第39話
側にいるのが当たり前すぎてちょっと忘れていた、推しから元気をもらう感覚に背中を押されて、私は一層就職活動に励んだ。凛があんなに頑張っているのに、私がうじうじしているわけにもいかない。
けれど、そうやって意気込む私の気持ちとは裏腹に、冷酷なお祈りメールばかりが届く。くじけずに頑張ろうと思いたくても、中々前向きになれない。体に蓄えた推しパワーは、少しずつすり減っていった。
夏休みの終わる1週間前、初めて二次面接まで進み、内定まであと一歩のところまで来た。春に買ったリクルートスーツに身を包み、自分がきちんと就活生に見えるかを何度も鏡の前で確認する。
髪をもう1度結びなおしていると、後ろにあくびをしている凛の姿がうつった。なんとも呑気で気が抜ける。凛は1つのまとめた私の髪を、猫のようにつついてちょっかいをかけた。
「ちょっと、ぐちゃってなるでしょ。やめて」
「だいやがちゃんとしてるー」
面接のときはちゃんとしてるでしょ、とにらむと、凛は何がおもしろいのかけらけらと笑った。
ライブが終わってから彼女は魂が抜けたようになって、私がいてもだらけた生活習慣を送っていた。朝は起きてこないし、夜はいつまでもぼんやりとスマホをいじっている。忙しかっただろうししばらくはしょうがないかなと思っていたけれど、彼女が起きていると私も眠れないからそろそろ勘弁してもらいたい。
「別に、就職しなくったっていいのに」
凛は気軽にそんなことを言ってのける。
「私は、凛みたいに才能がないからちゃんと就職しなきゃなの」
「違うよ、私が養ってあげるじゃん」
彼女の言葉は、私にとって衝撃だった。凛は本気なのかそうじゃないのかわからないような顔で笑っている。
「今だってほとんどお世話してもらってるし、専属家政婦みたいな感じでさー」
「……いやいや、さすがに」
もやもやした感情が胸に沸く。けれどその正体が何かわからなくて、私は黙って凛に背を向ける。カバンの中の書類を確認しながら、この気持ちは劣等感だということに気が付いた。
就職すらできない私が、凛に養われる。なんの才能もないのに、ただ凛の側にいるというだけで、それにしがみついて生きていくのは、苦しい。
「嫌なの? 一緒にいてくれるんじゃないの、だいや」
「一緒にいるのと、私が就職しないのは話が別でしょ」
凛は不安そうに、私の顔を見つめている。彼女はもしかしたら私が外の世界に行くことを怖がっているのかもしれないけれど、私は自分の存在意義が凛だけになるのが怖い。
「凛と一緒にいたいからちゃんと就職するの。凛だって今後が保証されてるわけじゃ、ないんだし……」
そう言ってから、嫌味を言ってしまったと思った。ここのところのストレスを、彼女にぶつけてしまった。そう後悔した時には遅かった。振り向くと、彼女は整った眉を八の字にして、泣き出しそうな顔をしている。
「わかってる、私だけじゃ頼りにならないよね、ごめん。だいやに助けてもらってばっかりなのに」
「違う、違う。ごめんね、焦ってたりしてイライラしてた。本当にそんなこと思ってるわけじゃないから。ね、凛」
許しを請うための言葉が全部嘘くさい。だって、さっき彼女を傷つけた言葉は、本当に思っていることだったから。でもそれは、1番凛を信じていないといけない私が、彼女を裏切る言葉だ。絶対に、口にしてはいけなかった。
「でも、やっぱりさ。どっちかがちゃんと仕事してた方がいいと思うんだよ。わかって。凛と一緒にいたいのは、ほんとだし」
凛は俯いて、自分を慰めるように私の手を握っている。私に傷つけられたのに、私しか拠り所のない彼女が可哀想で、胸が痛んだ。
「わかってる……。ごめんね、寂しいだけ。わがまま言ってごめん」
ぐずるような声を出す凛の髪を撫でる。彼女はされるがままになっていた。
「ごめんね。そろそろ行かなきゃ。夕方には帰ってくるから」
「うん、行ってらっしゃい」
何度履いても慣れないパンプスに足を突っ込んで、家を出る。今日の夕飯は凛の好きなオムライスにしてあげよう。そんなことを考えながら、面接に向かう。
面接は、自分では上手くいったと思っていた。面接官の人も穏やかだったし、あまり緊張せずに自分を出せたと思う。もしかしたら、と思えるような手ごたえもあった。
けれどその数日後に届いたメールではやっぱり私の今後の活躍を祈られ、祈るくらいなら希望を見せるなよと、どうしようもない怒りと虚無感に襲われた。
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