第30話

 カフェを出た少し先の木陰に、凛は立ちすくんでいた。今にも倒れてしまいそうな後ろ姿に手を伸ばす。その手を、凛はぱっと振り払った。



「だいやも、私と一緒にやるの嫌だった?」



 凛の声は震えている。背を向けたまま、顔をこちらに見せてくれない。



「嫌だったなんて誰も言ってないよ。凛の足を引っ張りたくないだけ」



 彼女の手に力が入る。ぎゅっと握りしめられた手に寂しさを覚えた。



「ずっとは無理だって、だいやもそう思ってたの?」



 一歩近づいて、彼女の手を両手で包み込む。今度は振り払われなかったけれど、握り返されることはなかった。



「ずっと、やれたら、よかったんだけど」



 それは本音だった。彼女の手伝いができるのも、4人で1つの物を作り上げていくのも楽しかった。けれど、無理だったのだ。きっと、この話がなくても。私には天才といつまでも一緒に居られるほどの実力も、メンタルも備わっていない。



「ずっと、プレッシャーだった? 絵を描くの、しんどかった?」



 否定はできない。でも、否定しなくちゃいけない気がした。ようやく顔を上げてくれた凛の頬が涙で濡れていたから。



「うそ、顔にそうだって書いてあるよ」



 思わず唇を噛む。凛を傷つけたくなくて追いかけてきたのに、余計に傷つけてしまった。無力感に、思わず彼女の手を離す。



「気づかなくてごめんね。今までありがとう」



 凛はそう言うと、私に背を向けて走り去ってしまった。追いかけられなかった。彼女をさらに傷つけてしまった私に、そんな資格はないと思ったから。それなのに、涙があふれて止まらなかった。


 メジャーデビューをちゃんとお祝いしたかった。彼女と肩を並べられるくらいの実力があればよかった。劣等感に苛まれてばかりで、凛の気持ちを無視していた。



 それから何度かメッセージを送ってみたけれど、彼女からの返信はなかった。高橋くんや、笠井さんにも何も返していないらしい。学校で凛を見かけることもなくなった。ただ私を避けているのか、それとも全く来ていないのか。


 数か月後に、ReLiのアカウントでメジャーデビューのお知らせが投稿された。年が明ける頃にアルバムも発売されるらしい。今まで作った曲も取り直して入れるそうだ。タイトルを眺めていると徹夜してイラストを描いた記憶や、上手くいかなくて何度もやり直したことを思い出して、また涙が出た。


 いいねを押そうか悩んで、結局押せなかった。ただのファンとしていいねをするには、このアカウントはReLiに関わりすぎている。アカウントを消そうか悩んで、ただログアウトをするだけに留めた。



『メジャーデビューさせていただくことになりました。これからもよろしくお願いします』



 そんな簡素な1文と、事務所のURLだけが載っている投稿を何度も読む。あのときは聞かなかったけれど、事務所は相当有名なところで安心した。きっとここなら、ReLiのやりたいことができるだろう。


 事務所の所属アーティストの欄に、ReLiの名前がある。彼女は顔を出していないから、そのアイコンは1年ほど前に凛にせがまれて描いた私のイラストだった。SNSのものを、そのまま流用しているのだろう。


 私のイラストを使いたくなかったらとっくに変えているだろう。私は凛が何度も言ってくれていた「だいやのイラストが好き」と言う言葉を信じ切れていなかったことに気が付いた。



「……ごめんね」



 1人きりの部屋で、誰にも届かない声でそうつぶやく。私にはもう、ReLiがこの先自分の好きな活動ができるように祈ることしかできない。

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