が強ければ「失礼ね」と一喝できたであろうが、マリーはただ唇を引き結んだまま耐えるように立ち尽くしていた。
ふん、とユーリは鼻を鳴らし踵を返した。謝罪も弁解もない。去り際に「モブじゃん」と呟いていたのをマリーは聞き漏らさなかった。
日が傾き、薄暗くなってきた図書館裏にソフィアとマリーは取り残される。
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