第25話 緊急事態

「そういえば音質どうですか? 最近ピンマイクを購入したんですけど」


 歌が終わったところで視聴者さんに聞いてみる。収益も入ってきたことでつい最近結構高いダンジョン配信用のマイクを買ったんだ。確か10万円くらいした気がする。ドローンカメラは今のままでも十分画質が良いから買い替えてないけど。


『言われてみればかなり音質良くなってる気がする』

『音質めっちゃ良いよ~』

『近くにマナちゃんが感じられるみたいで幸せ』


「良かったです~ちゃんと音質良くなってるんですね」


 自分では分からないからホッとする。あれだけ大金をはたいて音質が変わらなかったら流石にショックだし。


「さあ、それじゃあサクサク進めていきますか」


 それから私は魔物を倒しながらダンジョン内部を突き進んでいく。普通のダンジョンと違う点は中が広すぎて一向に終わりが見えないところ。かれこれ30分くらい探索を続けているのに中々終わりが見えない。


 そしてしばらくダンジョン配信をしたであろうその時、突然遠くの方から悲鳴のような物が聞こえる。


「皆さん、今の聞こえましたか?」


『聞こえた』

『聞こえた。なにこの声』

『誰かの悲鳴に聞こえたけど』

『怖い怖い』

『え、なに?』


 今回、このダンジョン内はテレビが入るという事で貸し切り状態になっている。そのため、考えられるのはテレビスタッフ達もしくは他のダンジョン配信者たちだけだ。


 嫌な予感がする。そんな時、コメント欄に今までとは全く毛色の違うコメントが流れ始める。


『大変大変! 歌姫!』

『歌姫早くAZUSAを助けてあげて』

『AZUSAがヤバい! 歌姫!』


 コメント欄が一気にAZUSAを助けてというコメントで溢れかえる。それは配信者ならではの救難信号であった。


「分かりました! 今向かいます! 皆さん配信はここまでです! 申し訳ありません!」


 私の推しでもあり事務所の先輩であるAZUSAさん。そんな人の危機と聞いた私はすぐに配信を切り、鞄へ機材を詰め込むとそれはもう自分でも驚きの速さでダンジョン内を駆けていく。


 こんな時のために足が速くなる歌でも仕入れておくんだった!


 しばらく走っていると前方にテレビスタッフさんが何やら大きな声でカメラマンさんやリポーターさんに対して何かの指示を出しているのが見える。


「生放送は中止だ! カメラを止めて今すぐに救助要請を! あと他のダンジョン配信者さん達にも連絡を!」


「すみません!」


 事情を聴くべくテレビスタッフさん達に話しかけると一瞬ホッとした顔を向けられるが瞬時に悲痛そうな顔へと切り替わる。


「何があったのですか?」


「実はAZUSAさんがダンジョン探索をしている際に人型の魔物と遭遇しまして。その魔物が非常に強力で一撃でAZUSAさんの意識を奪うとそのまま連れ去ってしまったのです。それで今は救助をと。申し訳ありません、生放送は中止となります」


「AZUSAさんが連れ去られた……」


 星持ちの実力者であるAZUSAさんが一撃で意識を持っていかれるほど強力な魔物。恐らくレベル8なんかでは収まらないであろう強さの魔物という事だ。


 そんな魔物がダンジョンの一階層に現れるなんて予想も出来なかった。嫌な予感は見事的中してしまったという訳だ。


「幸いにもAZUSAさんのドローンカメラは壊されておらず、未だ配信がついたままなので動向は分かるのですが」


 そう言われて自身の携帯でAZUSAさんの配信画面を開いてみると確かに配信はまだ途切れていない。そしてその画面に映し出されていたのは巨大な翼を持った人型の魔物とそれに抱えられたAZUSAさんの姿であった。


「こんな魔物……見たことない」


「はい、恐らく新種であると思われます」


 未踏破のダンジョンには時折、新種の魔物が見つかることがある。新種の魔物は総じて強力な個体が多く、星持ちであれど油断ならない相手だ。AZUSAさんが負けてもおかしくない。


 私はテレビスタッフさんに礼を告げるとマネージャーの鈴木さんの下へと歩いていく。

 

「鈴木さん。私、AZUSAさんを助けにいきます」


「いやいやちょっと待ってください茉奈さん! あなたまで攫われてしまったらどうするのですか!?」


「相手は私達人を食らう魔物です。救助を待っていてはAZUSAさんが殺されてしまうかもしれません」


「ですが星持ちのAZUSAさんが負けたんです。言いたくはありませんが茉奈さんも負けてしまわれるかもしれないのですよ」


 鈴木さんが必死の形相で止めてくる。心配してくれるのはありがたい。でも今駆け付けなきゃAZUSAさんを助けられないかもしれないのだ。ここで食い下がらない私ではない。


「それでも行かなきゃ! 他の星持ちの探索者さんを待っていては手遅れになります!」


 魔物は待ってくれない。人間の願いなど届きやしないのだ。私は鈴木さんの制止を振り切って地面を蹴る。


「茉奈さん!」


「大丈夫です! すぐにAZUSAさんを連れて戻りますから!」


 そう言って私はAZUSAさんの配信を頼りに人型の魔物を追いかけるのであった。

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