第10話
帰宅するとすぐに凛から新曲の音源が送られてきた。前に聞いた時は彼女の新曲を誰よりも早く聞くことができた嬉しさでどうにかなってしまいそうだったのに、今は絶望している。こんなに暗い気持ちでReLiの曲を聴くのは初めてだ。
やっぱり無理にでも断ればよかった。けれどどんなに後悔しても、さっきの言葉は取り消せない。凛が許してくれないだろう。
抱えた頭をなんとか起こし、イラストを描くのに使っているタブレットを起動する。新生活に慣れるのに必死で、最近は絵を描いていなかった。描きかけのデータをひとまず保存して、白紙の画面にする。
何枚かラフを描いて、納得がいかずに消して、を何度も繰り返した。こうじゃない、もっと、と頭の中で浮かぶ景色を目の前に描くと、脳内のものより劣化してしまう。自分の技術不足に苛立った。
私は凛のように自分の創作に没頭できなくて、大学に通いながらイラストの作業を進める日々が始まった。けれど遅くまで作業をしているせいで授業には集中できないし、家に帰ってからも疲れて中々ペンを持てない。
凛がいない授業の日、横に琴音がいるのにも関わらず、うっかり眠ってしまった。私は、そういうキャラじゃなかったのに。
周りが立ち上がる音で目が覚めた。もうかれこれ1週間こんな生活をしているせいで、慢性的な寝不足に陥り頭が痛い。
「珍しいねー、いずみが寝てるの」
琴音が写真撮る?とノートを差し出してくれている。私はありがたく、それをスマホのカメラで撮らせてもらった。
このままではどっちも中途半端になってしまってよくない。せめて今週末の休みを使ってイラストを完成させないと。
「なんか、最近忙しそうだね?」
ラフのまま置いてあるイラストをどう完成させるか頭の中で考えていると、琴音の声で現実に引き戻された。凛がいるときならまだしも、琴音がいるときに考えるのはやめよう。うっかりイラストのことについてもらしたくない。
「まあ、課題とかがちょっと多くて」
「あの子のせいじゃなくて?」
凛のことだ。琴音はどうして、凛にそこまで執着するのだろう。学内で話しているのを見たことはないし、凛は多分琴音のことを認識していない。
「違うけど……なんで、そう思うの?」
嘘をつく。つかないと、私の活動のことがバレてしまうから。それから、ReLiのことも。
「別に、最近ずっと一緒にいるから」
琴音は露骨に機嫌が悪くなって、むすっとした顔のまま他の席に友人を見つけると、そちらの方へ歩いて行ってしまった。私としてはそっちの方が好都合なのだけれど、彼女は一瞬こちらを振り向いてにらみつけてくる。多分、私がついてこないのが不満だったのだろう。そのまま教室を出て行ってしまった。
琴音はもう、話しかけてこないかもしれない。私は琴音は凛に執着しているのだと思っていたけれど、もしかしたら私に、だったのかもしれない。それがどうしてかは、やっぱりわからない。
特別仲がいいわけでもなかった。琴音には他にも友達がいたし、私もその輪のうちの1人だった。けれど琴音は並んで歩くとき、必ず私の隣を選んでいた。
私が凛と一緒にいるのが気に食わなかったのかなんなのかわからないけれど、彼女とその取り巻きに付き合わなくちゃいけない時間が減るのは、正直好都合だった。
リュックを枕にして、机に突っ伏す。次の時間もこの教室のはずだから、少し眠ろう。教室の中の話し声をぼんやりと耳に入れながら、少しずつ夢の中に落ちて行った。
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