第31話

 店舗別の特典のために5枚買ったCDがすべて届くころには、ReLiの動画を一緒に作っていたことが夢だったのだと思うようになっていた。2年ちょっとの、幸せな夢。


 CDのジャケットを眺めながら、彼女の曲が手に取ることのできる形になったことを嬉しく思う。ジャケットのイラストは私でも知っているようなイラストレーターさんが描いていた。色鮮やかで、構図も綺麗なイラスト。


 アルバムの発売に先駆けて公開された新曲のMVは豪華なアニメーションで彩られていた。彼女の曲のイメージにぴったりで、プロの手が加えられているとはっきりわかるもの。そういう動画がいくつか公開されて、過去の、自分たちが携わったMVを見るのが怖くなった。


 思い出として割り切るには、たくさんの人に見られすぎている。メジャーデビューしてからの曲の方が再生数の伸びは早いが、以前から公開されているものも変わらず見られていて、チャンネルの再生数上位の動画として並んでいる。私のイラストのサムネイルが、最新のMVの横に並んでいるのを見て、慌てて画面を閉じた。粗しかない。


 凛はやっぱり学校には来ない。アルバムの制作が落ち着いたら来るかもしれない、と思っていたが、3年生の終わりになっても彼女の姿は見えなかった。


 4人のグループチャットもあの日を境に動いていない。高橋くんも笠井さんも今はどうしているのだろう。学部が違うから、校内ですれ違うこともない。高橋くんなら連絡を取っているかも、と想像して勝手に落ち込んだ。


 私に凛に会いたいと思う権利はない。けれど、彼女が元気であることを確認したかった。


 けれどそんな願いも虚しく、4年生最初の学科説明会にも凛は来なかった。



「ねえ、阿藤さん退学したんだって?」



 説明会が終わり、帰ろうかと荷物をまとめていたとき、そんな最悪な軽口をぶら下げて私の隣に座ったのは琴音だった。少し前までピンクがかった茶髪にしていた彼女は、就活のためか黒髪になっている。見慣れなくて、一瞬誰かと思った。



「……しらない」



 震える唇から無理やり言葉をひねり出す。そうかもしれない、と思っていたけれど、そうじゃないと思いたかった。



「えー、そうなの? なんか、学生課で阿藤さん見た子がいるんだってー。退学届出してたっぽくて」



 別の人かもしれないのに、と思ったが、凛が学校に来ていたかもしれないという事実だけで少し安心する。あの部屋の中にずっと引きこもっている彼女を想像していた。



「2人なんか仲良かったじゃん? だから知ってるかと思ったんだけど―。どしたの? 喧嘩でもしたの?」



 琴音は私を心配しているわけじゃない。周りの、何かありそうな雰囲気をかぎつけて首を突っ込みたいだけなのだ。それをまたひそひそと裏で話す。一体、何が楽しいと言うのだろう。



「別に、そういうのじゃないよ」



 興味本位です、と顔に書かれている彼女の言葉を適当にいなす。私の態度に何かあると確信したらしい琴音がさらに前のめりになったのをどうかわそうかと悩んでいると、机の上に置きっぱなしだったスマホが光った。


 メッセージを知らせる通知、そのアイコンは、凛のものだった。


 何か話している琴音の言葉を無視して、慌ててスマホを開く。凛とのメッセージ画面に並んでいたのは、



『だいや』



『たすけて』



『いますぐきて』



 という3つのメッセージだった。私はリュックを引っ掴んで立ち上がり、ぽかんとしている琴音をほったらかして教室を飛び出す。


 スマホを耳に当てながら、校内を走った。電話をかけるも、凛は出ない。リュックサックの重みが鬱陶しい。


 画面に文字を打ち込む手が震えてもたつく。どうしたの、の5文字を打つのに随分時間がかかってしまった。けれどメッセージには既読もつかない。


 リュックを背負いなおして、彼女のマンションに向かって走る。凛に何があったのだろうか。何もわからないけれど、きてと言うからにはきっと、私が向かうべきは彼女の家だろう。


 運動不足の足が憎かった。走り出して5分もせずに足がもつれだして、横を自転車が追い抜いていく。急いで歩いたほうが早かったかもしれない。けれど、あんなメッセージを送られて、走らずにはいられなかった。

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