第42話

『だいや体調大丈夫? 新幹線間に合いそうだから今から帰るね』



 ライブ終わり、新大阪までの道を早歩きしながら、スマホでメッセージを打つ。時折道に引っかかるキャリーケースが邪魔くさい。スタッフさんに預けて郵送してもらえばよかった。


 大阪にも着いてきてくれると言っただいやは、少し前に体調を崩して来られなかった。出発する前日には熱は下がっていたけれど、向こうで体調が悪くなったら助けられないと思って、私が止めた。だいやは複雑そうな顔をして、わかったと頷いた。


 本当は明日帰る予定だったけれど、だいやが心配で打ち上げを蹴って東京に向かう終電の自由席を取った。本当にギリギリで改札を抜け、丁度ホームに入ってきた列車に乗り込む。自由席のある車両まで歩いて、偶然空いていた席に座った。


 急いだせいで荒い呼吸を整えるために息をつく。ふと周りを見ると鞄に私のグッズをつけている人がいて、慌てて変装用の眼鏡をかけた。ライブでしか顔を出していないし、大丈夫だとは思うけれど、念のため。


 SNSでライブの写真と今日のお礼をつぶやいて、ReLiの仕事はおしまい。SNSを閉じてメッセージアプリを開いたけれど、だいやからの返信はない。寝ているのだろうか。電話を掛けたら迷惑かな。


 東京までの3時間がもどかしかった。はやく家に帰りたい。ライブは配信で見てくれるって言ってたから、感想も聞きたい。何よりはやくだいやに会いたい。


 真っ暗な窓の外を見ているうちにうとうとしてきて、いつの間にか眠っていた。新大阪のアナウンスが流れて慌てて立ち上がる。疲れきった背中のサラリーマンの後に続いて列車を降りる。


 最寄り駅までの電車も終電ぎりぎりだった。家に着くころには0時を回っていて、もうベッドに倒れ込んでしまいたいくらいの疲れが押し寄せている。スーツケースを引きずって、だいやを起こさないように慎重に鍵を開けた。やっぱり眠っているのだろう、家の中は暗い。


 明日片づけるから、とスーツケースを玄関に放置する。靴を脱いで、そのまま服も適当に洗面所に放り込み、顔を洗う前にだいやの顔を見ようと寝室の扉をあけたら、ベッドに彼女の姿がなかった。



「……だいや?」



 整えられた布団を剥ぐ。どこにも彼女はいない。寝室を飛び出し、だいやの部屋も開ける。そこにもいない。リビングにも、キッチンにも風呂場にもトイレにも、だいやはいなかった。


 もしかしたら、コンビニにでも買い物に行っているのかも。メッセージが返ってきていないのは、たまたまスマホを見ていないだけかも。


 そうやっていくつも可能性を考えながら、深く考え込まないようにやることを済ます。メイクを落として、お風呂に入り、時間は1時を過ぎたけれど、だいやは帰ってこなかった。


 ばくばくと心臓が鳴るのを押さえながら、彼女に電話をかける。もしかしたら、外で倒れているのかもしれない。けれどコール音が鳴り続けるだけで、彼女は電話に出なかった。


 だいやが、いない。どこにいるのかもわからない。さっきまで漠然としていた不安が、確かな形を持って私の体を重くする。どこかで事故に遭っていたら、何か事件かも、それとも、だいやが自分から出て行ったのか。


 彼女の部屋の中に変わりはない。けれど元々彼女のものは少なかったし、出て行こうと思えばいつだって出て行けるだろう。


 恐怖からか、それとも寒さからか、がたがた震える体を布団で包み、スマホの画面に縋る。最後に彼女から返信があったのは昨日の夜、『明日がんばってね』の一言。その前のやり取りでも、だいやが出て行くような可能性のある会話は、どこにもない。


 いや、バレたくなくて、私には隠してたんだろうか。私が家にいない今がチャンスだと、逃げてしまったのだろうか。私と一緒にいるのが嫌なら、そう言ってくれたらいいのに。


 何の証拠もないのに、そんな暗い考えばかりが浮かぶ。全部嘘だと思いたいから、はやく帰ってきて。


 けれどいくら待っても、彼女は帰ってこなかった。もういっそ眠ってしまおうと横になったけれど、疲れているはずなのに眠れない。2時、3時と時間が過ぎて、嫌な想像ばかりが瞼の裏によぎる。


 ようやくうとうとしてきた午前9時、がちゃりと、玄関の扉が開く音がした。

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