第13話

 凛は私の手を握ったまま、校門の方へと向かう。門を出たら、彼女と帰る方向は反対だ。けれど凛はそのまま左に曲がり、駅に向かう道に進んだ。



「ねえ、凛はこっちじゃないでしょ」



「駅まで送ってあげる。だいや、顔色悪いし」



 私の体調を心配してくれている凛に、なんだか申し訳ない気持ちになった。彼女は私と高橋くんを会わせるのを楽しみにしていたのだと思う。彼と会わせたい、と言っていた彼女は嬉しそうな顔をしていた。



「ごめんね」



 ただ謝ることしかできなかった。こんなことになってしまって申し訳ない。高橋くんにもいい印象を与えなかっただろうし、一体何をやっているのだろうと自責の念に駆られる。



「なんでだいやが謝るの? 体調悪いのに連れて行った私が悪いよ」



 凛は握った手を、ゆらゆらと前後に揺らしている。私は黙って首を振り、彼女に手を引かれるまま歩いた。



「……あのさ、凛って、なんで経済学部に来たの?」



 さっき思い浮かんだ疑問を凛にぶつける。


 ずっと彼女の製作を支えている高橋くんが芸術学部にいるのなら、凛もその進路を知らなかったわけではないはずだ。同じ大学にいるのだし、なんなら違う学部にいる方が不自然に感じる。



「親に反対されたんだよね。せめて芸術学部が入ってるとこに行こうと思ってここ来たの。蒼介が芸術学部なのは超腹立つけど」



 凛は口を尖らせてそう言った。彼女ほどの才能があっても親に反対されてしまうのか。私が親なら、ぜひとも芸術学部に通わせるのに。



「じゃあ、だいやは何で経済学部なの? あんなに綺麗な絵が描けるのに」



 そう質問を返されて、私は目を丸くする。芸術学部なんて、選択肢にすらなかった。



「だって、あんなのただの趣味だし……あれで食べていけるわけでもないし……」



「じゃあ、私経済学部にきてよかった」



 凛の言葉に、私はきょとんとする。彼女はいたずらっ子のように目を細めて笑った。



「じゃないと、こんな素敵なイラスト描く人を知らないまんま大学生活過ごすとこだった」



 もったいないくらいの誉め言葉に、私は委縮する。凛にそんな風に言ってもらえるような絵じゃない。本当にそんな才能があったら、少しくらい絵の道に進むことだって考えただろうけれど、そうじゃない。ただの幸運な凡人だ。



「ねえ、だいや。ずっと私の曲の絵描いてよ」



 凛が私に肩を寄せてくる。握っている手と反対の手を、私の腕に絡ませた。



「だいやに描いてほしいの」



 とんでもない殺し文句だった。推しにそんなことを言われて、断れるオタクがいるだろうか。社交辞令でも、嬉しかった。もし、次の曲は描かせてもらえなくても、私はこの言葉を一生大切にするだろう。



「……ありがとう、頑張る」



 私がそう言うと、凛は心の底から嬉しそうに笑った。私の腕をぎゅっと抱いて、ますます密着してくる。ReLiのファンにバレたら刺されるんじゃないだろうか。



 それから1週間後、高橋くんから動画が出来上がったと報告された。いつの間にか作られていた彼と凛と私の3人のグループチャットで、動画の入ったファイルが共有される。


 動画には、当然だが私の絵が使われている。彼女の曲と、慣れ親しんだ編集のされた動画の中で、私のイラストだけが異質だった。やっぱり、プロに頼んだ方がよかったのでは。


 イラストのお金は、完成した日の翌日に凛から渡された。最初は断ったのだが、これからも描いてもらうんだから、と押し付けられた。だから、私にこの絵を使わないでと言う権利はもうない。


 完成した動画を見て、凛はご満悦だった。完璧、とつぶやいて、その日の夜にはインターネットに動画が公開された。


 私は自分のイラストが非難されるのでは、と恐れていたが、コメント欄にはReLiの曲を褒めたたえる言葉だけが並んでいて、イラストに触れられることはほとんどなかった。


 ベッドで横たわりながら、次々と投稿されるコメントを、延々とスワイプする。共感できる感想にいいねをつけていると、1つのコメントが目に入った。



『イラストが曲の雰囲気に合ってて良い』



 鳥肌が立つくらいに嬉しかった。私は思わず起き上がって、落ち着きなく部屋をぐるぐる歩き回り、そのコメントにいいねをして、スクリーンショットも撮った。


 興奮して眠れなくなってしまい、タブレットを立ち上げた。没にしたラフの中から気に入っていたものを引っ張り出して、今度はファンアートとして描き上げる。動画に使われるというプレッシャーがないからか、自然と筆が動いてあっという間に完成した。


 翌日にSNSに投稿したそれは、私が動画のイラストを描いたということもあってか、今までで1番いいねがつき、ファンの間で拡散される。承認欲求が満ちていくのを感じて、今までが飢えていたのだと知った。

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