第17話

 デリバリーで頼んだピザと、お酒を飲んでいるうちに夜が更けていった。お酒を飲んだのは初めてだったけれど、酔う感覚はいまいちわからなかった。強いて言うなら、ほんの少し眠い。


 私より度数の高いチューハイを飲んでいる凛は、いつも白い頬を赤くして、こてんと私に寄り掛かっている。ソファの上に三角座りをしているその姿は、なんだか小さな子供のようだった。アルコールのせいで潤んだ瞳が私を見上げて、思わず心臓がはねる。



「だいや、私今すごく幸せなんだよ」



 独り言のように、凛はそう語りだす。両手で缶を握りしめながら、いつの間にか視線は遠くを向いていた。



「私の曲を好きな人が絵を描いてくれて、私のことずっと知ってる人が動画を作ってくれて。私は曲だけ作って、歌ってればいいの。すごく幸せ」



 その作っている曲がすごいのだ、とそう言っても凛はただ首をかしげるだけだ。その曲が、歌があるから彼女のまわりには人がいるのに。



「でもね、だいやがイラスト描けなくなっても私だいやのことが好きだよ。だいやのイラストが好きだけど、でも、だからだいやと……友達でいるわけじゃないよ」



 凛の目がまたこちらを向いて、訴えかけるように私を見つめる。黒い瞳に吸い込まれてしまいそうだった。



「だいやがいなかったら、私、音楽やめてたかもしれない」



「そんな、大げさな」



 私一人の存在で、ReLiの運命が左右されていいわけがない。そう言って笑い飛ばそうとしたら、凛が私の手をぎゅっと握った。



「……ほんとだよ」



 伏せられた瞳の奥で、今彼女が何を考えているのかわからない。けれど、必要としてくれていることだけは伝わった。どうして彼女がそこまで思ってくれているのかは理解しきれないけれど、きっと何か事情があるのだろう。


 そう思ってくれるのは嬉しい。しかし、今凛に対して何もできない私には、少しプレッシャーだった。なんとしても、絵を描けるようにならなくては。


 そう意気込んでいる間に、気が付けば凛は私に体をもたれかけさせて眠っていた。すぅすぅと静かな寝息が聞こえてくる。お風呂に入った後ですっぴんのはずなのに、彼女の寝顔は美術品かと思うくらい綺麗だった。


 彼女は私よりずっと軽いけれど、一人分の体重が遠慮なく寄り掛かってきて、私はバランスを崩してそのままソファに倒れ込んだ。凛が私の上に乗っかる形になってしまってどぎまぎする。こんな状態になっても凛は目を覚まさない。


 このまま眠ってしまおうかとも思ったけれど、2人で寝転がるにはソファはさすがに狭かった。なんとか凛の体の下から抜け出そうとしたのに、彼女の細い腕が私の体をつかんで離さない。



「……行かないで」



 寝言なのか、起きているのか。わからなかったけれど、推しにそう言われてしまっては離れられなかった。腕が半分落ちてしまっているから体勢だけ変えて、なんとか2人分の体をソファに収める。気づけば抱きしめ合っているような恰好になってしまった。


 凛は満足そうに私の腕の中で笑っている。よほどいい夢でも見ているのだろうか。私の方は緊張で眠れそうにない。心臓がばくばくしているのが凛に聞こえないのを祈るばかりだ。


 話すの人のいなくなった部屋は静かだ。寝転がっていると眩しくなってきたから、リモコンでライトの明かりを落とす。外からはしゃぐ大学生の声が聞こえてきた。


 暗い部屋と、外からの環境音と、凛の体温で段々と眠気がおとずれた。うとうとと、夢と現実を往復しながら、凛の言葉を頭の中で反芻していた。

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