第22話

 話は自然とReLiの曲の話題に移り、今までの曲の中でどれが1番好きかについて話しているあたりで凛と高橋くんが並んで現れた。



「あれ、なんか仲良しになってる」



 対面のまま顔を寄せて話している私たちに、凛はそう言って笑いかける。彼女はいつも通り私の隣に荷物を置くと、飲み物買ってくる、と言い高橋君と連れ立ってレジの方へ向かった。



「ね、ね、和泉先輩」



 笠井さんが声を潜めて私を呼ぶ。耳を寄せると、笑いを含んだ声で彼女はこう言った。



「あの2人、付き合ってたりするんですか?」



 今まで頭をよぎらなかったわけではない可能性を、突然目の前に突き付けられる。私は動揺を隠すように無理やり口角をあげ、知らない、と首を振った。



「えー、和泉先輩と阿藤先輩仲いいから知ってると思ったんですけど。戻ってきたら聞いちゃおっかな」



 さっきまで感服していた素直さが、一転して恐ろしくなった。素直というより、無邪気過ぎて怖い。


 高橋くんのことは、凛から幼馴染みとしか聞かされていない。それ以上の関係なら教えてくれると思っているけれど、同じ活動をしている人間には言いづらいのかもしれない。


 凛と高橋くんが付き合っていたところで、私が何か首を突っ込むようなことはない。けれど、もし本当にそうだったらと思うと、心の奥が痛んだ。推しの熱愛やら結婚報告を受けたときって、こんな気持ちなのだろうか。


 凛と高橋くんがトレーを持って戻ってきた。考えていたことがバレないように笑顔を作るように努め、自分のグラスをちょっと端に避けてスペースを作る。凛はトレーをテーブルに置いて、その上にのっていたパフェを私の前に置いた。


 どうしたらいいのか悩んで、パフェと彼女とを交互に見る。凛は困惑する私を見て楽し気に笑いながら、お祝い、と言った。



「だいやがまた絵を描いてくれるようになったお祝いの日だから、今日は」



 彼女は自分のアイスティーに刺さったストローをくるくると回し、私の反応を窺っている。私はなんだか、申し訳ないような、けれど嬉しいような、複雑な心持ちだった。



「だいやちゃん、凛にだけ言って俺には何も言ってくれないし、心配したんだよこれでも」



 高橋くんはコーヒーにミルクと砂糖を入れながらそう言う。そういえば、彼女の活動に関わっていない間に彼から個別メッセージが来ていたような気がする。人とやり取りする元気がなくて、故意ではないが無視していた。



「それは……ごめんなさい」



 私が頭を下げると、高橋くんはいいよと言って笑った。定型文のように許しているのではなくて、本当に気にしていないのだろうとわかる笑顔に安心する。



「まあ、和泉先輩が戻ってこなかったら私がReLiの曲のイラスト描く権利もらってましたけどね」



「ダメだよ」



 笠井さんの、2人が来る前の話を踏まえてだろう軽口に私が返事をする前に、凛がそう言って否定する。隣に座っているのに彼女は私の方にさらに身を寄せて、ぎゅっと腕を絡ませた。



「私は、だいやの絵じゃなきゃいや」



 わかってるでしょ、とでも言いたげな黒い目が私を見上げる。その目に見つめられては、私は何も言えない。ただ頭を下げて、肯定する言葉しか発することを許されない。


 笠井さんは軽く口を尖らせて、残念、とつぶやいた。高橋くんはやれやれというように肩をすくめる。


 私が頷いたのを見て、凛は満足げに笑った。ご機嫌に、私の腕の絡ませた手に力を入れる。彼女の買ってくれたパフェのアイスが溶け始めていた。



「ほら、早く食べないと。パフェも笠井さんにとられちゃうよ」



「もってなんですか、阿藤先輩!」



 凛がくっつくからだよ、とは言えずにスプーンを手にする。掬い取ったクリームは、涙が出そうなくらい甘かった。



 話題はとりあえず次のオリジナル曲のことに移り、高橋くんがパソコンでひとまず作った動画を見ながらここはこうしたほうが、やっぱりこっちの方が、とだらだらと意見を投げ合った。最終的に私はもう1枚イラストを描くことになり、笠井さんは次のカバー曲のためのイラストに着手しようというところまでまとめて、今日の打ち合わせは終わった。


 グラスの中の氷はすっかり溶け、外も真っ暗だ。いつの間にか周りには人がいなくなっていて、閉店時間が迫っていることに気が付く。慌ててトレイを返却して外に出た。夜になると風が肌寒い。薄着の凛が、私にくっついて歩く。


 しんとした校内を歩きながら、なんだかいいなと思った。この瞬間が、ずっと続けばいい。



「3人のおかげで、私、歌うことだけ考えていればいいの、本当に嬉しい。ありがとうね」



 独り言のように、凛がそうつぶやく。前を歩いていた高橋くんと笠井さんが振り向いて、照れたように笑った。


 突然のそんな言葉は聞いているこっちが恥ずかしい。でも、そんなことを言いたくなる気分になるのはわかる。



「もっといっぱい歌うぞー」



 凛が空を向いて、宣言するようにそう声を張り上げた。人のいない校舎に凛の声が響く。声でかいって、と高橋くんが茶化すように笑い、じゃあ私はいっぱい描く!と笠井さんも凛の真似をして宣言する。


 私は、なぜだか泣きそうになってしまって、言葉が出なかった。

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