第27話 怪物の声
AZUSAさんを追いかけ、大規模ダンジョン『摩天』の中を突き進んでかなりの時間が経過した。配信では既に視聴者数が20万人を超えており、その全員が私をAZUSAさんの下へと誘導してくれる。
「あっ、あれは」
ダンジョンの中で何か小さい物が落ちている。AZUSAさんが配信で使っているドローンカメラだ。原形はとどめているものの完全に壊れている。もう使い物にはならないだろうな。
「皆さんのお陰でかなり近づいてこられました。ただ」
この先はAZUSAさんの配信がついていなかったため誰も正確な道を知らない。普通の一本道であるならばいざ知らず、大規模ダンジョンというだけあってかなり道が入り組んでいる。
『ここからは運か』
『でもかなり近いはず! 頑張ってマナちゃん!』
『俺達も駆けつけられたら良かったんだけど……マナちゃん頑張ってくれ!』
夥しい量のコメントが流れていく。そのコメントの数々がAZUSAさんへの道しるべが無くなり途方に暮れていた私の心に潤いをくれる。
「皆さんありがとうございます」
正直配信を消すかどうかは迷っていた。一応、収益は消してあるけどこんなところを配信したら話題集めと捉えられても無理はない。
でも同時にここまでこれたのは視聴者の皆のお陰だ。それにこれから摩天に関しての有益な情報がコメント欄からもらえるかもしれない。だから私は何と言われようとも配信をつけたままAZUSAさんを探すことにする。
「皆さん、引き続き摩天についての情報提供の方よろしくお願いします!」
『任せて!!』
『現役探索者さん、情報提供求む』
『摩天なんて誰が行ったことあるんだ??』
大規模ダンジョン『摩天』。それに挑める者は探索者の中でも少数だ。なぜならダンジョン協会へ申請し、厳密な審査の結果、ようやく入ることを許されるらしい。
「違う、こっちじゃない」
コメントを読みながら私は虱潰しにダンジョン探索を続けていた。幸いなことにあまり遠くまで続いている分かれ道が無いため、勘で進んでこられてはいるが、時間が惜しい。
こんなことをしている間にもAZUSAさんが殺される可能性だってあるのだ。
誰か、この20万人の中に誰かいないの?
そんな思いが通じたのか否か。私の目の前に一つのコメントが現れる。
『摩天を10階層まで探索したことがある者です。そこまででしたらご案内できます』
『有識者キター!』
『ナイスすぎる!』
『よっしゃこれでAZUSAを助けに行けるぞ!』
摩天を10階層まで探索したことのある猛者が現れた瞬間にコメントが一斉に流れ出していく。不味い、このままじゃせっかくのコメントが流れていっちゃう。
「有識者さん、ありがとうございます! マーク付けておきますね」
マークというのはコメントに知り合いが来た際に、他のコメントと見分けがつくように名前の横に印をつけることだ。これをすることで知り合いの名前も色が変わり、コメントを拾いやすくなる。
『ここまでの道は合ってますのでここからご説明しますね。まずは……』
そうして突如現れた謎の有識者さんのお陰ですんなりとダンジョンを進めるようになった。
『嘘じゃないのかよ』
『摩天10階層まで探索したことあるとか絶対星持ちじゃん』
『パン屋さんナイス!』
パン屋さんとはこれまでコメントで指示を出し続けてくれている人のアカウント名だ。その人の指示に従ってどんどんとダンジョン内を進んでいく。
それから暫くして前方に何かの影が見えてくる。
「もしかしてあれが」
『あいつだ!!』
『マナちゃん! 気を付けて!』
『AZUSAを助けて! マナちゃん!』
「任せてください。私が今から助け出します」
頭の中に前奏が流れ始める。全身でリズムを取りながら徐々に力を纏っていく。私が歌うのは初めてAZUSAさんが私のために作ってくれた曲、『反逆の光』だ。
そうして歌い始め。私の体が完全に光に包まれ、その力で前方に見えるその影に突っ込んでいく。
『AZUSAを放せ! この怪物が!』
『行けー! マナちゃん!』
歌っているのだから当然、目の前の怪物も気が付きこちらへと振り返ろうとする。しかし、私の音をも置き去る程の速さで突っ込んでいく私には関係ない。
両手を広げる。その先から光で出来た刃が生まれる。
そうしてそのまま全力で目の前の怪物の首筋に向かって刃を振るう。
だがその刃が怪物の首を斬り落とすことはなかった。いつの間にか遠くの方へと移動し、こちらを見据えていたのだ。
そしてその両腕にはAZUSAさんの姿がしっかりある。よかった、まだ殺されてなかったみたい。
それにしてもAZUSAさんを攫ったこの魔物は一体何なんだろう? 人型で背中から翼が生えている巨大な怪物。その見た目はまるで……。
『なんだこいつ?』
『多分、新種の魔物だ』
『こんな奴、見たことない』
『なんか悪魔みたいじゃない?』
コメント欄がその謎の怪物が映し出されたことによってざわつき始める。
『私も見たことがありませんね。こんな魔物と『摩天』で遭遇したことがありません』
頼みの綱であるパン屋さんですら見たことのない怪物。得体は知れないけど、AZUSAさんを助けなくちゃいけない事には変わらない。
再度、私は光の力を身に纏いながら怪物の方へと突っ込んでいく。
一瞬にして怪物の横側へと移動すると側面から首筋を光の槍で貫かんとする。それを怪物が防ごうとした瞬間に、足から生み出した光の刃で怪物の腕の関節を斬り、AZUSAさんを掴んでいる腕を離させる。
そしてAZUSAさんが今にも地面へと落下する寸前で抱き上げて、怪物からすぐさま距離を取る。
『うおおお! 流石歌姫!』
『マナちゃん最強!』
『あとは逃げるだけだ!』
AZUSAさんを助けたことでコメント欄が湧く。コメントの言う通り、私もこのままAZUSAさんの体を抱えて地上へと行くつもりだ。
そんな折、まさに私がその怪物から更に距離を取ろうとしたタイミングで後ろの方から聞こえる筈の無い声が聞こえてくる。
「君の歌声、綺麗だね」
その声を聴いて私はピタリと立ち止まる。それは私がいつも聞いていた優しく美しい声。その怪物から発せられた声は正真正銘AZUSAさんの声であったのだ。
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