第11話
その週末、ようやくイラストがなんとか形になった。勢いを止めたら完成できなくなりそうで、土日で一気に描き上げた。おかげでこの2週間の中で1番寝不足だ。頭が重い、けれど、凛にこれを見せなくては。
データだけ送ればよかったのだけれど、画面の向こうの反応を待つのが怖くて、私は彼女に直接見せることにした。奇しくも、凛が曲ができたと言っていたときと同じ授業の日だった。
足元がふらつく。いつの間にか5月になっていて、日差しが暑かった。教室の後ろから扉を開き、凛の姿を探す。相変わらず黒い服で全身を包んでいる彼女は、すぐに見つかった。
「おはよ、凛」
空いている隣の席に腰かける。凛はこちらを見上げて頷いた。
「すごい隈、大丈夫?」
黒いネイルの施された指が、私の目の下を撫でる。コンシーラーをどれだけ重ねても、寝不足の証は隠し切れなかった。
「うん、大丈夫。それより、これ」
スマホに写したイラストを、凛に差し出した。反応を見るのが怖くて、私は自分の指先に視線を落とす。彼女は私のスマホを手に取ると、長いこと黙って画面を見つめていた。
ダメならダメと、早く言ってほしかった。彼女が私のイラストを見ている時間は、まるで永遠にも感じられる。いつの間にか、手をぎゅっと握りしめていた。
私はこらえきれなくなって顔を上げる。画面を見つめる真剣な凛の表情が目に入った。
「これ、だいやが描いたんだよね?」
凛の言葉にただ頷く。彼女はスマホを机に置くと、こぶしを握りしめた私の手を両手で包んだ。
「イメージにぴったり。すごい、ありがとうだいや!」
キラキラとした表情でそう言ってもらえて、ため息をつきたくなるほど安心する。よかった、彼女の中の解釈と、私の曲の解釈は遠くなかったみたいだ。
画面には、夕日が沈んでいく海のイラストが映っている。これが、ReLiの曲に使われる。彼女に褒めてもらえたのは嬉しいけれど、そのプレッシャーはやはり拭えなかった。
「嬉しい。この絵、私の曲に使っていいんだよね?」
「うん、だってそのために描いたからね」
私は体から力が抜けて、机に上半身をぐったりとのせる。ここ2週間の緊張感が軽くなって、途端に眠気が押し寄せた。凛が私の頭に手を伸ばし、そっと撫でている。
「ありがと、頑張ってくれて」
凛の声が心地よかった。私はいつの間にか眠っていて、次に目が覚めたのは授業が終わった時だった。凛が私の肩をそっと揺らして起こしてくれる。
「だいや、今日放課後暇?」
「放課後?」
まだ開き切らない目を擦りながら答える。
「動画担当に直接このイラスト見せようかなって。あいつも同じ学校だからさ」
そう言われて、途端に眠気が吹っ飛んだ。ReLiの動画の担当も、この大学にいる?しかも、その人に直接会うと?
凛にはずっと驚かされっぱなしだし、突拍子もないことばかり聞かされている。私の返答がないのを肯定だと捉えたのか、凛はよろしく、と言って席を立った。私が止める間もなく、彼女は教室を出て行く。
この状況を、誰にも吐き出せないのが苦しかった。放課後まで、1人でこの緊張感を抱えて過ごさなければならない。せめて凛がいてくれればいいのに、午後の授業は彼女と別だ。
リュックに顔をうずめ、うう、とうめく。傍から見たら不気味だろう。申し訳ない、けれど耐えきれない。
彼女の動画の担当者に合うことよりも、その人に私のイラストを直接、目の前で見せることに緊張しているのだと思う。彼女はよくても、その人には気に入らないかもしれない。そもそも凛は、私のイラストのことを話しているのだろうか。
不安が次々と湧きあがっては私の脳を埋めていく。イラストを描き上げてせっかく心配事が減ったと思ったらこれだ。机の下で足をじたばたと動かす。
けれど、この展開を心の奥でひっそりと楽しんでいる私がいた。今までの人生にない非現実が、次々と巻き起こっている。
せめて顔色がマシに見えるようにメイクを直してこよう。でも会うのは放課後だし、まだもう少し寝ていてもいいかな。
そう思い、リュックに顔をうずめたまま、もう1度目を閉じた。
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