第35話
1週間かけてようやく片付いた部屋は、逆に片付けすぎてしまったくらい何もなくなった。部屋の隅にごみの日待ちをしている段ボールが積まれているの以外は本当に何もない。凛のわけがわからないインテリアを少しくらい残しておけばよかった。
とりあえず必要であろうデスクと椅子だけは買ったが、その2つしかないのが逆に部屋の空っぽさを強調している。凛には「だいやの部屋なんだから好きなもの置いていいよ」と言われたけれど、置きたいものも特にない。
服は備え付けのクローゼットにおさまるだろうし、何か必要なものもない。実家の部屋は幼少期からの積み重ねでごちゃごちゃしていたけれど、もう少し個性があったと思う。
凛に手を引かれて行った家具屋さんでもやっぱりほしいものがなくて、結局雑誌やらCDを仕舞うための棚を1つ買っただけだった。それもシンプルすぎる木製のやつ。
「ほら、ゴテゴテのドレッサーとかあるよ。こういうの置いてもいいよ」
そう言って凛が指さしたのは、インフルエンサーたちが使いそうなやたらとライトの付いたドレッサーだ。私が黙って首を振ると、凛はおもしろいのに、と口を尖らせる。そんな感覚で物を買うから、あの部屋には変なものしかなかったんだろう。
部屋が広くて持て余すからとベッドを買おうとしたら、好きなものを置いていいと言った張本人に止められた。
「一緒に寝れてるんだからいいじゃん」
「でも狭いでしょ。部屋にスペース余ってるし」
「ソファでも置いたらいいじゃん」
「ソファ置くならベッド買うでしょ」
なんやかんや問答を繰り返して、結局ベッドもソファも買わなかった。部屋のスペースは半分がらんと空いている。まあ、焦らなくてもそのうち置きたいものが見つかるだろう。そう思いつつも、寝る前にインテリアを通販で探す癖がついた。
家から持ってきておいて放置していた段ボールから雑誌やらなんやらを棚に並べていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。いつもは勝手に入ってくるのに。どうぞー、と声をかけると、凛がひょっこりと顔をのぞかせる。
「ね、今いい?」
いつもなら何も断りを入れずに喋りだす彼女がそんな風に切り出すから、一体何を言うのかと身構えた。私が頷くと、凛がそろそろと部屋に入ってきて、床に座り込んだまま片づけをしていた私の前に同じように座る。
「あの、あのね」
凛が緊張した顔つきでこちらをうかがう。なんだろう、越してきたばかりなのに、ここを追い出されたりするのだろうか。私も緊張してきてしまって、思わず姿勢を正した。
「ライブが、決まりました」
予想していなかった言葉に、反応が遅れる。
「ライブ? ライブって、ステージに立つあのライブ?」
私のバカみたいな質問に、凛は緊張した表情のまま頷く。何を言われているのかとドキドキしていた私は、嬉しさが体の底からあふれるのを感じた。
「すごい! おめでとう!」
思わず凛の手をぎゅっと握った。よっぽど緊張していたのか、その指先は冷たい。私の反応を見ると、彼女の表情はホッとしたようにゆるんだ。
「よかった……喜んでもらえて」
「なんでよ、喜ばれないって思ったの?」
「ほら、今までそういうのしてなかったし、顔も出してないし。そういうの求めてないって思われたらどうしようと思って……」
凛は行動力があるはずなのに、時折どうしようもなく臆病になる。それくらいで嫌われると思っているなら、そう思わせてしまっている私たちが悪い。
「そんなわけないじゃん。みんな、凛の歌をライブで聞けるの楽しみなはずだよ」
そうかなあ、と不安半分嬉しさ半分の顔をして凛は笑う。
「凛はどうなの? ライブ嬉しい? 楽しみ?」
彼女は一瞬目を丸くしてから、ふにゃりと微笑んだ。
「楽しみ。みんなに会いたいし、ライブやらせてもらえるっていうのが嬉しい」
「じゃあ、大丈夫だよ」
私の言葉に頷いて、凛は笑う。もう1度噛みしめるように楽しみ、と言った彼女の目は輝いていた。
凛はどんどん前に進んでいく。私も頑張らないと。
そう思った瞬間に、ここ1か月ほど目を逸らしていた卒論や就活の事実が頭によぎって、全部投げたしたくなった。
凛のことで手一杯で、いや、彼女を言い訳に逃げていて、周りから1歩出遅れている。凛はしっかり自分の道を歩いて行っているのに、これで大学の子にまで置いていかれたら、と思うとぞっとした。
いつまでもこうやっているわけにもいかない。今の暮らしは楽しいけれど、ずっとぬるま湯につかっていてはダメになってしまう。凛のためだと言いながら、楽な方へと流れてしまっていた。
とりあえず書きかけで放ったらかしている履歴書をちゃんと書こう。それで、なんの後ろめたさもなく彼女のライブに行きたい。
「ライブ、何歌おうかなー」
さっきまでの不安な表情はどこへ行ったのか、凛はうきうきとライブのことを考えている。きっと彼女ならいいものを作り上げるだろう。ステージに立つ凛も、それを見る自分もまだ想像できないけれど、だからこそ、楽しみだった。
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