第28話 ダンジョンの暴走

「喋った? それにその声」


 怪物が人間の言葉を話すのに驚くと同時にその声がAZUSAさんに似ていることに戸惑う。目の前の怪物から透き通るようなAZUSAさんの声が聞こえてくることに嫌な予感がする。


『魔物が喋るなんて聞いたことない』

『知性があるのか? 間違いなく新種だな』

『それにしてもこの声、どこかで聞いたことない?』

『滅茶苦茶AZUSAの声に似てるよね』


 コメント欄でもAZUSAさんに声が似ているというコメントが大多数流れていく。やっぱりそうだよね。


「どうしようかな。声はもう手に入っちゃったしなぁ」


「声はもう手に入った? それどういう事?」


 AZUSAさんを背負ったまま私はその怪物につい話しかけてしまう。今すぐにでもここから逃げた方が良いのは分かってる。でもどうしても嫌な予感がするんだ。


 その魔物が私の声に反応したのかは分からない。人型ではあるが、顔も何もない異形の存在であるため、判断できない。


 ごくりと生唾を飲み込みながらその返答を待つ。もしかしたらただAZUSAさんに似ている声を持っているだけなのかもしれない。ていうかそうであってほしい。


 そんな私の願いは次の魔物の返答によって砕かれることとなる。


「ああ、そこの美しい子から声を奪ったのさ。どう? 違和感ないでしょう?」


 その瞬間、私の中で何かがはじけた感覚がした。AZUSAさんをダンジョンの壁にもたれかからせると魔物の方へと威圧する視線を送る。


「返せ。AZUSAさんの声を返せ!」


 AZUSAさんが努力して培ってきた声を何も知らない通りすがりの存在に奪われたという事に心底腹が立つ。綺麗なAZUSAさんの努力を汚されている気がしてどうしても許せない。


 本当ならこのままAZUSAさんを連れて地上に向かうのが賢いんだろう。でも私は今、この怒りを抑えられない。


「ごめんね、皆。ちょっと私こいつを倒さないと気が済まないかも」


『マナちゃん、早まっちゃダメだ』

『AZUSAが負けたんだ。マナちゃんも危ないかもしれないよ』

『でもこのままじゃAZUSAの声が奪われたままじゃないか』

『それでも命が無事なら後でどうとでもなるよきっと』


 コメント欄の皆が必死で止めてくれる。でも今の私には聞こえない。


 ごめん鈴木さん。もうちょっと待ってて。


 歌い始める。曲はAZUSAさんに作ってもらった『剣劇』だ。


「まあ君も綺麗だし体は君のを貰おうかな」


 怪物に向かって数十本もの剣を生み出し、放つ。しかし、すべて怪物によって叩き落されていく。AZUSAさんを倒した敵だ。そう簡単には倒せないだろう。


 今度は剣を放つのを諦めて、怪物へと急接近していく。怪物が拳を振りかざそうとした刹那、私は懐に潜り込むとそのまま怪物の腹へと一本の剣を突き刺す。


「イタタタタタ」


 怪物がよろめいた瞬間に、私の周囲に漂っていた数十本の剣が一斉に怪物の体のあちこちに突き刺さっていく。


 ただ力が強いだけであんまり賢くないのかも。まあ、魔物にしては賢いんだろうけど。


『さっすがマナちゃん!』

『全然勝てそうだな』

『いけー』

『勝てる勝てる』


 応援してくれるコメント欄の皆に心の中で感謝を告げながら、次の歌へと切り替える。曲名はもちろん『反逆の光』だ。


「え~、次は何? なんか光ってない?」


 相変わらず気の抜けた言葉を紡ぐ怪物に対して光で生み出した槍を打ち込む。その一つ一つが岩を溶かすほどに高温で怪物の体にもれなく突き刺さっていく。


「はあ~、やっぱりこの姿じゃあ力が出せないな。仕方ない。いったん逃げるか」


 光の槍が突き刺されて、地面へと倒れ伏した怪物が何かを呟いている。これでもまだ死んでいないなんてしぶといな。早くAZUSAさんの声を返してもらわないと。


 私は止めを刺すべく、光の力を身に纏いながら倒れている怪物の方へと近づいていく。私の攻撃が怪物を貫こうとした次の瞬間、怪物が飛び起きて攻撃を回避すると、後方へと退く。


「ごめんね、悪いけど今のままじゃ君には勝てなさそうだから逃げさせてもらうよ」


 逃げさせるなんて選択肢は私にはない。再度、攻撃をしようと私が怪物の下へと走り出した時、怪物が何か黒い結晶のような物を生み出す。


「無駄だよ」

 

 怪物は作り出した結晶のような物をダンジョンへと叩きつけた。刹那、ダンジョンが途轍もない音を立てて揺れ始める。


「何が起きたの?」


 突然のダンジョンの変化に私は攻撃を中断して状況を周囲の確認する。一見、何も起こっていないように見えるけれど。

 

「今このダンジョンの鍵を破壊したんだよ。もうこのダンジョンの力は吸収したからね。後は暴走させるだけさ」


 ダンジョンの鍵? 暴走? 何一つ理解できないけど、少なくとも危険な事には変わりない。


「じゃあね。えーと……マナちゃん」


「待て!」


 怪物が逃げようとしているのを確認してそれを食い止めるために私は再度歌い始めて攻撃の準備をする。


「そんなことをしていて良いのかな?」


『何だこの音』

『何か来るぞ!』


 何かが押し寄せてくる音。それも一つや二つではない。明らかに大勢の何かがこちらに向かって近づいてくる。


 そして少し経過したのちにその正体が露になる。その音の正体は数えきれないほどの魔物の群れであった。


「それじゃ今度こそ、さよなら~」


 魔物の相手をすればAZUSAさんの声を奪った怪物が逃げてしまう。でもこの怪物を追えば今度は魔物の群れが意識を失っているAZUSAさんに襲い掛かるだろう。


 その二つを天秤にかけた私は苦渋の判断でAZUSAさんを守ることに決め、AZUSAさんの方へと戻る。


「視聴者の皆さん! 今からAZUSAさんを連れて地上へ向かいます! その案内をしていただけないでしょうか?」


『もちろん』

『任せろ! 録画みながら指示だすよ!』


「ありがとうございます」


 そうして私はAZUSAさんを背負うと後ろ髪を引かれる思いのまま地上へと駆けだすのであった。

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