第29話
ドラマの最終回が放送される頃、4人で話したい、と凛からメッセージが届いた。次の曲が上がってこず、休息期間で暇をしていた私たちは、翌日の放課後いつものカフェに集まった。
1番最後に現れた凛は顔色が悪くて、何か深刻な話をされるのかと思わず姿勢を正す。彼女は私の隣に座り、ぐるりとみんなの顔を見回してから、ふう、と息をついた。
「相談、というか。悩んでることがあって」
3人は黙って凛の言葉を待つ。凛は指先の少し剥げたネイルをいじりながら、話すことを悩んでいるようだった。
「……メールがきて、事務所に所属しないかっていう」
歯切れの悪い言葉に私たちは一瞬戸惑う。良い話なんだよね、というように笠井さんと目を合わせた。
「つまり、メジャーデビュー的な、ことですか?」
笠井さんの言葉に凛は頷く。
「えーっ、すごいじゃないですか! え、何を悩んでるんですか?」
手を叩いて喜ぶ笠井さんを見ても、同じようにはしゃげなかった。嬉しい話なのはわかるのだが、凛の表情が暗いのが気になった。
「事務所に所属するのは……私だけ、だよ」
そう言われて、笠井さんがきょとんとする。何を当たり前のことを言っているのかと。けれど私は、凛が何を迷っているのかわかってしまった。
「事務所に入ったら、もう、みんなとは曲作れないんだよ」
当然だ、と私は思う。所詮彼女の曲のイラストや動画の制作を手伝っていただけで、作曲に関わっていたわけではない。でも、凛はそれが嫌で悩んでいるのだろう。
「当たり前だろ。メジャーデビューするやつの動画素人に任せられないだろうし」
高橋くんの言葉は正論で、でも、今の彼女には残酷だった。顔を上げた凛の目がぐらりと揺らぐ。
「3人は、いいの? それで」
彼女の問いかけに、私は思わず口を噤んだ。頷きかけたけれど、それは彼女を傷つけることになる。
「いいよ。いつまでも続けられないし。いい機会じゃん、俺らはそろそろ就活も始まるしさ」
高橋くんの言葉は、わざと凛を突き放しているように思えた。
無理に彼女を引き止めても、きっと私たちに間にある溝は埋まらない。そう遠くない未来にバラバラになっていただろう。それならば、凛だけでも先に進む道があるならば、私たちはその背中を押したい。
「うん……正直、このまま私たちと活動を続けるよりも、阿藤先輩が大きい世界に行けるなら、私もその方がいいと思います」
笠井さんにもそう言われ、凛の目が私の方へ向く。縋るように、私を見つめている。黒いネイルが、私の腕に食い込んだ。
「だいやも、そう思うの?」
違う、とも、そうだとも言えなかった。凛と動画を作るのは楽しかったし、けれど、凛の足を引っ張りたくはない。ファンとして、ReLiがもっとたくさんの人に見てもらえる場所があるなら、そこに行ってもらいたい。
少し迷ってから頷く。凛の手がずるりと私の腕から落ちた。
「……ずっと、4人でやりたいって思ってたのは、私だけだったんだ」
ぽつりと彼女がつぶやく。うつむいた横顔が痛々しい。
「そうだよ」
「ちょっと、高橋くん」
言いすぎだと思って止める。けれど彼はそっぽを向いて、凛と目を合わせようとすらしなかった。
ガタンっと派手な音と共に凛が立ち上がり、店の外へと飛び出した。突然の出来事に、周りの目がこちらを向くのを感じる。慌てて追いかけようとすると、高橋くんに止められた。
「放っておきな。ああでも言わないと意地でも俺らとやるって言いだすでしょ」
高橋くんが突き放したのは、凛のことを考えてのことだ。それはわかっている。けれど、私はあんな風に、凛を無理やり追い出したくなかった。
「でも、だからって、こんなの……」
「だいやちゃんもわかってるでしょ。俺らがReLiとやり続けるのは、無理だよ」
思わず黙ってしまう。笠井さんも俯いていた。
「でも、でも。私は、凛を傷つけて別れたくないから」
そう言い捨てて、私もカフェから飛び出す。今度は止められなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます