第23話

 あの夜の宣言通り、凛はたくさん歌った。ちょっと心配になるくらいの勢いで曲を作り、息抜きのようにカバー曲を歌う。


 私も笠井さんも手が追いつかなくて、深夜に彼女からむせび泣くウサギのスタンプと、『イラスト描き終わったのにまたイラスト描いてる!!!』という切実なメッセージが届いて、わかるよと返事をする。ただでさえ筆の遅い私は、もうがむしゃらだった。


 そんな風に嘆いているイラスト担当のことなんてつゆ知らず、真夜中の3時ごろに凛から個人メッセージでぽんと短い動画が送られてくる。イラストでいうラフのような、短いメロディーを歌った動画だった。こんな時間に何を、と思ったけれど、この時間にすぐ既読をつけられる自分も自分だ。既読がついて満足したのか、感想を送る前に『おやすみ』と彼女からメッセージが送られてきた。


 急いで完成させなければ、来月にはこの曲が本格的に仕上がってくるだろう。大変だけれど、彼女の短い動画だけで、次のイラストを描くのを楽しみにしている自分がいる。今日はもう眠ってしまおうと思っていたけれど、やっぱりあと少しだけ頑張ろう。


 朝日の昇り始める時間に眠っても、当然のように学校には行かなければならない。元々朝は弱い方だから1限の授業は入れていないけれど、2限にすら遅刻しかけて慌てて家を飛び出す。


 不思議なのは、私よりも色々やっているはずの凛が、私よりきちんと学校生活を送っていることだった。始業の1分前に教室に駆け込むと、いつも座るあたりに凛がいる。2年生になって一緒の授業は減ったけれど、最近は彼女が遅刻しているのを見たことがない。


 少し前までは遅刻したり、1週間学校に来なかったりが当たり前だったのに。なんだか納得がいかないけれど、いつも通り彼女の隣に腰かける。私が横に座ると、凛は満面の笑みをこちらに浮かべてきた。



「ね、ね、だいや、昨日の曲どうだった?」



「すごいよかった。今までのとまた違う感じで好きだよ。スローテンポのって珍しいけど、あれはまだメロディー完成してないから?」



「ううん、ちょっと悩んでたの。だいやがそう言うなら、あのテンポのままでいこうかな」



「凛の好きにしたらいいと思うけど。でも、あの曲調好きだよ」



 教授が遅れているのをいいことに、凛はそのまま昨日の曲を口ずさみ、スマホで録音している。そこそこ有名になったはずなのに、バレる可能性は考えていないみたいだった。


 教授が入ってきて、教室のざわめきが静かになる。録音を辞めた凛は、すぐにその音源を隣にいる私に送ってきて、にこりと笑った。


 授業中は眠気に負けるかあんまり聞かずにノートに絵を描いているかで、凛がいるときは大体後者だった。ついさっきの曲のイメージでだらだらと落書きをしていると、凛がその横に猫の絵を付け足した。



『猫、いれたい?』



 ノートの端にそう書く。凛もその下に返事を綴る。



『だいやのすきにして、でもねこみたい』



『じゃあ、猫いれようかな』



『やった』



 中学生のときの手紙交換みたいなやり取りをする。もう、この落書きは消せなくなってしまった。



「凛、次の曲はゆーっくり作ってよ」



 授業が終わってから、彼女にそんなことをつぶやく。



「えー、なんで?」



「今の曲の動画だってできてないんだから。笠井さんもヒーヒー言ってるし」



 凛は笑い飛ばすかと思いきや、ちょっと困った様に眉を下げて、ごめん、と小さくこぼした。



「でも、歌ってないと死にそうなの」



 そう言う凛の目は真剣だった。絵を描かなきゃ死ぬ、なんて私は思ったことがない。凛のその気持ちはわからないけれど、よほど切羽詰まった感情なのだろうと、彼女の顔を見て思う。



「ごめんね、だいやたちには無理させてる。でも、みんなのおかげで歌えてる、ありがとう」



 凛は私の手をきゅっと握り、まるで告白でもするかのように私の目を見つめた。そんなことを言われてしまっては、何日眠れなくても、腕が折れても、描き続けるしかない。こうやって、凛にはほだされてばっかりだ。けれど彼女に頼られるのは、どうしようもなく嬉しい。


 1つ動画を作っては、またすぐに次の動画の準備をする。学生生活と並行してそんなことをしているうちに、飛ぶように日々が過ぎた。気が付けば、雪のちらつく季節になっていた。


 期末のレポートにそろそろ手を付けなければと思いながら教室に入ると、凛の姿がなかった。珍しい、風邪でも引いたのだろうか。そう思ってメッセージを送ったけれど、彼女からの返信はなかった。


 それから1週間、彼女は学校に来なかった。

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