第19話

 金づちで頭を殴られたようにめまいがした。きっと凛が私よりも先にこの子のことを見つけていたら、この子がすべてのイラストを担当していただろう。私のイラストに足りないものが、すべてある。私が表現できなくて悔しかった部分が、全部描かれている。



「私、前からReLiのファンで……! 今回、こんな機会をいただけて本当に嬉しいんです」



 笠井さんはにこにこと笑いながらそう語る。そんな彼女に向けた笑顔は引きつっていなかっただろうか。



「ルピナスさんに会えたのも、嬉しいです。ReLiの曲の解釈にぴったりなイラストを描いていらっしゃって、ファンアートも、全部見てます!」



 みじめになるからやめてくれ、と叫びたかった。私より絵が上手くて、年下で、そんな子に投げられるお世辞の言葉が1番つらい。



「だいや、どう?」



 凛は自分で感想を言うよりも前に、私に言葉を求めた。言葉なんて必要ない。きっとこの場にいる誰もが分かっているだろう。ReLiの曲のイラストを描くのは、彼女の方がふさわしい。


 それからのことは、あんまり覚えていない。多分適当な誉め言葉を並べて、どうにか場を切り抜けたのだと思う。凛が彼女のイラストにどんなコメントをしたのかも、覚えていなかった。いや、聞いてすらいなかったのかもしれない。


 その3日後に、笠井さんのイラストで動画が上がり、彼女はいつの間にか、私と凛と高橋くんの3人だったグループチャットに参加していた。『Mei』と書かれたプロフィール画像はやけにキラキラしている。そういえばこんなアイコンをフォロワー欄で見たかもしれない。


 あの日から、絵を描こうとするのはやめた。描いたってしょうがない。ReLiには笠井さんがいるから大丈夫だ。そう思うと肩の力が抜けて、身体が楽になった。それと同じぐらい落胆と後悔が心にのしかかったけれど、見ないふりをしている。


 描かなければ、と気負っていた頃よりも、凛とは上手に話せるようになった。私が本当に何も描けなくなった今でも、彼女は私と仲良くしてくれている。どうしてかはわからない。ただ普通の友達のように、たわいもない会話をしてくれる。もう私から彼女に与えられるものなんてないのに。


 笠井さんが描いたイラストの動画は好評だった。もちろんReLiの歌の評価がメインだったけれど、コメント欄には彼女のイラストを褒めるものも多かった。探せばきっと、私から担当が変わって良かったというコメントもあるだろう。数スクロールしただけで辛くなってしまったから、知らないけれど。


 笠井さんのイラストで2曲目のカバー動画が上がったころ、リプライやDMに『ルピナスさんはもうReLiさんの曲のイラストを描かないんですか』というコメントが来た。描かないよ、ごめんね。そう思いながら、言葉にも、指先にも出さずにそっとミュートのボタンを押す。嘘、ごめんなさい、描かないんじゃなくて描けないんです。


 ReLiの動画の再生数はぐんぐん伸びている。ようやく世界が、彼女の存在に気付き始めたと言ってもいいほど。その前に私が離れることができてよかった。私のイラストに固執しても、彼女にとっていいことはない。


 描きたかった。そんな気持ちを押し殺す。何もできなくなった私の隣にまだいてくれる凛のことを大切にできればそれでいい。自分の心なんて、見ないふりをした方がいい。


 タブレットには触れず、ノートの端に落書きすらせず、絵に触れることは全くなくなって、3カ月が過ぎた。カバー動画はさらに3本投稿され、その頃には彼女の曲をファンだったころのように楽しめるようになっていた。


 しかし、夏休みが終わったのに残暑が厳しく机でぐったりとしている私に、凛はまた爆弾を落とした。



「新曲、できたよ」

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