第9話 アイテム

 大きな体にキラリと光る鋭い目。蜥蜴のような体に大きな翼をした魔物が佇んでいる。


 それに普通の蜥蜴と違って体は頑丈そうな棘に覆われている。うわぁ、てかドラゴンだよねあれ。


『嘘だろ、普通にヤベーやつ出てんじゃん』

『ドラゴンキターwww』

『しかもただのドラゴンじゃないぞ。イグリードドラゴン。金獅子と同じレベル8だ』


 金獅子と同じか。でも強さとしてはこっちの方が断然強そう。多分、同じレベルの中にも強弱はあるんだろうな。てか堅そうすぎて私の拳じゃ倒せなさそう。生憎、武器なんて持ちあわせていない私が取れる手段はもちろん、歌による属性付与だけである。


「弱点属性とか分かりますか?」


『確か雷だったような』

『僕も倒したことないので分からないですが確か雷だったと思います』

『AZUSAで倒したことないとかどんだけ珍しい魔物なんだよ』

『ネットで調べたら雷と氷だったよー』


「ありがとうございます」


 雷と氷か。私が歌える曲で当てはまるのはAZUSAの「雷神」と「雪恋」だけだ。能力を満足に使うにはある程度の熟達が必要なため、自信があるのは当然AZUSAの楽曲だけであった。


 それにしても本人が聞いている中での歌ってよく考えたら凄いことだよね。散々歌ってきたから感覚が麻痺してたけど。


「それでは」


 歌声が響き渡る。洞窟の中だから通常よりも反響して私の耳にも届く。BGMが無くてもその音色は私の心を奮起させる。まるで歌の世界の中に本当に入ったかのような没入感。誰しもが感じたことがあるであろうあの感覚を私は具現化できるのだ。


 切ない雪恋のバラード。雪を操りながら歌詞に込められた情景を思い浮かべながら口ずさんでいく。


『なにこの臨場感』

『歌だけじゃなくて実際に雪降ってるし滅茶苦茶カッコいいんだけど』

『歌姫の表情もサイコーに合ってるし歌声も優しくてマジで良い』

『ああ、聞き惚れるなぁ』

『本当にマナさんは心に響く声で歌いますね』


 歌詞から感じ取る感情を歌声に乗せて生み出した雪を操り、イグリードドラゴンの体を包み込んでいく。徐々に凍り付いていくのをイグリードドラゴンが振り払おうと腕を大きく振るうと、それだけで斬撃のような衝撃波が生まれ、銀世界に一筋の道が走る。


 それを塞ぐように次から次へと雪が降り注ぐ。その中でサビにある「凍りゆく私の心」という歌詞で大きな氷槍を生み出す。これがこの曲で出来る私の最高火力だ。


『……綺麗』

『バズった時の配信で見たのってこれか』

『近くで見たらこんなに綺麗だなんて』

『歌ってる姿のマナって幻想的だよな。ホント歌姫って言葉がここまで似合うのは凄いと思う』


 上に突き上げた手から放たれる大きな氷の槍。それは音を置いていくほどの勢いで放たれて雪で視界が奪われたイグリードドラゴンの横腹へと突き刺さる。


グオオッ……。


 氷の槍が激突した衝撃に体をよろめかせ、うめき声を上げるイグリードドラゴン。しかし、血を流しながらなおもこちらを睨みつけてくる。これでもまだ倒せないなんて相当堅いな。


『これで倒せないとかマジ』

『結構凄い音鳴ったよ?』


「しぶといですね」


 金獅子なら間違いなく今の一撃で倒せた。やっぱりレベルの中でも強弱はあるんだよきっと。


『僕がダンジョンを踏破した時はラスボスがレベル7だったんですけど』

『このダンジョンもしかしてヤバすぎ?』

『もうレベル8が二体も出てるんですけど』


「今のを耐えられたのは私も初めてですね」


 ならば今度はもう一つの弱点である雷属性を試してみよう。


「では次の曲はAZUSAさんの『雷神』で行きます」


 先程のバラード調の曲とは打って変わった激しい曲調。痺れるように心を突き動かすこの曲は私のお気に入りの曲の一つだ。


 AZUSAは甘い曲も激しい曲も全部、格好良く歌い上げる。そんなAZUSAに憧れて私もダンジョン配信者になったんだ。


『マナの声質って凄くね? バラードにもこんな激しい曲にも合うとか強すぎるww』

『この曲も良いね。AZUSA聞いたことなかったけど試しにサブスクで聞いてみよっかな』

『まだ聞いてなかったのか? 俺は歌姫の歌を聞いて全CD買ったぜ? 配信で歌ってくれる曲が分からなかったら嫌だからな』


 激しい曲調に加え雷の力を使うため、雪恋の時には緩慢としていた動きが打って変わって俊敏な動きになる。イグリードドラゴンが体中に生えている棘を全方位へと射出してくるもそれらすべてを雷で落としていく。更にイグリードドラゴンの攻撃を掻い潜って懐へと潜り込むと、拳に雷の力を蓄えていく。


『キタキタキター! 歌姫の最強の技!』

『トールハンマー!』

『いけ、トールハンマー!』


 いつの間にか名前が付けられていた技。コメント欄が一斉にその技名に染まっていく中で放たれるこの曲最大にして私の中でも最大威力の一撃。


 音速を超えた速さで打ち出されるその拳はドラゴンの体を貫き、当たった箇所へと無数の雷撃が降り注がれ、破裂する。その一撃はまさに神話で語られる雷神の放つ一撃みたいだからそう名付けられた。


 その一撃を受けたイグリードドラゴンの全身が黒焦げになってその場へと倒れ伏す。今回はどうやら倒せたようでそのまま動かなくなる。


「何とか倒せましたね」


『うおおおおお!!!!』

『ナイス歌姫!』

『強すぎ!』

『何ここライブですか?』

『マジで強すぎ!』


 コメント欄が凄い速さで流れていく。視聴者数は10万人。ものすごい数の人達が見てくれてるんだ。てかさっきの相手滅茶苦茶疲れたんだけど。そんな時、近くでガチャンっという音が鳴り響く。どうやら前方にある扉が開いたようだ。


「何かが開いたので見に行ってみますね」


『何だろう? 次の階層への階段?』

『ボス戦と言えばクリア報酬だけどそれですかね?』


 扉の向こうを覗くと中にあったのは光を発しながら宙に浮く大きな水晶。そして近くには階段が見える。どうやら次の階層はここから行くらしい。


『あっ、マナさん。それがショートカット用の水晶です。近くに宝箱ないですか? その中にある記録石をその大きな水晶にかざしてショートカット登録するんです』


「AZUSAさんありがとうございます。そうですね、宝箱は」


 周囲を見回すと確かに隅っこの方に宝箱があった。そして中を開けると宙に浮いている水晶と同じ見た目の小さな石が入っていた。これがAZUSAの言う記録石なのだろう。


「これを水晶にかざす」

 

 小さな記録石を大きな水晶へとかざすと、一瞬眩い光が発せられ、次の瞬間には記録石に『夢の跡地 第20層』という文字が浮かび上がる。


『横に書かれている文字がダンジョン名で第20層というのがそのダンジョンのショートカットできる階層になります。普段は消えてますがタッチすれば反応して文字が浮かび上がるのでそれでどこの階層に行くのかを選べます。ただ、指定したダンジョン内に居ないと使えませんのでお気を付けください』


「何から何までありがとうございます、AZUSAさん」


 憧れの人に曲を歌わせてもらってあまつさえダンジョン攻略の指示までしてもらって何から何まで申し訳なくなると同時に嬉しい気持ちでいっぱいになる。本当に話しているかのような気持ちになるのだ。


『AZUSAが他人の配信でここまでコメントするの珍しくね?』

『てか他の配信で見たことない気がする』

『それはそうだと思います。僕、他人の配信はマナさんの配信しか見たことありませんので』


「えっ、そうなんですか! もう嬉しすぎて何を言えば良いか」


 もうホントにこの一週間で何もかもが変わったよ。まさか推しにこんな事を言ってもらえるなんて夢にも思わなかった。それから少しの間コメント欄の皆と床に座りながら会話をする。ショートカットのアイテムも手に入れられたし今日のダンジョン攻略はこれで終わりだ。


「皆さん。今回も見ていただいて本当にありがとうございました! それではまた次回の配信でお会いしましょう。またね」


 そうして私は二回目の配信を閉じるのであった。

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