第37話 目的の資料
竜也さんと美穂ちゃんと一緒にダンジョン協会の資料室の中を調べ始めてからどれくらいの時が過ぎただろうか。これまで何の成果を得ることもできないまま残り三冊というところまでになった。
もちろん時間は限られているため一つ一つ丁寧に見ていったわけではなく、これまでの間に見逃している可能性はあるだろう。
しかし、これほど探して見つからないものをまた一から探すというのは二人に申し訳ないし、何と言っても見逃す程度の情報しかないのであればあまり役に立たない情報である。
そのため正真正銘、この三冊がラストとなる。
「これでラストだね。ちょうど一人一冊だし、読んでみようか」
「はい」
半ば諦めムードが漂う中、二人とも真剣に目を走らせてくれている。私もしっかりしなくちゃ。そう自分を奮い立たせて最後の資料を恐る恐る読み進めていく。
内容はこれまで通り、魔物が最初に見つかった場所、歴史、引き起こした事件など図鑑には記載されないような事細かな説明の数々が書かれている。
大体、三ページくらいに渡って同じ魔物の事が書かれているため、魔物の造形だけを確認すると数ページずつ飛ばしながら読み進めていく。
そして最後のページを開くと私は落胆する。
「茉奈もダメだった?」
「うん。てことは美穂ちゃんも?」
「そうね。テレビとかで見た魔物みたいな奴は居ても全く同じ種類の魔物は見当たらないわね」
これまで特徴が似ている魔物を挙げてもらったがそのどれも、人型ではあるものの少し獣っぽいところがあったり、何より人型で大きな翼が生えているというのが一切見当たらなかったのだ。
「……僕もダメだね。ここに資料がないってことはもう新種確定じゃないかな」
「やっぱりそうなりますか……わざわざ探していただいたのに申し訳ないです」
「良いよ良いよ。もとはと言えば僕から言い出したことなんだし。それにほんのちょっとダンジョン協会所属ってのを自慢したかったのもあるしね。ウィンウィンだよ、ウィンウィン」
「すみません。ありがたいです」
何がウィンウィンなのだろうか、まったくもって私がお世話になりっぱなしなんだけどな、と疑問に思いながらも取り敢えず感謝を述べておく。
「美穂ちゃんもありがとね。私の我が儘に付き合ってもらっちゃって」
「大丈夫大丈夫。その代わり、今日の晩御飯」
「奢る奢る! 奢らせてもらいます!」
「うむ、よろしい」
満足げに頷く美穂ちゃん。端正な顔立ちも相まったその可愛らしさに思わず頬が緩む。あぁ、いつも思うけど美穂ちゃんって天使様みたいだ……。
結局魔物の情報は何も得られなかったけどこの笑顔を見れただけでもう十分な気がしてきた……ってダメダメ。絶対に梓さんもといAZUSAの声を取り戻すんだから!
「竜也さんもご一緒にどうですか?」
「僕はまたの機会にしておくよ。ちょうどここでやることがあるから」
「分かりました」
竜也さんにも後で何らかの形でお礼しないとな。何が良いだろう? 探索者が好きなんだったら私のサインとかでも喜んでくれるかな……って何うぬぼれてるんだ私は!
そんな思考回路に至ってしまう自分に思わず恥ずかしくなってくる。
「それじゃあ帰ろうか。入り口まで送ってくよ」
そう言って竜也さんが資料室の扉に手を伸ばした瞬間、ちょうどそのタイミングで誰かがガチャリとドアノブを捻り、中へと入ってくる。
「あっ、すみません。どうぞ……って、え、え、ええ!?」
最初は道を譲ろうと横にそれた竜也さんであったが扉の向こうから現れた人物を見るや否や大きな声を上げる。それもそうだろう。この人、私でも知ってる。
黒髪に長髪の男性。その逞しい体つきは強者の雰囲気を醸し出している。国内最強の男、如月劉全の姿がそこにあったのだから。
「ききききききキャプテンンッ!?」
驚きのあまり挙動がおかしくなってしまっている竜也さん。最初に抱いた穏やかな美青年の姿はどこへやら、子供のような羨望の眼差しを向けながら今にも飛びついていきそうである。
おまけに口角が上がりすぎて表情筋がおかしなことになってしまっている。これでは美青年も形無しだ。
そんなヒーローを見るかのような眼差しを向けている竜也さんに対して如月さんはただ会釈をするだけで応対し、そのまま竜也さんの前を通り過ぎてしまう。
手には本を一冊抱えているようでそれを仕舞いにきたんだろうな、そうぼんやりと考えながら何気なく如月さんが持つ本の表紙を見て私は思わずあっと声を漏らす。
「その本……」
私がそう言った瞬間、明らかに如月さんの歩く速度が上昇する。うん、間違いない。あれは絶対にそうだ。
如月さんの持つ本。その表紙には明らかに私がダンジョンで見たあの魔物とそっくりな姿が描かれていたのだ。
「ちょっと、茉奈」
確信を持った私は美穂ちゃんが止めようとするのを無視して通り過ぎた如月さんを追いかける。
「すみません、如月さん。その本をお借りしてもよろしいでしょうか?」
私がそう声を掛けると如月さんの動きがピタリと止まる。そして何を思ったかくるりと踵を返すとその本を私に押し付けてくる。
「え、えとありがとうございます」
私がそう返すと如月さんは何事もなかったかのようにそのまま通り過ぎていく。
最初はあんなに見られたくなさげだったのにやけにすんなりと渡してもらえたのと最後に私の顔を見て少し笑みを浮かべたのが謎でその理由を問いただせないまま、如月さんの姿は資料室の外へと消えていくのであった。
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