第38話
ドンッと衝撃のような音が会場を揺らす。うるさいくらいの音楽が、耳からじゃなくて体から入り込んでくる。カラフルなライトがステージを動き回り、1番明るい白いスポットライトが、彼女を照らした。
いつもよりしっかりとしたメイク、シンプルで、けれど彼女をより綺麗に見せるステージ衣装。広いステージの真ん中に、1人で立つ彼女に心臓が揺さぶられる。
ReLiを呼ぶ声が、彼女にまっすぐ伸ばされた腕が、ペンライトの色が、何もかも鮮やかだった。彼女はそれを全部受け止めて、息を吸って、歌う。
その歌声を聞いた途端に涙が出た。どうして泣いているのか、わからないまま涙が頬を伝っていく。ペンライトを振ることもできずに、緑色に光っているそれをただぎゅっと握りしめていた。
彼女はファンの存在を確かめるように、自分がここに立っていることを噛みしめるように、歌っている。普段は聞くことの出来ないスピーカーの音で、骨まで震えた。
客席の誰もが、彼女にくぎ付けになっている。歓声に応えるように、ファンのために、ReLiは歌っている。ファンの姿が見えないからと、寂しそうな彼女の表情はもうどこにもない。
一瞬、目が合ったような気がした。2階席は遠いから、本当に目が合ったのかはわからないけど、凛が私を見つけて、微笑んだような、そんな気がした。
2時間は、あっという間だった。ただ座って見ていただけなのに気づかないうちに汗だくになっていて、へろへろで動けない。空調は効いているはずなのに、体が熱かった。
「だいやちゃん、大丈夫?」
「大丈夫じゃないー……」
魂が吸われたようだった。まだ体が揺れているような気がする。耳の奥で、叫ぶように歌う彼女の声が響いている。
「でも楽屋呼ばれてるし、行こ。立てる?」
そういえばそうだった。終わったら楽屋に来て、と招待されていたんだ。危うくこのまま帰るところだった。高橋くんに差し出された手を大丈夫、と断って、なんとか立ち上がる。
1階に下りて、関係者のパスを見せて楽屋まで通してもらう。扉の前に、笠井さんが立っていた。
「あ、和泉先輩、高橋先輩お疲れ様です! ライブやばくなかったですか!?」
ライブTシャツはもちろん、首からマフラータオルと、グッズのトートバッグにはペンライトが複数本刺さっている。手に何本も持って振っている人を見てすごいと思っていたけれど、まさか身近にいたとは。笠井さんのぶれないファン精神に、思わず笑みがこぼれる。
「楽屋入んないの? 凛は?」
このままだとずっと喋りだしそうな笠井さんを止めて、高橋くんがそう聞く。
「着替えるからちょっと待っててー、とのことです」
そう言って、笠井さんは汗で前髪の張り付いているおでこをタオルで拭く。数分もしないうちに楽屋の扉が開いて、メイクを落としてラフな格好に着替えた凛が顔を出した。
「ごめん、お待たせ。どうぞ」
こんなところに来る機会なんてないから、そわそわしながら扉をくぐる。白い壁に囲まれたこじんまりした部屋の真ん中には、テーブルの上に大量の水が置かれていた。隅にあるラックにはさっきまで凛が来ていた衣装がかけられている。
「阿藤先輩、ライブ、ほんっとうに最高でした! ライブハウスでReLiの曲聞けるなんて思ってなかったからすごい嬉しくて、ステージに立ってる先輩めっちゃかっこよかったし、私途中でめっちゃ泣いちゃって!」
抑えきれないというように笠井さんがわっと感想を喋る。とどまることの知らない称賛の言葉を、凛は黙ってうなずきながら聞いていた。ライブが終わってホッとしているのか、疲れが出たのか、その表情はどこかぼんやりとして見えた。
「ね、だいやは?」
笠井さんの感想を聞きながら相槌を打っていた私に突然凛が声をかける。咄嗟のことで、言葉が詰まった。
「ライブ、どうだった?」
「良かったよ、すごく」
笠井さんの感想に比べて簡素な言葉しか出てこない私に、凛は安心したような笑顔を浮かべる。もっと言いたいことはあるはずなのに、感じたことがたくさんあるはずなのに、上手く言葉にできないのがもどかしい。
「ほんとに、かっこよかった」
私の言葉が宝物であるみたいに、凛は目を細めて微笑む。言葉にはならないけれど、彼女には私がどれだけ感動したのか伝わっている、そう思いたい。
そのあとはライブに出たわけでもないのに打ち上げに参加させてもらった。ライブの直後の熱が少しずつ抜けて心地よい疲労感がお酒と共に体に巡る。見知らぬ大人たちに囲まれて笑っている凛が知らない人のように見えて、少しだけ寂しかった。
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