第7話

 気が重いとこんなにも足が重くなるものなのか。マリーは魔法科校舎の三階行き階段前に立ち尽くしている。時刻はこの日の授業が全て終わった放課後、それぞれの生徒がそれぞれの目的のために教室を出て行った後の人気の少ない時だ。階段前に立ち尽くしていても邪険にされることはない。

 王立魔法学院の校舎は三棟から成る。学院設立当初に建てられた魔法科校舎の両隣に、騎士科と政治経済科の校舎が後から建てられた形だ。魔法科校舎が一番古いことになり、そのことに不満を漏らす生徒も少なくないのだが、歴史ある佇まいをマリーは気に入っている。

 騎士科と政治経済科の新入生は毎年同じ数だけいるのに対し、魔法科の新入生はまちまちだ。どうやら今年は多い方であったらしいが、年によっては二十人にも満たないこともあったらしい。

 ゆえに、他科では三階建ての校舎全ての教室に生徒がいっぱいになっているのに対して、魔法科校舎では空き教室がいくつかできてしまっている。階段を登るのが大変だろう、という理由で主に三階の教室が空きとなっている。

 その部屋は、ただ遊ばせておくのも勿体無いという建前の下、王家と縁のある者や有力貴族家の子女が使っている。彼ら彼女らは成人前とはいえ常に誘拐や暗殺の危険に晒されており、食事や自習時も気が抜けない。そういった理由から護衛する者の利便性も考え、空き教室が貸し出されている。マリーのようにのほほんと学内の食堂や中庭のベンチで談笑できたりはしないのだ。


 ソフィア・アレクサンドラから届けられた招待状に書かれた呼び出し先が、その元空き教室だった。

 昨晩マリーが受け取ったのはただの白い封筒だった。封蝋も差出人の名前もないその封筒をマリーが受け取ってしまったのは、それを渡してきたのが伯爵家の令嬢だったからだ。北東の国境沿いを守護する名家の令嬢は二つ年上で、同じ魔法科とはいえマリーとは全く関わりのない生徒だった。

 ただ同じ寮暮らしであるというだけで、どうして手紙を? とマリーが首を傾げている間に彼女はさっさと立ち去っていた。どうしてだか、関わりを避けたがるような空気をマリーは感じた。

 自室で手紙を開封してマリーは全てを理解した。

 封筒の中にはまた封筒があった。ひとつ目の封筒よりも数段手触りの良いそちらには、豪奢なアレクサンドラ家の封蝋が押されていたのだ。差出人の署名は「ソフィア・アレクサンドラ」。彼女は最初からアレクサンドラ家の封蝋を出していればマリーが受け取りを拒否する可能性もあると踏んでいたのだろう。


 男爵家の者が侯爵家のお茶会にお呼ばれされることは、ほとんどない。否、ありえないと言っても過言ではない。


 家の格が違いすぎる交流は、どうしたって格下が気後れするし、格上が気を使いすぎる。

 マリーが行ったことのあるお茶会は、大昔に母親に連れられて行った子爵家のものが最高位で、あとは友人のエメとアディの実家であるメノー男爵家とシグラス男爵家主催のものだけだ。顔ぶれは毎回変わらず、一応礼儀はしっかりと守っているがほぼお遊びに近い。

 こんな体たらくでこの先男爵としてやっていけるのだろうか。しかし現オリーブ男爵である父親だって、お茶会だとか夜会だとかにはほとんど行かずに領地で土をいじってばかりだ。母親がお茶会に行く姿を見たことはあれど──やはり行き先はメノー家やシグラス家だったはずだ。

 うちの家、ほとんど他領と交流ないみたいだけど大丈夫なの?

 そんな不安に襲われた時だった。

「ローズマリー・オリーブさまですね」

 断定系で話しかけられ、マリーは垂直に飛び上がった。振り向けば政治経済科の制服を着た女性がマリーを見下ろしていた。襟に留められたピンから三年生であることがわかる。涼しげな目元と凛とした立ち姿が印象的だ。政治経済科よりも騎士科にいそうな雰囲気をしている。

 他科の上級生に突然話しかけられ挙動不審になるマリーへ「アレクサンドラ家に仕える者です」と彼女は申告した。どうやらソフィア専属の侍女であるらしい。

「ソフィア様がお待ちです」と先導されてしまってはもう逃げられない。処刑場に引っ立てられる囚人もかくやの足取りでマリーは階段を登った。


「ようこそ。あなたとは一度しっかりお話ししてみたかったの」

 マリーが元教室へ通された時、ソフィアは窓際に立っていた。すらりとした立ち姿が午後の淡い日差しに包まれ、女神の降臨かと思わされる気品に溢れていた。

 窓にかけられたレースのカーテンも、部屋の真ん中に設られた四人がけの丸テーブルも、壁際のソファも、何もかも一目でそうとわかるほど上質だった。お仕着せに身を包んだ侍女と下男が一人ずつ壁際に控えているのも相まって、教室を改装したとはとても思えない。行ったこともない侯爵家へ通されたかのように錯覚してしまう。

 初手で気圧されてしまったマリーは逆らえるわけもなく。促されるがままテーブルに着かされ、今日の天気だとか授業がどうだとかという世間話へしどろもどろになっている間にティーセットが準備されてしまう。

 豊かな香りの立つ紅茶に、見た目にも楽しい茶菓子。それらを用意し終えた政治経済科の侍女へソフィアはちらりと視線をやる。彼女はそれだけで全てを察した様子で、一礼すると他二人も連れ部屋から出ていった。

「ここから先はナイショのお話し」

 二人きりになった空間で、ソフィアはマリーへイタズラっぽく微笑んで見せた。そうされてしまうと彼女が自分と同じ年ごろの少女であるのだと実感でき、親近感が湧いてしまう。

 それも社交術のひとつだろうとは頭で理解している。理解はしていても、感情がついてきてくれるかは別だ。

 上位貴族への礼儀やらと共に肩の力が抜ける。マリーはごく自然に疑問を口にしていた。

「どうして私なんかを呼んだんですか?」

「もちろん、あなたと仲良くなりたいからよ。ハムスターみたいでかわいいな、って思ったの」

「ハムスター……」

 マリーが知るハムスターは白地に茶色の斑模様のネズミだ。短い尻尾に丸々とした体で、頬袋いっぱいに餌を詰め込む姿は可愛らしいと言えばそうだ。

 しかしマリー自身は、自分が小動物に例えられるほど愛嬌があるとは思えない。

「あんなに食いしんぼうなつもりはなかったんですが……」

「そうじゃなくて、雰囲気とか、仕草とかよ?」

 それはそれで「ぼーっとしている」「落ち着きがない」と思われているようだ。ソフィアの口調はあくまで穏やかで、微笑みは変わらない。純粋に褒められているのか、それとも嫌味を言われているのか、物心ついてから親しい間がらの友人としか接してこなかったマリーには判別できない。

 ううん、とソフィアに構わず首を捻るマリーを前に、当のソフィアは満足げに目を細めた。

「そういうところ」

 ソフィアは優雅な仕草でティーカップを下ろし、表情はそのままにマリーを見据える。

「本題に入ろうと思うのだけど、いい?」

「は、はい」

 空気が変わった、とマリーは肌で感じた。

 背筋を伸ばし、ソフィアと正面から相対する。気持ちだけは負けないように、と自身に言い聞かせ、言葉を待つ。

 花弁のような薄紅の、艶めく唇が開かれる。


「ローズマリーさん、あなたはここがゲームの世界だって知ってる?」

「知らないです」


 即答してしまってから、「間違った」とマリーは悟った。

 この世界に「ゲーム」というものは存在しない。トランプに似たカードゲームやチェスと将棋を足したようなボードゲームは存在するが、ソフィアが指す「テレビゲーム」というものは概念すら無い。そもそも「テレビ」が無いのだ。

 ここは「ゲーム」という言葉に対して首を傾げてみせるのが適切だったのだろう。

 思えども全ては後の祭りだ。おそらく引き攣ってしまっているだろう薄ら笑いを浮かべたまま、マリーは背中に滝のような汗をかいて硬直している。

 ソフィアはというと、マリーを嘲るのでも、勝ち誇るのでもなく、先ほどから変わらない穏やかな微笑みを崩さぬままでいる。その笑みは、子供かそれこそ小動物に向けるかのような、慈愛に満ちたものに見えた。

「ローズマリーさん」

「は、い」

「この世界にハムスターは存在しないのよ?」

「えっ?」

 足元が崩れるような衝撃があった。確かにいくら記憶をひっくり返してみても『ハムスター』と呼ばれる小さなネズミを見たり聞いたりした記憶が「今のマリー」にはなかった。ネズミは病を媒介したり、作物を荒らしたりと忌避される存在だ。そんなネズミとはいえあれだけ可愛らしい生き物であれば、貴族の愛玩動物として流行してもおかしくない。

 つまり。マリーは最初から間違えていたのだ。

 うわぁ、と声にならない声を漏らし、マリーは思わず顔を覆った。ソフィアは口元を隠し、あくまでもお淑やかに声を上げ笑った。

「そういうところ」

「こういうところがダメなんです……」

 思わず漏れた本音だった。マリーは昔から、それこそ「今のマリー」になる前から、嘘や誤魔化しが苦手だった。どう取り繕っても細かいところでボロが出るのだ。

「安心してちょうだい。私はあなたの味方になれるわ」

「そういうこという人ほど危ないってママが言ってました……」

「ふふ。しっかりしたお母様ね。でも『ママ』はこの世界にはない言葉だから気をつけた方がいいわ」

「うわーっ」

 ボロボロだった。もはや何の隠し立てもできない。マリーは速攻で白旗を上げ、一から十までを説明する羽目になった。


「やっぱりあなたが止めてくれてたのね」

 一息に喋り切ったマリーは冷めた紅茶を煽った。もはや礼儀など放り投げ、「どうにでもなれ」とでもいうような腹が据わった心持ちだった。

 もう一杯いかが? とソフィアが仕草で問うのに「お願いします」と軽く頭を下げる。

「ありがとうございます。……それで、ですね……ソフィアさんには私たちをこのまま放置してもらいたいなと」

「ああ、それはもちろん。私は手を出す気はないわ」

 ソフィアは湯気の立つティーカップをマリーへ差し出す。高位貴族の令嬢にあるまじき気軽な仕草であったが、マリーはそれに気付かない。

「よかった……です」

「私の目的にはゲームの進行は関係ないし。私だって今の平和な世界が好きよ?」

 侯爵家と対立するという一番の懸念事項がとりあえず解決し、マリーは肩の力を抜いた。

 春の野原を思わせる、深く豊かな紅茶の匂い。改めて意識したその芳しい香りは力の抜けたマリーの精神を柔らかくほぐす。

「本当であれば私が止めたかったのだけれど……私の立場で彼に関わることはできなかったの」

「そうなんですか?」

 ソフィアは家の格でいえばジョバンニと同じだ。侯爵家の子同士であれば、学院入学以前から交流を持てたのではないだろうか。

 口には出していないマリーの疑問符をソフィアはきちんと受け取っている。

「私が変に彼と関わってしまうと、イルモーブ家の嫁にと言われてしまうから。それは私の望みではないし、彼もきっと望まない」

 斜陽も斜陽であるイルモーブ家と、王家の覚えめでたいアレクサンドラ家。爵位であれば同格であれど、実情は天と地ほどの差がある。仮にソフィアがジョバンニへ接触していた場合、イルモーブ家がそれを温かく見守ることがあっただろうか。

 きっとない。貴族の腹芸に疎いマリーでもわかる。イルモーブ家はなんとしてもソフィアをジョバンニの嫁にと画策するだろう。もしかすれば、イルモーブ家との繋がりをより強固にするために、ジョバンニではなく次期侯爵であるジョバンニの兄へ嫁がせようとするかもしれない。

 ソフィアの意思も、ジョバンニの意思も無視して。貴族とはそういう生き物だ。

 ソフィアが浅慮であればあったかもしれないもしもの話。その悍ましさにマリーは空寒いものを感じた。

「マリーさんにはこのままジョバンニさんのお世話をお願いしたいの」

「それはもう、言われなくとも」

 頷くマリーへソフィアは満足げに目を細めた。

「そういえば、ソフィアさんの目的ってなんですか?」

「うーん、世界平和じゃダメかしら」

「その言い方は誤魔化してますって言ってるようなものでは」

 ウフフ、とソフィアは声を上げながらも白魚の指先で口元を隠し上品に笑った。

「でも世界平和がなければ成せないことではあるのよ?」

「それはまあ、私も一緒ですけど」

「ローズマリーさんの目的をお聞きしても?」

 聞き返すことではぐらかされている。とはいえ、相手の目的を聞いているのだから、自分のそれも話すのが筋というものだ。マリーは理解している。そもそも隠したとてこの才女にはいずれ嗅ぎつけられてしまいそうだ。話してしまってもいいだろう。

「ジョバンニ先輩の幸せです」

「あら」

 改めて口にするととんでもなく恥ずかしい。頬に熱が集まるのをマリーは自覚する。

 そんなマリーを前に、ソフィアはそのすみれ色の瞳を丸く見開いていた。あどけない表情。初めて彼女の意表をつけたようだ。

 確認なのだけど、とソフィアは声を落とした。侍女も下男も下がらせたのだ。二人きりの部屋で声を潜める必要などないのだが、マリーはつられて顔を寄せる。

「それはあなたがジョバンニさんと結婚したいとか、そういうこと?」

「いえいえいえいえいえそんなまさか」

 マリーは顔の前で手を振った。その勢いは風の精霊が喜んでまとわりついてきそうな風力を生み出している。

「私ではとても、とても吊り合いませんって!」

「そんなことはないと思うわ。ジョバンニさんはイルモーブ家とはほとんど縁を切っているでしょう? それなら平民みたいなものだし、男爵家の婿にだってちょうどいいわ」

「婿……って、でもそんなことになっちゃったら先輩のしたいことのお邪魔になるばっかりでしょうし」

「そうかしら? 闇魔法を人のために役立てる、領主の補佐なんてすごくいいじゃない?」

 ジョバンニが、マリーの婿に。つまりはオリーブ家に。

 オリーブや柑橘の果樹ばかりの、長閑といえば聞こえはいいが何もない田舎の領地を、二人で手を取り合って治める穏やかな生活。

 ひとかけらの想像もしたことがなかった未来が、唐突にマリーの脳裏を駆け抜ける。

 その想像──ほぼ妄想とも言える未来図は、異性とまともに触れ合ったことのないマリーには刺激が強すぎた。

 ぐるぐると駆け巡る思考に心がついていかない。親戚の飼う若くイタズラ好きな猟犬に追い回された時のように、心臓がばくばくと跳ね頭と頬と胸とがまとめて燃え上がった。

「無理です……とても……」

「あらぁ、推しは離れて推していたいタイプなのね」

 焼けるように熱を持つ頬に両手を当て、マリーは突っ伏さんばかりに俯いた。向かいのソフィアから注がれる母のような視線が痛い。

 まあまあ落ち着いて、と俯く視界へ差し出された紅茶は程よく冷めていた。その一口でようやく熱暴走する頭が冷えた。

「申し訳ないです……」

「いいのよ。でも覚えていてね。私たちはもう『プレイヤー』ではないの。このゲームの『キャラクター』……ううん、私たちはもうこの世界で『生きている』のだから。

 彼らに関わるのであれば、どうしてもそういう選択肢も出てくる。貴族であれば尚更、望むと望まざるとに関わらず、ね」

「はい、……」

 マリーたちの年齢であればどうしたって考えざるを得ない、結婚。王国の法では男女ともに十六歳からの結婚が認められている。今年で十六になるマリーだって意識していないわけではない。むしろオリーブ男爵を継ぐ者としては婚約が遅いくらいだ。

 昨今、貴族子弟の中で『恋愛結婚』というものに皆が憧れを抱き、少なくない人数が『恋愛結婚』で幸福な家庭を築いている。マリーとて物語のような出会いと恋愛を夢見ないでもなかったが──貴族家の跡取りとして、きっと父親が見繕った相手と結婚するのだろう、とどこかで達観していた

 今の今まで考えたことがなかった──とは言えなくはない。無意識に考えないようにしていたが、もしも仮にジョバンニがそれを望むのであれば。そしてそれがジョバンニのためになるのであれば。マリーはジョバンニとの結婚を受け入れるだろう。

 しかしジョバンニがそれを望んでいないのであれば。そしてジョバンニとの結婚が、その以前に周囲からジョバンニとの関係を勘繰られるのが、ジョバンニ自身の害になるというのであれば。

 マリーは早々にジョバンニの前から消えるつもりだ。マリーの願いはジョバンニの幸福であって、そこにマリーの幸不幸は加味されない。

 そうなった時、またジョバンニが一人になってしまわぬよう、今から考えておくべきなのかもしれない。


 黙り込んだマリーにソフィアは変わらず優しい視線を向けている。

「それとは別の話なのだけど。私ともぜひ仲良くして欲しいの」

 思考の淵から立ち返ったマリーは目を瞬かせた。言葉の意味を咀嚼し、遅れてソフィアがマリーとの友人関係を望んでいると理解した。

「私としては、おんなじ境遇の人と話せるのは嬉しいんですが……なんというか、それ以外メリットがないんじゃないですか?」

 侯爵家の令嬢と男爵家の令嬢ではあまりにも格が違いすぎる。家の歴史の重みや、王宮での発言権や、経済規模。その何もかもがアレクサンドラ家とオリーブ家では違いすぎる。おそらくは倍以上、へたをすれば十倍以上。

 マリー当人としては、ソフィアへこれからも相談や協力を申し込みたいが──オリーブ家としては格差が重すぎ、アレクサンドラ家としては旨みがなさすぎる。

 そんなマリーの当惑をよそに、ソフィアはどこか含みのある笑みでゆるく首を振った。

「そんなことないわ。何せ『西南三家』ですもの」

「地方の田舎男爵ですよ?」

「いずれわかるわ」

 西南三家はマリー──ローズマリーの実家であるオリーブ男爵家を含め、エスメラルダの実家であるメノー男爵家、アドリアーナの実家であるシグラス男爵家をまとめて呼ぶ際の呼称だ。

 マリーにとっては、王都から遠く離れた田舎男爵家をまとめて呼び捨てる蔑称のようなもの、という認識だった。

 もちろんソフィアの口調には田舎男爵を嘲るような空気は微塵もない。それどころか、何か敬意を持って三家の呼称を口にしているようでもある。

 とはいえ、マリー当人にすら察せないその理由を、ソフィアは教えるつもりが無いようだ。すました顔でティーカップを揺らしている。

「お紅茶は美味しい?」

「あ、はい。とっても」

「よかったわ。南東の親戚から頂いたの。東国から買ったお茶の木がようやく仕上がったのだって。

 これから売り出す予定だから、ぜひローズマリーさんのお友達にも宣伝しておいてね」

 南東の山岳地帯は伯爵家領地だったはずだ。マリーの実家から見れば王国領土の反対に位置するだろうそこは、マリーには縁遠い。アレクサンドラ侯爵家の縁付きであると知っても「そうなんだ」以外の感想が出てこない。きっとこれからも関わることはないだろう。

 なにはともあれ、現時点でのソフィア・アレクサンドラはマリーに友好的だ。敵対すればどうやっても太刀打ちできない相手だが、味方であればこれほど心強いものはない。表立っての交流は他家の嫉妬や勘繰りを招くため、これからもこうしてこっそり情報交換をしていくのが得策だろう。

 深い紅色の茶は目にも心地よい。一つの懸念が解消された開放感から、マリーはその後の時間をひどく気楽に楽しんだ。

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