第44話
入社式は緊張して、ほとんど話が入ってこなかった。周りの同期たちは自分よりもずっとちゃんとしている大人に見えて、この中で社会人としてやっていけるのだろうかと不安になる。
仕事だって、やりたくて選んだものじゃない。少しでもチャンスのありそうな会社に片っ端から履歴書を送って、ようやく掴んだ仕事だ。就活はそんなものだとわかっているけれど、これから先のことが何も約束されないまま放り出された気分だった。
でも、凛と一緒にいるためにも、なんとかやっていかなくては。
偉い人たちの長い話が終わって、ようやく入社式から解放される。明日から研修が始まるというのに、こんなに早くから参ってしまってどうするのだろう。でもひとまずは、どうにか社会人1日目を乗り越えた自分を褒めよう。
スーツは息苦しいし、パンプスは靴ずれしてかかとが痛い。そのうち慣れると言われるけれど、慣れる気がしない。周りのみんなはきちんと着こなしているのに、自分のスーツ姿は子供が無理しているように見える。
会社から離れてからジャケットのボタンをあけると、少しだけ息が楽になった。ポケットからスマホを取り出して、凛からのメッセージを確認する。近くのカフェで待っているらしい。
今日は入社式の後に、お祝いついでにどこかご飯を食べに行こうと約束していた。私のお祝いなのに、昨日の夜から何を食べようかなとそわそわしていたのは凛の方だった。
送られてきたカフェを探すと、テラス席に凛の姿が見えた。そういえば、私の入社式の間に美容室に行くと言っていた。髪のインナーカラーが青色に変わっている。初めて出会ったときの、鮮やかなあの青色。
「凛、お待たせ」
顔を上げて微笑む。陽の光を浴びて、髪がきらきらと輝いていた。
「おつかれ、だいや」
「ありがと。髪、似合ってる」
私がそう言うと、凛はでしょ、と笑った。彼女はほんの少し残っていたカフェオレを飲み干して立ち上がる。
「ご飯どこ行く?」
「どこでもいいよ、昨日めっちゃ探してたじゃん」
凛は私の隣に並んで、そのまま手をつないだ。何もない私の指先に、凛の黒いネイルが添えられた。凛は反対の手でポケットからスマホを取り出して店を調べている。
「そういえばさ、新しい曲できたよ」
店が決まったのか、ポケットにスマホを押し込むと、こちらを見上げてにこにこと笑う。その言葉に、私の心は浮足立った。
「ほんと? 楽しみ」
「うん、帰ったら1番に聞いてね」
もちろん、と返事をする。ReLiの曲はいつだって楽しみだ。まだ彼女の曲を1番に聞く権利を与えられていることを、嬉しく思う。
ReLiの曲を、ただのファンとして聞けるようになった。卒業から入社までの暇な時間で、絵を描くことも再開した。彼女の才能を羨ましく思う気持ちは変わらないけれど、それ以上に、凛の作る曲が好きだ。
きっとこれからも、凛には振り回され続けるのだと思う。もしかしたらまた、ふさぎ込んでしまうこともあるかもしれない。
でも、それでも彼女と一緒にいたかった。その気持ちがあったら、大丈夫だと思う。
「だいや?」
黙り込んだ私を、凛が心配そうに見上げる。疲れた?と聞かれたから、ただ首を振った。
「楽しみだなって思ったの」
「曲が?」
「ううん、色々」
これから先の人生、何が待っているかわからないから不安で、でも、凛が隣にいるから大丈夫だ。
心なしか体が軽くなる。スーツの苦しさも、かかとの痛さも、いつの間にか感じなくなっていた。
終
ReLi 阿良々木与太 @yota_araragi
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