第26話 声

 AZUSAさんの配信を見て走っていく。ただ、途中からしか見ていないため今自分がどれくらいAZUSAさんに近づけているのかが分からないことに気が付く。


 こうなったら頼れるのはAZUSAさんの配信を最初から見ていた人達。


『ヤバいヤバい、本当の放送事故じゃねえか!』 

『ガチでヤバい!』

『お願い! 誰か私のAZUSAを助けて!』

『すげー、こんなの初めて見た』

『歌姫ー! 助けてあげてくれー!』


 そうAZUSAさんの配信に居るコメント欄の人達。同時接続10万人を超えた視聴者の人々だ。こんなにも多くの目があるならばきっと今までの道のりを覚えている人たちだっている筈。


 私はその人たちに向けて自身の状況を説明するために鞄の中からドローンカメラを出して配信をつける。つけた瞬間に同時接続者数が一気に5万人を突破する。


「突然ですみません! 今、私は攫われたAZUSAさんを追いかけています そこで皆様にお願いがあります! AZUSAさんの配信を見ていた皆様、どうかAZUSAさんまでの道のりを教えていただけませんか!」


 焦っているため、少し早口になってしまう。上手く伝わったかな? 


『そこまっすぐ行ったところ右に曲がってた!!』

『そこ右!』

『歌姫~、頑張ってくれ!』


「ありがとうございます」


 手元の携帯でコメントを読みながら同時にAZUSAさんの配信も見る。AZUSAさんを襲った魔物はまだダンジョン内を移動している。悲鳴が聞こえてからすぐに駆けだしたからそんなに離れてはいないはずだけど。


『そこ左』

『まっすぐ行って突き当りで右に曲がって』

『次の分かれ道で左に曲がったら階段があるから降りて』

『あれ? 左だっけ?』

『右だった気がするけど』

『いや左だぞ』

『絶対左! 画面録画してるから分かる!』


 それから私はコメントの指示に従いながらダンジョン内を走っていく。コメントと実際の私の位置とでちょっと遅延があってずれていたり、コメント欄に居る人たちの間で違う意見が飛び交いながらもなんとか意思をくみ取って進んでいく。


『まだ次の階段を降りたところ見てないから多分その階層に居ると思う!』


「本当ですか! ありがとうございます!」


 思っていた通りAZUSAさんを襲った魔物はまだ遠くへ行ってなかったらしい。同じ階層なら直にたどり着く。そう思っていると、突然AZUSAさんの配信画面がプツンッと途切れ、真っ暗になる。


 どうやら魔物が追尾しているドローンカメラに気付いて叩き落したらしい。


『AZUSAの配信消えちゃった』

『え、これマジでヤバくね?』


「取り敢えずAZUSAさんの最後の場所まで案内していただけませんか? そこからは私が自力で探します」


『了解!』

『AZUSAの命は歌姫にかかってる! 頑張ってくれ! そんで無理もしないでくれ!』

『てかまだ救助は来てないわけ? テレビの生放送も途中で終わっちゃったし何にもわかんないけど』

『流石にまだだろ。AZUSAが負けたくらいなんだし、助けるんだったら星持ちもしくは大量の探索者が必要だろ? 多分明日とかになるぜ』

『現地に歌姫とかいう星持ちが居てマジ運良かったよな』


「やっぱり救助はそのくらいかかりますよね」


 それが分かっているから私はマネージャーの鈴木さんを振り切って追いかけてきたのだ。多分、帰ったら滅茶苦茶怒られるんだろうな。そうなってもAZUSAさんを助けられたら悔いはない。


「皆さん、引き続き道案内の方よろしくお願いします!」



 ♢


 

 体に伝わってくる振動で神木梓が目を覚ます。そして自分が突然現れた翼をもつ人型の魔物にやられたことを思い出し、自身を抱えている存在を睨みつける。


 何故殺されずに運ばれているのか分からない。

 

 そのうえ、体を動かして抵抗しようにも全く動かすことが出来ない。ならばせめて真意だけでも問おうと思い、梓は声を出そうとする。

 

(ん? 声が……出せない)


 しかし、思ったように声が出ないどころか口を開いてもヒューヒューと空気が漏れる音しか聞こえてこない。体すら動かせず声も出せないそんな状況に、梓は恐怖を覚える。


 いっそのこと殺してくれた方が心情的には楽であった。


 そんなことを考えていると、先程まで前しか見ていなかった魔物の顔が梓の方へと向き、まるで喜ぶかのようにその口角を上げていた。


「君の声、綺麗だから貰ったよ」


 一瞬、梓は耳を疑っていた。なぜなら、自分の声と全く同じ声がその魔物から聞こえてきたからだ。何故その魔物が自分の声を発しているのか、そして声を貰うという言葉がより一層、梓に恐怖を与える。


「次は体さ。僕の醜い体と君の美しい体を交換するのさ。大掛かりな準備が必要だからまだだけどね」


 そう言いながら梓の声を奪った魔物はダンジョンの中を駆けていくのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る