第40話

 夏休み明けのゼミで、私以外のほとんどが内定をもらっているという事実を知り、本格的に心が折れた。履歴書を書く元気も、会社を探す気力もなくて、就活サイトのメールすら未読のままゴミ箱に捨てた。


 ゼミの先生にはこれくらい普通ですから、みんながはやいんですよと言われたけれど、大多数が早くに決まっているなら私はただの落ちこぼれだ。今後内定をもらえる確証もない。卒業するまで、私は行く先が決まらないかもしれない。


 それならもう、凛のために尽くした方がいいんじゃないだろうか。凛が音楽活動に専念できるように彼女の生活環境を整えて生きる。凛もそれでいいと言ってくれているのだから、もういっそそうしてしまおうか。


 ようやく生活リズムの戻った凛より少し早起きして朝ごはんを作りながら、そんなことを考える。働くよりも、こうやって家事をしている方が向いているような気がするし。


 朝はパン派の凛のために、トースターで食パンを焼く。キッチンに何もなくて寂しかったからこの間買った。バターとジャムをテーブルに置き、簡単なサラダを盛り付けて、インスタントのコーンスープにお湯をいれたところで凛が起きてくる。



「おはよ、だいや」



「おはよう凛、顔洗っておいで」



 まだ眠そうな顔をしている彼女はぺたぺたと足音を立てながら洗面所へ向かう。9月の朝とはいえ、まだ蒸し暑い。ほんの少し開けた窓から風が入り込んでくる。


 穏やかな朝だった。将来の不安も、凛に感じている劣等感も、陽の光が誤魔化してくれているような気がした。


 洗面所から戻ってきた凛が、用意された朝ごはんを黙々と食べる。仕事も授業も、時間に縛られるものが何もない私たちは、だらだらと朝を過ごす。何となくつけているテレビから、呑気なニュースが流れていた。



「もう、このまんまでもいいかな」



 マグカップに入ったコーンスープを啜りながらそうつぶやくと、凛がパンにかじりついたままこちらを向いた。そんなにのせて甘すぎないかと思うほどのジャムが、彼女の口についている。私の方を向いたままぽけっとしている彼女の口元を拭った。



「凛の面倒だけ見て暮らそうかな。前に言ってた、専属家政婦みたいなさ」



 眠くて頭が回っていないのか、彼女の表情は変わらない。言ってから、拒否されたらどうしようと思うと心臓がどきどきする。



「だいやが、そうしてくれるって言うなら、私は嬉しいよ」



 まだ私の中にある迷いを見透かしたように、凛はじっと私を見つめている。そうしたい、というより、そういう道に逃げてしまいたいと思っているのが、バレている。



「だいやがずっと一緒にいてくれるのは、嬉しい。でもだいやが頑張ってたのも知ってるから、だいやのしたいようにしてほしいよ」



「私の、したいように……」



 私がしたいことって、なんだろう。がむしゃらに就職活動をしてきたけれど、結局その答えは見つかっていない。面接でこの会社でしたいことは、と聞かれるたびに、作り上げてきた回答が虚像だとバレないか心配だった。


 私が内定をもらえないのは、きっとそういう部分を見透かされているからだと思う。目標も何もない人間が、きちんと将来のことを考えている人間の横に居たら、すぐにわかる。どちらかを選べと言われたときに、はじかれるのは私の方だ。


 凛は、そんな私を選んでくれた。だから、私も凛のそばにいたい。彼女の役に立ちたい。でもそれが、私のやりたいことなのかと聞かれると、閉口してしまう。


 やりたいことと、それをできるだけの才能がある凛が羨ましかった。生き生きと曲を作る凛を見るたびに、ReLiの曲を楽しみにする自分と、そんな凛の姿に劣等感を感じる自分が葛藤した。



「もうちょっと、考えようかな」



 そう言うと、凛は微笑んでうなずいた。少し前に寂しがっていた彼女は、どこか大人びた表情をしている。私が考えている間に捨てられてしまうかもな、なんて薄暗い考えが背筋を伝った。

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