第24話
凛が学校に来ないのは、彼女の動画を手伝い始めた頃にはよくあったことだ。曲の製作に夢中になって食事をするのも忘れるから、時々私が差し入れを持って彼女の家に行った。最近はなかったけれど、今回もそうなのだろう。
『今日、行っていい?』
2限の授業中、彼女にそうメッセージを送る。その日授業が終わるまで返信は来なかったけれど、既読はついたから行ってもいいのだろう。ダメだったら、ダメと言う子だ。
マフラーをきつく巻き付けて校内を出る。5限が終わると、辺りはもうすっかり暗い。風が吹きつけて、きゅっと首を縮こまらせる。寒さのせいか、周りの人たちも心なしか早足だった。
凛のマンションに行く道にあるコンビニに立ち寄ると、店内の暖かさに思わずほっと息をついた。レジの方からおでんの匂いがして、凛に買って行こうかなと考えながらカゴを手に取る。
ペットボトルのお茶と、凛の好きなヨーグルト。新発売と書かれたスナック菓子もカゴに放り込む。あとは片手間に食べれそうなおにぎりとパンを入れて、レジでおでんももらったら荷物が随分重くなってしまった。
ビニールが手に食い込む。荷物の重さで体をよろけさせながら、凛のマンションについた。エントランスで鍵をかざし、オートロックの扉を開く。合鍵は、1年生の終わりごろに凛からもらった。
突然音沙汰がなくなって学校にも来なかったら心配する、と怒ったら、じゃあ勝手に様子見にきていいよと渡されたのだ。最初は他人にあっさり合鍵を渡していいのかと逆に心配になったが、打ち合わせなんかで来る機会も多いからなんだかんだ役になっている。とはいえ、こんな形で使う機会は減ってくれると嬉しいのだけれど。
エレベーターに乗って上がり、凛の部屋の前に着くと、一応入るよの意味を込めてインターフォンを鳴らす。少しだけ待ってから鍵を差し込もうとすると、内側から鍵の開く音がした。
「いらっしゃい。あれ、大荷物」
私がびっくりしている間に凛は私の手から荷物を受け取り、さっさと部屋の中に入っていく。てっきりパソコンにかじりついているか、ソファに倒れ込んで眠っているかのどちらかだと思っていた。
「凛、大丈夫なの?」
「うんー? 何が?」
慌てて凛の後に続いてリビングに入る。彼女は私の買って来たものを淡々と冷蔵庫に入れている。
「お金、後で渡すね。あ、おでん! 食べたかったの、嬉しい、ありがとう」
おでんの容器を両手で包み込んで、あったかい、と笑う。その彼女の笑顔に、違和感を覚えた。
こういうときは部屋着を着ている凛がちゃんと着替えているし、家の中も荒れていない。冷蔵庫の中も空っぽではなくて、何より、パソコンの電源が落とされていた。
この家にいて、大体何をしているときもパソコンはつけっぱなしだった。話している途中で突然曲作りを再開しだすこともあったし、今までの曲を2人で並んで聞くこともあった。私が来るから電源を落とした、ということもないだろう。
きちんとしていると心配になる、なんて失礼な話かもしれない。でも、いつも通りじゃない彼女の姿に、どうしようもなく不安を覚える。
「凛、何かあったの?」
彼女は、私と目を合わせようとしなかった。少し伸びた髪が、凛の顔を隠している。
「凛、こっち見て」
恐る恐る、彼女は顔を上げた。その目には、隠し切れない不安の色が映っていた。
「何があったの?」
彼女の腕をそっと手に取る。凛は何かをこらえるように唇を噛むと、無理やり作ったような顔をして私に笑いかけた。
「おでん、食べながら話そ。せっかく買ってきてくれたのに、冷めちゃう」
そうやって隠されるのが少しつらかったけれど、きっと彼女も何か言いたくない事情があるのだろう。そう思って、私はただ頷く。
凛がおでんの容器をテーブルに持って行っている間に、棚からコップを取り出して、さっき買って来たばかりのお茶を注いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます